第二章 迫る不安の影 (5)
それは東都都督の息子であるリョショウが、軽々しく口にするような言葉ではない。
意外な言葉に、リキは目を丸くしてリョショウを見つめた。
カンエイに対して嫌悪感を抱いていたのは、リキだけではなかった。リョショウもリキと同じことを考えていたというのだ。驚きと同時に安堵に似た感情が、胸の痛みを和らげていく。
「これ、くれぐれもここだけの話な」
と、リョショウは微笑んだ。その悪戯な少年のような笑顔からは、聞いていた彼の歳よりもずいぶんと幼く感じられる。
リキは涙を拭った。胸の中で絡み付き、疼いていたものがゆっくりと解されながら消えていく。
そんなリキを察したのか、再びリョショウは優しく微笑んだ。リキは小さく頷き、
「分かりました。どうして、こんな所にいたんですか?」
と訊ねた。するとリョショウは恥ずかしそうに目を逸らし、空を仰いだ。
彼の口元が何か言い出そうとして、微かに震えている。明らかに躊躇う彼の横顔を見つめて、リキは答えを待った。
「俺さ……酒が苦手だから、あそこにいても面白くなくて庭の散策をしてた。これもここだけの話な」
と言って、リョショウは顔を赤く染めた。
リキが宴席で見た東都都督とリョショウの兄コウリョウは、次々と振舞われる酒を何の躊躇いもなく飲み干していた。
つい、疑問が口を突いて出る。
「東都殿はあんなに飲んでいらっしゃったのに?」
「父さんや兄貴にとっては酒なんて水と同じようなものらしい。兄貴は父さんに似てるんだ、俺は母さんに似てるんだと思う。俺の母さんは酒が飲めないから」
リョショウは首を振り、恥ずかしそうに笑った。
なるほどとリキは思った。ハクランはソシュクに似ているのだろうと。
ハクランは成人して間もないというのに酒に強いのは、東都都督とコウリョウと同じようにソシュクが酒に強いからなのだろう。これは血筋の影響なのだ。
「リョショウ殿はお母様に似てるのですね」
「どうやら、そういうことみたいだな」
リョショウは恥ずかしそうに頭を掻いた。
照れながらも包み隠さないリョショウの態度が微笑ましくも思える。
そして東都都督の息子であるリョショウが父親ではなく、母親に似ていると言う。男としては女性である母よりも、一流の武将である父に似ている方が嬉しいのではないのかと。