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あぶはちとらず改稿版 ~全員片思いのすれ違い群像劇~  作者: 井氷鹿
第4章 Fall between two stools.2 1995年 夏 崇直編

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37.いつも月夜に米の飯3 All that glitters is not gold.

「! ゔっ」

 このばかっ。

 肩に頭を乗せやがって。

「崇直が居てくれてよかった」

「ああ」

 歩き方が変じゃないか。大丈夫かオレ。

「僕はやっぱり紅緒を諦めきれない」

「……知ってたよ」

「うん。だと思った」

「辛いなぁ」

 そう言って亘は頭を上げ、また天を仰いだ。

 辛いって、なんだよ。

 オレはどうすりゃ良いんだよ。辛いなんて感情、とっくに通り越してるよ。

「そんな怒ったような顔すんなよ」

 クソが。

 終いにゃ襲うぞ!

「うるさいっ、アホのくせに」

「また、アホって言った。たまには優しくしてくれよ」

 知るか!

「おまえに優しくして、これ以上惚れられたら困るだろうが」

「いいじゃん別にさ。今だって、大好きだよ崇直の事」

 このバカは、何を言うかと思ったら!

 

 和光から快速で池袋へ向かう。

 週末の上りだからか、電車内はけっこう空いていて、例のごとくオレらはドア付近を占拠する。

 しかし駅に止まるたび乗客が乗ってきて、池袋に着く頃には結局車両の中ほどまで追いやられた。

「うへーっ」

 オレに続いて田中がうんざりした顔で降りてくる。

 あれ、亘と紅緒は。

 ホームに立って後ろを振り向くと、一つ後ろのドアから紅緒と一緒に出てきたのが見えた。

 あーあ、すっかり仲良くなっちまって。

「田中、行くぞ」

「え、待たなくていいの」

「いいの、いいの」

 そのまま地下に降りて、中央改札を抜けエスカレータで一階に出る。

 東口を出たところで、追いつかれた。

「巻こうたって、そうはいかないよ」

 後ろから亘が肩を組んできた。

 チッ。

「ちょっと早いけどお願い、ね」

 紅緒が眼の前に立って、はいこれと髪ゴムをオレに渡す。

 おっと。そうだったな。へへ、まかしとけって。

 両手で髪を後ろに纏め、咥えていたゴムで止める。

「うそ」

 振り向いた田中が目を剥いて、こっちを見ている。

「何だ?」

 横から睨む亘の視線。これが、刺すような視線って奴か。

 やれやれだ。

「髪の毛、ハーフアップにしたら直ちゃんになるのよ」

 それに気が付いたのかいないのか、無邪気に紅緒が言う。 

「二人とも運動の前は髪の毛結んでたでしょ、崇ちゃんはチョンマゲ風に頭の上で適当に結んでたけど」  

「直樹は、後ろで」

 田中がそう言うと、泣きそうな顔でオレを見た。

「毎年恒例なんだよ、これ」

 と、後ろで結んだ髪を手で触って見せる。

「だって、こうしたら直ちゃんも一緒でしょ」

 オレも髪の毛結んだら、直樹になれる気がするんだよ。

 気が引き締まるっていうか、まるで試合前にお互い気合いを入れてたあの頃に戻った気がして。

「喋んなきゃ直ちゃんだし、ね」

 紅緒が気が抜けるようなこと言うから、隣で亘が苦笑する。

「直樹があのまま成人したら、こうなってたってか」 

 ふん。

 見てろよ亘。今夜はなり切ってやるから。

 後で笑ったこと後悔すんなよ。


「ナオト、行くぞ」

 と田中の肩を掴んだら、見たことのない笑顔で笑ってやがる。

「やっぱ、双子ってすげーな。まんま直樹だ」

 そんなに似てるか。

 おまえって、そんなに直樹のこと。 

 歩き始めても、田中が視線を外さない。

 まぁ、こいつまで喜んでくれるなら、今夜は直樹と一緒に過ごしてやるよ。

「一卵性の双子は一心同体だからね」

 直樹になり切って、薄く目を細め笑顔を作る。

 口角を上げれば、ほら、直樹だろ。

「うん。直樹が戻ってきたみたいだ」

 と、よく見たら田中の頬がうっすら赤くなっている。

 そう見つめられると、ちと恥ずかしいな。

 でも、直樹なら。

「べー、ほら、行くよ」

 振り返りながらそう言うと、紅緒は笑顔でうんと答えてオレの左隣に並んで腕を絡めてきた。

 しっかり手は恋人繋ぎだ。

 そんな顔で見るなよ、亘。

「ビストロって、あっちだったよね」

 田中に聞く。

「あはは。直樹は方向音痴だからね。俺が……、あ」

「ナオト先輩、気にしなくていいよ。今スイッチ入ってるから」

 さすが、紅緒ちゃん。

「直樹、店は向こうだから三越側に行くよ」

「オッケー。紅緒、階段気を付けて」

「うん」

 足元を見たら、紅緒の横を早足で降りていく亘の足が見えた。

「今日は、お前らの誕生日だからな」

 そう声をかけて、オレをチラ見し田中の横に並んで歩き出す。

「正確には、オレは天辺過ぎに生まれたらしいけどね」

「変な双子だよな、お前らは」

「君は、相変わらず変な日本人だよね」

 そう言うと亘は声を上げて笑いだした。

 隣で紅緒も、またそれ〜と笑顔でこっちを見上げる。

「だって僕、まだ日本に来て七年だよ」

「そうなの」

 意外そうに田中が亘に聞いている。

 そこで信号が変わり、オレらは中央分離帯で足止めを食らう。

「亘は日本人だっていうのに、九歳まで日本を知らなかったんだよ」

 オレが代わりに応えてやった。

「初めて日本に来たって、会った時笑って言ってたんだぜ。日本人なのに」

 また紅緒がオレの顔を見上げる。これはどっちを見てるんだ。

「え、君、帰国子女」

「言ってなかったっけ」

 と亘。

 亘と並ぶと田中でも、拳ひとつ分低いんだ。

「そうは言っても、トータルで十年足らず日本に居るよ」

「日本人は年の数だけ日本に居るんだよ、フツー」

「あ、崇直が顔出した」

 やかましいわ、バカ亘が。

「はいはい、信号変わるよ~。予約時間もあるからね」

 紅緒がオレの背中に手をやって、なだめるように数回叩く。

 おっといかんいかん、直樹になりきるんだった。

「さて、行きますか」

 改めて紅緒と手をつなぎ直し、得意顔で亘を眺めてやったら、こわばった笑顔で紅緒を見ていた。

 すまんなぁ、諦めきれないって聞いたばかりなのにな。

 協力、できねーわ。

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