振り向いてはいけない
※主人公の性別はご自由にご想像下さい。
◇◆◇◆◇◆◇◆
定番ではあるけれど、そんな噂話があるらしい。
良くある都市伝説ではあるけれど、それがまさか近所にもあるとは。
「怖いから一緒に帰ってくれない?」
「いつも通ってる道なんでしょ?」
呆れた顔で問い返すと、普段の道は工事中で通れなくなっていたという。
行きは何事も無かったのだが、鳥居を見かけてあの先に神社なんてあったっけと同級生に訊ねたところ、例の都市伝説を聞かされたらしい。
「西日が逢魔が時に代わる時間帯、裏鬼門の方角へ進む路地を歩いてはいけない。
止むを得ず通り抜ける時は、何を言われても絶対に振り向いてはいけない。
鬼門の方角に鳥居が来る時、その路地は異界へと繋がっている。だっけ?」
裏鬼門は南西の方角で、鬼の通り道の中で最後に出ていく不吉な方角だった筈。
鬼門は真逆な東北の方角で、鬼が出入りする災いがやって来る方角だ。
西日は大体15~16時頃から差し始める部屋の奥まで届く日光で、更に逢魔が時は昼から夜に移り変わる夕方、黄昏時を指す。
日本古来の時刻で酉の刻、17時~19時。太陽が沈む瞬間、あの世とこの世が切り替わる時間帯だと言われている。
まぁ怪異と出会う時間帯と言われているので要約するとだ。
『あの世とこの世が曖昧になる時間に鬼と一緒の方角に歩けば、後ろを振り向いた瞬間、鬼に気付かれるよ』
的な意味となるのか。
「なるほど確かに定番の怪談、いや都市伝説かぁ。」
溜息を吐きながら目的の路地を前にして。
案内看板に従い工事中の一帯を迂回した私達は、進行方向にある脇の小山からちょこんと。食み出す様に伺える鳥居を見つけていた。
碁盤目状に設計されている筈の町区画は、この小山の影響で目の前に車両で登るには急な坂道で区切られており。
目の前の民家の脇は崖となっていて、夕暮れ時の路地から鳥居の方角に真っ直ぐ西日が差し込んでいた。
「ねえ、そもそも何でいつものメンツと一緒に帰らなかったの?」
「だって、アイツ等がこの話をアタシに面白可笑しく言い聞かせたんだもん。」
家の影に隠れる割と急勾配な坂を上りながら、やっと重い口を開く。
曰く。
最近隣のクラスで失踪者が何人か出たと噂になっている。
教師達が出所を探ったところ、どうもこの鳥居のある一帯だと判明した。
しかも奇しくも共通点が一つ。
失踪者達は全員、肝試しを兼ねてこの路地へ訪れた者達だった。
最初の失踪者が現れたその日の夕方。
彼らは探してみようと皆で噂の現場に向かったのだが。
「結局その日は見つからずに帰ったんだけど、後日西日が差す時間帯に改めて誰かが行ったらしいのよ。
そしたら鳥居に西日が射している路地が、ちゃんと見つかったんだって。」
「あぁ目印が鳥居だけじゃどの路地か判らなかったのか。
この路地だと見上げないと目につかないもんねぇ。」
このあたりの鳥居は一つだけじゃないし、祠を祀る小さな物もある。中には木札や石組み、鳥居そのものを祀る例まであって。
それらの全てが地図に載っているという訳でもない。
ここは長い西日が指さなければ路地の端まで見上げず、気付かないという事か。
そして後日もう一度集まろうと地図で現地を確認した時、彼女の家が近くにあると気付いて路地へ誘おうと決めたらしい。
「じゃあ何で最初に誘われなかったの?」
「欠員が出たのよ、アイツ等の方で。
だからアタシはその身代わりって訳、馬鹿にしてるわよホント!」
だとしたらおかしな話だ。
その知人達は、失踪者が出て尚も信じていないという話になる。なのに肝試しでメンバーを増やす必要が果たしてあるのか。
噂で参加者の人数は、特に指定されていないのに。
という事は、まあ。
「探して来いって言われたんでしょ?」
「……何の事かしら?」
失踪したのは複数人で、隣のクラス。彼女の知人メンバーは当然このクラス。
なら隣のクラスの肝試しメンバーにその失踪者が参加したのだろう。或いはその話を聞いたから、知人達メンバーだけで現地に向かった。
つまり隣のクラスでは大々的に例の噂が広まっており、それなりの人数挑戦した筈だ。だから特定のグループだけが失踪したという話になっていない。
警察が行方不明者の出る路地が特定出来ないのは、グループによって行方不明者に気付くタイミングが違っているからだ。
「いつものメンバーは鳥居の指す路地が見つけられなかったんでしょ?
そしていつの間にか欠員が出ていると気付いたけど、来た道を戻れば確実に噂の路地で後ろへ向かう事になる。行方不明者が出たかも知れない路地を、ね。
だから彼らは、その日道を戻らずに解散した。」
そして失踪したメンバーは今も行方不明のまま。
だから、代わりに一人で探すメンバーに当日居なかった彼女が選ばれた。
「失踪者を見つけるためにはその路地を確認しなきゃいけない。
後ろを歩いて声をかける心算だったの?」
誰か失踪するまで本物の路地かは判らない。
同行者が失踪したならそれを理由に今度は断れる。何故ならいつものメンバーも彼女に同行しなかったのだから。
同じ穴の狢という訳だ。
「……何よ、悪い?どうせ迷信じゃない。」
「なら後ろから声をかける役はやるから、先頭行けるよね?」
「じゃあどうすればいいっていうのよ!」
こっちの所為にされても困るのだが。
けどまあ、知恵を貸してやるくらいはやぶさかじゃない。
素直に助けを求められた訳じゃないのは、少し人が良過ぎる気もするけど。
「先ずは例の路地を振り向かずに進めばいんじゃない?
そこで後ろを撮影しながら歩けばその路地を通ったって証明になるでしょ?」
「あ、そっか!」
「但し、路地を抜けるまでは何が聞こえても振り向かない事。
それと撮影したものを見るのは路地を抜けた後、路地から離れてから。
じゃないとバックミラー越しに後ろを見た扱いになっちゃうかも。」
「後ろの鬼がカメラを見てたらアウトって事ね?
じゃあ自撮り棒を頭の上に掲げる感じで映せば良いわね!
丁度頭だけ映る感じで。」
◇◆◇◆◇◆◇◆
強風にあおられてスカートを抑えたせいで、思わず手を離したのは失敗だった。
だって西日の路地は下り坂で、下から思いの外強い風が吹き上がるのだ。思わず両手を使ってしまうのは仕方のない事では無いか。
「そのまま!振り返らずに進んで!」
「ちょ、ちょっとぉ!」
「今ので目にゴミが入った!
ちょっと直ぐにそっち見れないから!未だどっちが前か判んない!」
「っ!わ、分かった先行ってるっ!」
咄嗟によろけるか何かして掴まれ、無理矢理後ろを振り向かされては堪らない。
アタシは慌ててアイツから距離を取った。
けれど気付く。距離が長い。
「っ!」
慌てて周りを見回しそうになるが、咄嗟に堪える。こんな長い路地の筈は無い。
そもそも西日が鳥居まで届く程度の路地なのだ。碁盤目を乱す坂道がこんなに長い筈も無い。それにこの道は前に、西日の射さない時間帯に通った事もある。
「ね、ねぇ。そっちは大丈夫?」
アタシは心配するフリをしてあの子の位置を確認する。
程無く少し後ろの方から声が返って来た。
「あ、うん。多分今後ろの方。
ありがと、そっちへ行けばいいんだね?」
「え、ええ。来るの待っていようか?」
「ごめん、ちょっと膝付いてる。
それより何か変な音が聞こえているから、気を付けて。」
重い何かが落ちる音がした。
「わ、分かった!路地を抜けた先で待ってるから!
はやく追い付きなさいよ!」
やっぱりダメだ、アイツを待ってなんかいられない。
一刻も早くこの路地を抜けださなければ。
元々なんか遭ったら見捨てる心算で連れて来た子だ、躊躇も無い。
ずるり、と何かを引き摺る音がした。
何処からかは判らない。でも耳が敏感になっていて少し痛い。
足が竦む。
道先は日差しで境界が曖昧で、はっきりと見えないが。
こんなに長い路地な筈は無い。
そもそも隣の路地はもっと短く、二つほど曲がった先でこちらの出口と合流する筈の道なのだ。分かれ道は入って少し先の十字路一つ。
走ればすぐに抜けらる筈。だから走れない。
曲がった路地の先は、ガードレールのある崖だから。
決して高くは無いが、頭から落ちたら流石に助からない。
事実光で見えないガードレールの先は、町の影で真っ暗だ。
カッカッカ、と妙に高い足音が通り過ぎる。
震える目で通り過ぎた筈の前方を見ても、人影は無い。
でも今、誰かが風を切って脇を通り過ぎた。
「ちょ、ちょっと!ちゃんと着いてきてるのよね?」
「いや急かされても困るって!
文句はそこから歩いてから行ってよ!」
今なんて言った? 歩いてから言って?
アタシは今、十字路の先に進んだ筈だ。
目の前に、座り込んで目元に手を当ててる人影が見えた。
「くそ!ふざけんな!!」
慌てて走り出す。声に反応したが、構やしないと足元に置かれた鞄を蹴り飛ばしながら脇を抜ける。
鞄が壁にぶつかってアイツの後ろに滑ったが知った事か。
振り向いて居なくなるなら自業自得だ、アタシの所為じゃない。
けれど脇の路地から吹き抜ける、ひやりとした風に足が竦む。
この路地は今通り抜けた筈だ。
恐る恐る、後ろを振り返らない様に横を覗き込む。
直角に曲がった、路地があった。
そこにはさっき蹴り飛ばした鞄がある。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「え?何で……。」
「ああ、そこにあったのか。じゃあ行こうか。」
隣を抜けながら肩を叩かれ、アイツが鞄を拾う。
「ちょ、この道!?」
「ん?何か変?
というか、こっちしか行けないじゃん。」
「え。」
正面に道は、無い。
あったのは西日で輝いた明る過ぎるペンキ塗りの石壁で。
「気付いてなかったの?直線の道は次の隣の路地。
こっちはジグザク道の、坂道で隣に合流する方。」
「じゃあ、崖沿いの道は二つじゃなくて……。」
「崖を曲がったカーブが一つ目なら、ここが二番目。
多分君が勘違いしてたのは三番目の広い方。
こっちの方が坂は急でしょ?」
「……それって。」
「……ああ、そっか。西日の射す時間帯で角度が変わるね。
西日と鳥居で判断すると、同じ路地だと思っても別の路地に入っちゃう訳か。」
「じゃあ行方不明者は……。」
「ん~、可能性は一つじゃないけど。
ガードレールの下に落ちた人は居るかも?」
「っ!?」
「だってホラ、いつもと違う路地だって気付いて慌てて走り出したらね?
この先、ガードレールが見えないでしょ。」
「あ、いや。壁しか見えないわよ?っ!」
危うく振り向くところだった。話しかけられているのは隣の筈なのに。
声が妙に後ろから聞こえるのだ。
「あ~、未だ振り向かない方が良いんじゃない?
何かここ、声が妙に反響してるし。他にも何かあるかも。」
西日が左右どちらの壁にも眩しく光り、前が今一判らない。
「薄目で、壁に手を付けながら進もう?
丁度左右両方に在って、こっちも二人なんだし。」
「そ、そうね……。」
カラスの鳴き声が夕焼けに響く。
「ね、ねえ。さっき変な音が聞こえなかった?」
「聞こえてる。」
「?!ちょっと、脅かさないでよ!」
「というか、足元に排水溝があるから足を取られないでね?」
「え?」
「ホラ振り向かない。
そこ生活音が変な感じで反響してるんだよ。多分下手に嵌ったら大怪我しそうなくらい深いから気を付けて。」
「え、ええ……。」
気付いてみれば、今足元から踏切の音が聞こえて来た。
「古い道だからね。下水を直接川に流す場所が残ってるんだよ。」
「じゃあ、もしかして……。」
「うん。川に流された人もいるかも知れない。」
なるほど。本当に此処は行方不明者が出そうな路地なのだ。
こうなると迷信とかはもう関係無い。
「なるほど、出口にも鳥居があるんだ。
昔の人はここが危険だって分かってたのかも。
だから鳥居を目印にして、無事に抜けられますようにって祀ったのかな。」
「そんな事するくらいなら閉鎖してしまえば良いじゃない!」
「人が住んでるんだけど?
それに隣に安全な道があるじゃない。走らなければ問題無い、普通の道が。
お金かけてまで塞ぐほど広い道じゃないよ。」
「それは……そうね。」
自分はどうも、恐怖で頭が固くなっていたらしい。
この危険な場所から逃げ出す事しか考えてなかった。
というか、コイツがいなかったらパニックになってここで事故に遭ってたかも。
と。緊張が解れて来た頃に壁が途切れる。
鳥居をくぐり抜け、目の前に路地とも言えぬ獣道が続き、ガードレールが眼前に見えた。
「もう大丈夫だよ?」
「ホント?嘘だったら承知しないわよ?」
あたしは安堵の溜息と共に声のした方を振り向くと。
「そこで振り向くのは隣でしょ?」
後の人影からは、あのこの笑顔が見えなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「お前昨日、あいつと一緒に帰った後どうなった?」
「昨日?いや昨日は家の都合で休んだけど?」
先生からは何も聞いてないらしい。
ちゃんと前日に職員室で伝えたと言ったが、彼らは絶対何も言ってなかったと反論して。まあ先生が伝え忘れたんだろうと仲裁された。
「で?結局昨日何をしてたのさ。」
「別にどうもしねえよ。放課後にちょっと話をしただけだっての。」
「一緒に帰った筈のメンツが連絡取れないって?」
「……んだよ、やっぱり昨日。」
「今日いないの彼女だけじゃないじゃん。」
「それは。」
「あの日一緒に帰ったのも忘れてる?」
「……あ~、そっか。
お前もあの日あの路地に行った一人だったか。」
「結局何も無かったと思ったけど、違ったんだ?」
「ああ、来てない奴が通った路地が当たりだって事だろ?
だからあいつに確認に行かせたんだけどな。」
「行方不明になるって分かった路地に?
流石にちょっと酷くない?」
「方角が違うんだから一緒に帰る意味無いだろうがよ。」
「じゃあ警察にその路地の事言うんだ?」
「馬鹿言え、そんな事したらオレらが犯人扱いされるだろうが。」
「ま、良くていじめ発覚ってところかな?」
「どうでも良いっての。
オレらはあの路地を通らない。だから大丈夫だ。」
やれやれと溜息を吐く。
だったらそもそも確認に行かせる意味も無かったろうに。
「ところでさっきから君、お前としか呼ばれないんですけど。
ちゃんとこっちの名前覚えてる?」
「お、覚えてるに決まってんだろ。
今更何言ってんだ。」
言いながら彼はそそくさと立ち上がり、鞄を持って廊下へ向かう。
「別にいいけど、その路地の噂。
『西日の鳥居』は一つじゃないって知ってた?」
彼はこっちを振り向いて、怯えた顔を見せる。
「は?聞いた事ねぇよ。」
「あと『その路地は異界へと繋がっている』も違う。
『その路地は後ろから、出会ってはいけないものが来る。』が正解。」
「だから、知ったこっちゃねェって。」
教室から人気が無くなるまで残り、呆れた顔で頬杖を突く。
「名前、覚えてるねぇ……。
本当に覚えてたら、こんな事になっていないんだけど。」
自分を知るクラスメイトなど、一人もいないのだ。
以来彼女の姿は見ていない。
彼女の家族も居なくなったので、今では夜逃げじゃないかと言われている。
その数日後。
例の質問をした彼も、家族ごと居なくなったと聞いた。
本編を読まれた勘の良い方は察しましたねw?
主人公は「彼女」でも「彼」でもありませんwだからご自由に、
「ご想像下さい」。
現在「ジュワユーズの救国王子~転生王子の胃痛奇譚~」https://ncode.syosetu.com/n1720in/を投稿中。
代表作は未だ「ガラクタの学園https://ncode.syosetu.com/n5215gu/」w。
完結作2「炯目の刺繍鳥https://ncode.syosetu.com/n2229if/」。
短編集「作者は疲れてるシリーズhttps://ncode.syosetu.com/n6500hp/ 」
他「 これはあなたの友人からの懺悔です」「私がこのミステリーを没にした訳」
「人よ持て成せ神様談義~四コマ風小説~」「 一つ目の白髪鬼は悪役令嬢に転生したようですよ?」等を投稿。
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