第十一章 それぞれの孤独 (1)
夜が更けた東都の街、深い闇に包まれた通りのあちこちに小さな灯かりが朧げに揺れている。それは夜回りの兵士たちの手にした灯かりだ。
「今夜はやけに兵の数が多いようだが、何かあったのか?」
丞相は通りの灯かりを目で追いながら、付き添う警護の者に聞いた。警護の者は首を傾げる。
「いえ、とくに何も聞いておりませんが……おそらく明日、西都殿らがお帰りになられるというので警戒に当たっているのでしょうか」
「そうか、西都殿は明日帰るのか。しかしこんな時間に街を見るのは久しぶりだ、遅くなってしまったな、早く帰って休もうか」
丞相は笑った。王城での執務を終えた帰り道、昨日催された王の聖誕祭のため滞っていた業務を片付けていていたため、いつもより遅い帰宅になったのだ。
東都の街は毎日、夜回りが行われている。特に王城と官僚の邸宅が多い王城周辺を重点的に、兵士らが巡回することになっている。しかし今夜は、彼らの姿がいつもより多いような気がした。
丞相の邸宅は王城のすぐ近くにある。城門からまっすぐ延びる大通りの西側に都督府と都督の屋敷、東側が丞相の屋敷だ。敷地は都督の屋敷の方が広いが、丞相の屋敷には都督の屋敷よりも塀や門扉の装飾が随所に見られる。
屋敷の塀に沿って歩く丞相の耳に留まる芳しい音色。塀の向こう側から聴こえる音色に気づいた途端、訝しげだった彼の表情が晴れやかに変わる。塀を見上げて口角を上げた丞相は、急ぎ足で屋敷へと向かった。
帰宅した丞相を出迎えたのは、妻と数人の侍女だった。玄関先に一列に並んで恭しく出迎える彼女ら一人ずつに、彼は労いの言葉を掛ける。そして屋敷の中へ入ると、居間でも彼の部屋でもない方向へと足を向ける。妻がその背に問い掛けた。
「食事の準備は、もう少し後にした方がよろしいですか?」
「そうだな、お前達は先に済ませたのだろう?」
「はい、先に頂きました。今朝、貴方が先に済ませるようにと仰ってましたので」
申し訳なさそうに答える妻の肩を優しく叩いて、丞相はふくよかな顔に笑みを浮かべる。
「それでいい、すまないが私は後で頂こう」
妻の表情に明るさが戻るのを確認した丞相は、くるりと背を向けて歩き出す。芳しい音色に誘われるように足早に、玄関から続く回廊を進んで中庭を抜けた先にある灯かりの点る部屋へと。