第十一章 それぞれの孤独 (2)
柔らかなオレンジ色の灯かりに包まれた部屋の真ん中で、ひらりと舞い踊る彼女の姿を扉越しに息を潜めて見つめる丞相。彼女に気づかれぬようにと細心の注意を払いつつも、彼女の姿を懸命に追い掛ける。 丞相の目は、部屋の中を軽やかに舞い踊るカレンの姿だけを映していた。
部屋にはカレンを見守る女性が二人いる。彼女に舞を教える師匠と助手を努める女性だ。助手が弾く琴の音色に合わせて舞う彼女の動きを決して見逃さぬよう、師匠は研ぎ澄まされた目でカレンを見つめている。
やがてカレンが一分の狂いもなく舞を終えて一礼すると、師匠は頷いて拍手を送った。強張っていた表情がふわりと解れていくカレンの耳に、師匠の拍手の音を追って重なり合う音が留まる。
振り向いた彼女が見たのは扉の傍らに立ち、にこやかな笑顔で惜しみない拍手を送る父の姿。カレンははにかんだ笑顔を見せて、父に向けて礼をした。
「もう新しい舞の稽古を始めたのか、よし、陛下の前で披露出来るようお願いしてこよう」
「披露出来なくてもかまいません。私はただ、舞をしていられるだけでいいのです。舞っていると無心になれるから……それにお父様に観ていただけるだけで私は十分幸せです」
父の力強い言葉に、カレンは首を振る。父を悲しませまいと笑顔を見せたが、彼の表情には落胆の色が滲んでいる。黙って見つめ合う目に、互いを思いやる気持ちが表れているが言葉にすることが出来ない。
「カレン、ギョクソウ殿のことをどう思う? 嫌いか?」
沈黙を破り、父が問い掛ける。唐突な問いにカレンは目を見開いた。
「とんでもない、とても穏やかで……素晴らしいお方だと思います」
「だったら前向きに考えてはくれないか、陛下もお前をとても気に入って下さっている、ギョクソウ殿は優しい方だ。きっとお前を大切にしてくださる。カレン、お前には幸せになって欲しい。私も母さんもお前のことを一番に考えているのだから」
父の優しい声が、カレンの胸を締め付ける。
小さく頷くカレンを残し、丞相は帰り支度をする師匠らの元へ向かった。
「あの……夜回りの兵がいつもより多い気がしたのですが、何かあったのですか?」
礼を述べた丞相に、師匠はためらいがちに訊ねる。
「いえ、明日西都殿がお帰りになるそうですよ、御気になさらず」
その答えに安心して、師匠らは帰って行った。