35.いつも月夜に米の飯1 All that glitters is not a gold.
紅緒に手を引かれ、正門前のゆるい坂を降りる。
かなりの早足で歩道まで降り、そのままバス通りを和光駅方面へとどんどん歩いていく。
多分、視線と人混みを抜けたかったんだろうな。
こっちは願ったりだ。
手を引かれて歩いてると頭をよぎったのは、あの日のお化け屋敷だった。
オレらの通ってた小学校の学校祭は、初日は子どもたちの発表会と劇などがあり、翌日は保護者が準備したお祭りがあった。
そこの名物の一つが『お化け屋敷』だったんだ。
これが良く出来ていて、実際怖かったんだよ。
毎年ビビリの亘が紅緒に手を引かれて連れて行かれてたっけ。
中学までは紅緒が一番大きかったから、まるで保護者だったよな。
「何笑ってんの、崇ちゃんってば」
「いや、ほら小学校の時のお化け屋敷思い出して」
「ああ、わーちゃん毎回涙目だったよね」
後ろで亘が我慢できなかったのか、オレと紅緒の間に割って入って来た。
「涙目って、お前も結構悲鳴あげてたじゃないか」
「へぇ、笠神ってそうなんだ」
その後ろから田中が顔を出す。
「脅かされたら、声ぐらい出るだろうが」
「いや、あれ一番怖がってたのは直ちゃんなのよ」
えええ?
思わず足が止まってしまった。
「うそ」
紅緒は歩いていたからそのまま手が離れてしまう。
その間を抜けた亘の横顔がオレの前を過ぎる。
「まさか、直樹がか」
「あたしの手握って先頭歩いてたけど、けっこう悲鳴あげてビビってたよ」
紅緒が並んで歩く亘を見上げて言う。
亘、目が笑ってねーぞ。
「なんだ、あいつ格好つけてたんだ」
オレがそう言うと、なんだそうだったんだと少し安心した様な顔になる。
「そうだよ、男の子だったんだよ」
ありゃ、今度は顔が引きつったよ。
「そんなに怖かったのか。小学校のお化け屋敷なのに?」
あぁ、田中は学校が違うから、オレらの母校のクオリティの高さを知らねぇのか。
平静を取り戻したのか、亘が振り返って田中に答えた。
「途中、棄権組が出るくらいには怖かったんだよ」
確かに、うまいこと言うな。
一番前を歩く直樹は紅緒の手を握って平気な顔してたんだよな。
その紅緒はビビリの亘の手を引いて、それでも怖い亘はオレの手も握ってた。
その後を付いてくる樹も怖いから、オレの手かシャツを掴んで一列になって進んで行ったんだよ。
真っ暗なお化け屋敷の中。
お互いの姿も見えなくて、握っている手だけが確かな信頼の絆だったんだ。
駅までの平坦な道。
オレ等の前にも後ろにも、徒歩で駅に向かうグループが居た。
歩いてるのは全員リクルートスーツ姿だ。
ここら辺りでは珍しくもない光景なんだろうが、夏の夕方の風景じゃないよな。
自分も含めて、なんだかなーって気分になる。
この先明るい未来が見えている訳じゃないし、起案の案件はどれもこれも似たようなものだし。
きっとこれから携わる事件も、特別変わったものなんて無いんだろう。
人一人に人生あり。
願わくば、亘も紅緒も刑事弁護士とは関わらなくて済む人生を歩んで欲しいもんだ。
「何つまらなそうな顔してんだよ」
え?
いつの間にか亘が隣を歩いていた。
前を歩いていたはずの紅緒が、あれ。
振り向いたら田中と何やら話しながら歩いている。
何だ、おまえ振られたのか。
「真っ先に刑事裁判が当たって、面食らってんだよ」
そう応えたら、亘は興味ありげに目を輝かせた。
「刑事裁判って事件とか扱うやつか。ほら、あれ。主文、被告人をうんたらかんたらってやつ」
「それそれ。裁判官に付いてやるんだよそれを。判決文も書かないといけないし、それが成績に響くから絶対手が抜けないし、今から頭痛いわ」
コイツは昔から自分の知らない、分からない分野の話を聞くのが好きだったな。
「成績悪いとまずいのか、やっぱり」
「研修後の就職に響くんだよ。判事や検事もだが、大手事務所も成績の上から欲しがるから」
「へー。じゃ、裁判官終わったら次、検事やるんだ」
と、肩をぶつけて来た。
そーだよとこちらも返してやる。
「一通り全部やるんだな、これが」
「すげーな。司法試験通ったら何でもなれるんだ」
言いながら肩に手を回してきた。
なんで急に肩なんか組むんだよ。
オレの右手の行き場が。
どーすんだよ、この手。
「そんな事は無いが……」
落ち着け、オレ。
よし。腰にでも回しとくか。飽くまで、自然にだ。
「成績次第で、選べるよ」
「やっぱり、おまえは凄いよ。ちゃんと目標持って、それに向かって動いてる」
そんな事はないよ。必死に毎日過ごしてるだけだ。
「亘だって人の繋がりの構造化とか、オレにはよく分からん事やってるじゃん。博士課程だろ、オレより全然すげーよ」
そう言うとちょっと照れたように、亘は視線を外して鼻の頭を掻く。
「うん。ありがとう。おまえに褒められたら、何ていうか、恥ずかしいな」
くそう。
なんちゅう顔するんだよ。
んなことで照れるなよ、こっちが目のやり場に困るわ。
「それでさ、聞きたいことがあるんだ」
何改まって、法律相談か。
「紅緒って先輩、平川先輩と何と言うか、で、デートしてるのか」
「あぁ? デートって。……ああ、同伴の事か」
ありゃ、そんなにショックなことでしたかね。
急に亘の表情が無くなったよ。
「たまに一緒に食事とかデートみたいなことして、店に一緒に来るんだよ。お店の営業のひとつだよ」
「そ、そんなことしてるのか、あいつ」
あちゃー、コイツ何想像してんだよ。
そんな尻軽じゃねーよ、紅緒は。
「あいつは平川さんとだけ、っていうかさ。おまえ知らなかっただろ」
「何を」
「大学入試終わってからの紅緒の行動」
あー、言っちゃったよオレ。
「直樹が死んでから、入試だけに集中して。それでオレらは乗り越えたって思ってた」
「違うのか」
その時はそう思ってて、紅緒も落ち着いてたんだよ。
そう見えてたんだよ。
「大学入って、新入生歓迎のコンパとか、サークル勧誘の飲み会とか色々あるじゃん」
「まだ新入生は未成年だぞ」
「そんなん無視して呑ませるに決まってるだろが。あいつは見た通り人目を惹くし」
「何かあったのか」
突然立ち止まり、オレの肩を掴んで引き寄せる。
「ねーよ」
肩を揺すって腕を外す。
「そこは、安心しろ」
振り返ると、田中と紅緒が何か大笑いしながら話していた。
亘も気になるのか、後ろを振り返る。
「適当な男と一緒に飲み歩くようになって、まー爺がキレてさ。それで店でアルバイトさせることになったんだ」
「あ」
「おまえ、直樹が死んだ後、紅緒と距離取ってたから知らなかっただろ」
「……っ」
今頃悔しがったっておせーんだよ。
本当に、バカだよおまえ。
でも、本当のバカは……
「わーちゃん」
紅緒がうしろから駆けてきた。




