第十章 閉ざされた道 (8)
西の空が朱に染まる頃、リキとリョショウは西都の宿舎の一番奥の部屋にいた。二人は侍女の衣装を身に纏い、警備の厳しい北都の宿舎を無事に抜け出したのだ。
テーブルを囲んで、二人の向かい側にはイキョウとシュセイが座っている。サイシと夫は同席していない。
「まずは無事に帰還されたことをお喜び申し上げます。急に御呼び立てして申し訳ない」
丁重に挨拶するイキョウに、リョショウは深く頭を下げて答えた。
リキがちらりと覗き見ると、リョショウは無表情で何となく不機嫌にも見える。それは無理矢理に侍女の衣装を着なければならなくなったからではなく、ここに来た理由を察してのことだろうとリキは思った。北都の宿舎の部屋を後にした時から、二人は何も話していない。互いに言葉を交わす気持ちの余裕が失っているのは、これから起こる出来事を予想しているからかもしれない。
「御呼び立てした理由を手短にお話しさせて頂いてもよろしいですか?」
自身の息子と同じ年頃のリョショウに対しても、イキョウは丁重な態度で語りかける。リョショウが東都都督の息子であるからだろうが、そんなイキョウの態度にリキは好感を抱いた。決して機嫌を損ねないようにと気を遣うわざとらしさとは違う、イキョウの誠実な人柄が感じられる。
「はい、是非お聞かせ願えませんか」
リョショウも、リキが聴いたことないような丁寧な口調で返す。
イキョウはリキに話した時と同じ内容を、リョショウに語った。
北都からの使者の情報が東都に届いていないこと、西都に逃れてきた兵士の情報から王や丞相にカンエイの後ろ盾に燕がいないと伝えたが、対策を講じようとはしないこと。手短と断りながらも、自らの掴んでいる情報を細やかに分かりやすく話す。
リョショウよりも背が低く華奢な体格のイキョウだが、丁寧に順序よく話す姿には力強ささえ感じられる。決して偽りではない説得力のある話し方にリキは感服し、熱心に聴き入っていた。
北伐前の宴会で皆が話していたような、単に武力に反対を唱える凝り固まった頑な人物ではないとリキは感じた。
リョショウは顔色を変えることなく、まっすぐイキョウを見つめて聴き入っている。




