30.逢いたいが情、見たいが病2 Love longs , and longing aches.
コバルトヤドクカエル。アイゾメヤドクガエル。
モウドクフキヤガエル。キオビヤドクガエル。
イチゴヤドクガエル。
青、黃、赤の猛毒ガエル。
どれも初めて見るように、紅緒は瞳をキラキラさせて覗き込むように見つめてた。
小さなカエルの、小さな動きに心躍らせ、話しかけ、僕にもお余りの笑顔をくれて。
「今の見た? 頭に雫が落ちてきてペロって舐めたの」
「うん」
「頭なでてる。カワイイぃ〜」
その、カエルに向ける笑顔、こっちにもくれないかな。
「ね、わーちゃん」
お、お余りいただき。
「こんなに可愛いのに、飼えないんだよね」
うん、そのイチゴヤドクガエル一匹でバッファロー1匹即死だから。家じゃ無理だね。
アマガエルとはぜんぜん違うんだよ。
「また春になったらカエルの卵探しに行くか?」
「あー、カエルの卵。いいね、来年神社の泉に探しに行こう、ね」
嬉しそうにそう言うと紅緒は僕の腕を掴んできた。
「絶対だよ、わーちゃん。約束ね」
そう言って、右手の小指を絡めてきた。
「はい、指切りげんまん嘘ついたら針千本のーまーす」
「指切った!」
よし、じゃつぎはどっちにするとそのまま腕を組んでくる。
「今日は共犯だからね、毒毒展じゃ一蓮托生だかんね」
「どんと来いだ。とことん付き合ってやるよ!」
心臓が、痛いよ。
そんな無邪気な顔で、僕の手を握ったらそのままどこかへ連れて行ってしまいたくなるじゃないか。
ただ手を繋いで、館内を見て回るだけ。
それだけ。
なのに、胸が心臓が痛いよ。
「ふう。わーちゃん、あと十分でアシカのトレーニング始まっちゃうけど、新設のコーラルリーフ水槽見ていくでしょ」
「サンゴ水槽?」
「わーちゃん好きだったじゃない。それが大きくなってリニューアルだってよ」
それを聞いて僕は紅緒の手を握り直し、引き寄せた。
「行こう」
うんと頷き、紅緒が僕に笑顔を返してくれた。
僕はきっとこの日を忘れないだろう。
「きれーだね。わーちゃん、昔っからサンゴ好きだったもんね」
「ああ。大好きだよ」
ずーっと昔っから、大好きだったよ。
今はもっと好きだよ。
見上げるほど大きなコーラルリーフ水槽。
強力なメタルハライドランプに照らされた、鮮やかなミドリイシに負けない艶やかな色の熱帯魚の群れ。
君と一緒に見た、この景色を。
僕がサンゴ水槽が好きだったことを覚えていてくれた、君のことを。
「時間だな」
紅緒が僕の顔を見上げ、頷いた。
屋上に上がると、ちょうど崇直たちが奥の展示場から出てくるところだった。
「そっち何かあるの」
紅緒が握った手に力を込めた。
「あ」
もう一度握り直すように僕の手を掴み、引っ張るように崇直の方へ連れて行く。
場合によったらその先の展示場へ行く気だな。
「マンボウだよ。珍しいだろう、俺ら席取っとくから行ってくれば」
と田中が展示場を指しながら応えた。
崇直が半笑いで僕を見る。
「あれま、手なんか握ちゃって。行ってくれば? 先行っとくから」
「あ、うん」
「行くよ、わーちゃん」
うわっ、紅緒引っ張りすぎ。
それじゃ嫌がる子供を連れて歩くお母さんだよ。
後ろで崇直がゲラゲラ笑っているのが聞こえた。
うーーーっ。
崇直のやろう、昔のことまだ覚えてやがったか。
ちくしょうめ。
屋上のすみに設けられた特別展示水槽。
そのスペースは薄暗く、通路に沿って巨大な水槽があった。
薄い膜が何枚もカーテンのように水槽の中に垂れている。
水流のせいか、ゆらゆらと揺れて今にも何かが出てきそうだ。
何だこれ。
「見て、わーちゃん。マンボウだ」
その垂れた膜を縫うように巨大なマンボウが現れた。
薄暗い中、銀色の巨体が浮き上がる。
「マンボウって、明るいのダメなんだって。水槽にぶつかって怪我するから膜で保護してるって書いてある」
そう言って僕を見上げる。
やばいっ。
そのまま抱きしめてキスしそうになった。
いや、すればよかったのか。
今なら、誰もいないよ、な。
「わーちゃん、どうかした?」
紅緒、ごめん。嫌だったら突き飛ばしていいから。
「直ちゃんの五年祭の時、迎えに来ていた女の人」
え。
伸ばしかけた手が止まる。
「きれいな人、上の駐車場に来てたでしょう」
紀和さんだ。
「うん」
あの日、午後から伊豆へ旅行に行く予定で車で迎えに来てくれてたんだ。
そうか、見られてたのか。
「私とこんなことしてたら、あの人にわーちゃん怒られるかな」
と腕を曲げ握った手を僕に見せた。
何言い出すんだよ。
心臓が、止まるかと思ったよ。
「いや、大丈夫というか、もう別れたから」
「えーーっ、また上手く行かなかったの」
おまえが言うか!
このやろう、その口終いにはキスするぞ。
握る左手に力を込め、引き寄せた。
間近に紅緒が顔を寄せてくる。
「慰めてあげようか。泣いてもいいよ。胸かしてあげる」
「……い、いらねーよ、バカ」
強がっちゃって、と思いっきり突き飛ばされた。
「どーせ、フラレたんでしょうが」
と今度は背中をしばくしばく。
いてーよ、普通に。
「うるさい」
「一晩中泣いたんじゃない?」
「フラレたくらいで泣くか」
「えー、あたしだったら一月は落ち込むな。ずーっと引きずって泣いちゃう」
嘘をつけ。
お前はフラレたことなんかないだろうが。
違う。
フラレるより辛い目にあったんだった。
今笑っている紅緒は、直樹のことを忘れたわけじゃない。
心に秘めてるだけだ。
「うひゃっ、外は眩しいね、わーちゃん」
外に出たら、西日が目を刺してきた。
「西日って眩しいんだな」
「いっけない。アシカのハナコが待ってるよ。急げーっ」
と、また僕の手を握って紅緒が走り出す。
グイッとまた強く引っ張られ、僕も手に力を込めた。
この手を話したくないと、強く思った。




