8.落花情あれども流水意なし1 The love to no avail.
今日の講義を終え一旦寮に戻り、荷物を纏めてバス停へ向かう。
司法修習生の研修二ヶ月目、だいたい顔と名前が一致した頃ということで、週末の今夜はクラスで飲み会だそうだ。
やれやれ。
親交を深めるのに異存はない。同期が仲良くすることはむしろ喜ばしい。
だが、顔も名前も知らん女が、親し気に声をかけてくるのはいかがなものかと思うぞ。
「笠神さん、呑み会、私も参加するんですよ」
「あー、そうなんですか」
かさか・み・だ。濁らすな。
お前誰だよ、そもそも。
笑顔もひきつるってもんだ。
幹事のヤツ、他のクラスにも声かけやがったな。
返答するオレの身にもなってみろ。
オレは知らないやつに名前呼ばれるのが、大嫌いなんだよ。
昔っからだが、自分が知っているから当然相手も知ってるというスタンスで名前呼ぶやつ。
アレはどういう立ち位置から、ものを言ってるんだ?
そりゃ生徒会だの、ウンチャラ委員会だのの代表とかやらされてましたよ。
だからって生徒や学生の名前全部覚えるのとは話が違うぞ。
まず自分の名前名乗りやがれだ。
礼儀知らずどもが。
だいたいだ、週末のオレ様の楽しみを奪おうってのが間違っている。
毎週末休めるわけじゃなし。
こちとら、大切な約束があるんだっつーのに。
貴重な週末を名乗らない同期ごときで埋められてたまるか。
当然今回は乾杯で退場してやる。
ふん。
顔だけ出して、適当に相手したら抜け出そうと決め、駅に荷物を預け集合場所の店に行くことにした。
空いたロッカーを探すのに手間取り、少し時間に遅れてしまったぞ。
「いらっしゃいませー」
スタッフの声に迎えられ、店内を見渡すとパーテーションで仕切られたその奥から見慣れた顔が声をかけてきた。
「おー、きた来た。笠神、こっち」
「遅くなって、すまん」
詫びを入れ、部屋に入る。外見より広い部屋と集まった人数に目を見張る。
七~八人座れそうなテーブルが……六つぅ? 司法修習生の集まりだけに、揃いも揃って全員スーツだ。
それも合わせたかのように、リクルートカラーで、どこぞの会社説明会かよ。
って言うオレもだが、いつかはテーラー仕立てのスーツを着てみたいってね。
さて、何処に座るか……
うわぁ、しまった。
もっと早く来ればよかったか。
奥の席しか空いてないぞ、こりゃ抜けるのが大変そうだな。
「じゃぁ、みんなグラス持って」
幹事役の男、誰だっけ。同じゼミだった奴。
するっといつの間にか他人の懐に入り込む、コミュニケーション能力に長けたヤツ。
ああ、田中だ。
そうか、それでこんなに集まったのか。
田中は学生時代から、オレと違い友人の多い奴だった。
飄々としていて、特に世話焼きでもないが何時も人に囲まれてるイメージが有る。
乾杯の挨拶をして、幹事を皮切りに時計回りに自己紹介が始まる。
出身大学と名前をそれぞれ告げていく。
何人居るんだ? よく集まったなこんなに。
特に気になる相手も居ない。名前を覚えても店を出たら即忘れてしまいそうだ。
料理が運ばれてきたぞ。
定番の唐揚げ、串揚げとかもあるんだ。
おっ、トマト煮にハチノスが入ってら。
洋風居酒屋ってイタリア料理がメインなのか、いやこれは多国籍料理ってやつだな。
取り皿に適当に取り分け、適当に会話に参加し、帰るタイミングを伺う。
流石にまだ誰もトイレに立たないな。
誰か行けよ、オレも付いて行って帰るからさ。
久々に会う約束してんだよ、一分一秒がオレには貴重なんだ。
なのに、右隣の女がしきりにオレのプライベートを聞いてくる。
オレの趣味が、お前に何の関係があんだよ。
どうして女って趣味とか何が好きとか聞きたがるんだ?
知ったら何かが変わるとでも思ってんだろうか。
面倒くさ過ぎて趣味は「読書と料理」、理想のタイプは「ミポリン」がデフォになっちまったよ。
出身大学は伝えたぞ。何処に住んでるかは、具体的に言う必要は無いよな。
しばらく寮生活だしお互い、住所同じだろ。
すっかり飽き散らかしたら、内ポケットに入れていたPHSに着信が入った。
バイブレーションが呼び出し音のリズムで振動している。
やったね、これで、ここから抜け出せる理由ができたぞ。




