53.縁は異なもの味なもの5 Strange Ties and Sweet Bonds.
一巡目の手順見直し、先生のログ確認、後は全員二巡目の手順を確認する。
僕は自分のスクリプトをもう一度見直し、手直しができそうな箇所を見つけ少し変えてみた。
「良いところに目を付けたな」
急に気配がして、背中に毛布を掛けられる。
「休憩を挟もう」
振り返ると、先生が自分も毛布にくるまって立っていた。
毛布にくるまったからか、先生の鼻先が赤くなっている。
僕よりずっと年上のはずなのに、なんだか可愛らしく見えるよ。
「潔くんが持ってきてくれたんだ」
「総務の諏訪さんが、毛布用意してくれたんですよ」
と、“保きよし”が笑顔で自分の毛布を見せるように肩を突き出した。
「暖かいっスよね」
「久美ちゃんも、良く気が回るよ」
え? 諏訪さんもご存知で?
「日向、知らなかったの? 久美ちゃんもあたしのゼミ出身」
「はぁああ?」
思わず画面に映る先生を見つめてしまった。
「バリッバリの理系女だよ。だから今でも大学とインターンの橋渡ししてるでしょ。論文読めるから人選もできるし」
「先輩と仲良いわけだ」
「久美ちゃんが、一期上かな」
なんか裏事情を知った気分だ。
世間って狭い。
毛布のお陰か気が緩んだせいか、背中が温かいや。
「一回、休憩を挟むよ~。外出て暖を取って。温まったら二巡目行くからね」
先生の一声で、毛布にくるまった集団がぞろぞろとサーバ室から外の通路へ歩いて行く。
外ってこんなに暖かかったっけ。
生暖かい空気が、鼻腔を抜け肺に入るのが分かる。
でも毛布は離せないな。
「温度差、激しすぎ」
「外に出たら、逆に寒いわ」
たしかに、生ぬるい空気のせいか身震いがするよ。
なんやかんや喋りながら、自販機のあるフロア休憩室へ向かう。
先生が「平川からの差し入れ」とか言いながら、小銭を渡してくれた。
カップのコーヒー、一杯四十円なんだよね。
そうだ、と思い壁の時計を見たら、嘘。
もう十時を回ってるじゃん。
「平川はやんごとなき用事で、八時には出てったよ」
と先生が教えてくれた。
なんだ、間に合ったんだ。
先輩、紅緒と何食べたんだろう。
「そしたら目下、夜の営業中ですかね先輩は」
あーあ、僕は行けなかったか。
「難儀なポジションだよね、アイツも」
コーヒーを飲み終え、カップをゴミ箱へ投下する。
「二回目行くよ~。今度こそスパッと一回で通すよ!」
先生が声掛けをする。
「おっす」
全員で応える。
みんなが僕の前を通り過ぎる時、僕の肩を叩いていく。
「頑張れ、亘」
とジョブ管理の”保つとむ”さん。
「他は任せろ」
ハード担当の”保まさ”さん。親指立てて、ウインクまでしてくれた。
「な、亘」
コンソール監視の”保きよし”さん。
毛布の上から力強く肩を叩かれる。
その仕草に、皆の信頼が伝わって来る気がした。
「まだ学生なのに、偉いなぁ」
サーバ管理の”保ただし”さんは一番の年長者だ。
「足引っ張らない様に、必死なだけですよ」
そう言ったら、僕を見上げ相好を崩した。
「ほら、亘、頭下げ」
そう言われ頭を下げると、よしよしと撫でられた。
「可愛いやっちゃなぁ」
あはは、気合が入るなぁ。
父が生きてたら、と考えてしまった。
再びぞろぞろと毛布をかぶった集団と、サーバ室へ戻る。
”保つとむ”の合図を待って、本日二巡目の並列実装テスト開始だ。
「亘、こっちは良いぞ」
「サーバ機器、一式問題無し」
「いつでもどーぞ」
「さぁこいだ」
一斉に声がかかる。
「行きます!」
頼む! 午後十時十四分、エンターキーを叩いた。
サーバ室内に響いているファンの音が、一際大きく唸ったような気がした。
モニターの数値が跳ねあがる。
さっきと同じ反応なんだけど、イケるのか?
横で”保きよし”の声がした。
「来たぞ……」
何が? 後ろの気配が動いた気がして振り返る。
一目瞭然。
全体の起動状態が見えるよう、ここのサーバ室はサーバラック列がコンソールのテーブルに対し斜めに並ぶよう設計されている。
まさに、HDQ群の列に”保まさ”がラックの中のサーバを睨んでいた。
10分、20分……
最初の30分が勝負なんだ。
「保まさ、温度は?」
先生が叫ぶ。
「危ないですね、上限ギリギリです!」
警告音も鳴らないまま、node03が温度保護でストンと落ちた。
エンストしたように機械音が収束し、プツンと切れる。
合わせてファンの音も止まる。
でも、最初の失敗とは全然違う空気感だ。
焦りじゃなく、全員が状況を読んでいる感じ。
「node03落ちた!」
「NFS遅延! I/O詰まってる! 先生」
「保きよし、ログ回せ。今の落ち方、理由分かったよね亘」
「なんとなく」
なんかうまく走った気がしたのに、どこで負荷が最大になったんだ?
先生と一緒にログと状態を確認して。
「あ、スケジュラーここ」
「バッチ組みなおしだな。30分でイケるか?」
「何か先が見えてきた、頑張ります!」
十時五七分、原因解明。
十一時二五分、バッチ組み直し完了。
「できました! 皆さんお願いします」
そう言って僕はコンソールから直でバッチを流した。
「オーケー。見張っとくからな亘」
「”保まさ”リブートお願い」
と先生。
ハード保守担当の”保まさ”が、親指を立てる。
重低音が唸り、ファンが回りだした。
数秒の沈黙。
「……動いた!」
”保きよし”の声に、モニターの数値が一斉に跳ね上がる。
後ろのサーバ群を見ると、赤から橙、橙から緑へ。
ランプが順番に灯り、最後の一つが緑に変わった瞬間、みんなの息が一度に弾けた。
「通った……か?」
誰かが呟き、次の瞬間、拍手が起きた。
僕も思わず手を叩いていた。胸が熱くなる。
先生が大きく伸びをして、腕時計を見た。
「もう夜が明けたころかな」
みんな、誰からともなく息を吐き、肩を叩き合っていた。
ファンの唸りが遠く感じられるほどの静けさが、サーバ室を包んでいる。
「よし、今日はこれで撤収!」
壁時計の針は午前四時を指していた。




