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『結婚することになりました。両家で顔合わせをするので、空いている日を教えてください』


リビングのソファーに座って、アプリのトーク画面に内容を打ち込んでいた瑞穂は、小さくため息を吐く。


本来なら直接会って話をしたり、電話で相談したりするべきだっただろう。けれど、そんな気にはなれなかった。

瑞穂は、簡単に要件だけ送信すると、既読が付くのを待たずにトーク画面を閉じる。


「……瑞穂、連絡取れた?」


リビングへやって来た和真が、瑞穂の隣に並んで座る。

咄嗟に瑞穂は、スマホをテーブルに伏せて置く。


「まだだよ。今、メッセージを送ったところ。そのうち返事があると思う」


そうは言ってみても、本当のところはわからない。

瑞穂の家族関係は、ずいぶん前から崩壊しているのだから……。


「やっぱり両家の顔合わせの前に、ふたりで一緒に瑞穂の実家に行って、ご両親に直接話した方がいいんじゃないかな?」


和真の申し出がごく一般的で、正しいとわかっていても、瑞穂は受け入れるわけにはいかなかった。



「ううん、ぜんぜん、そういうのいらないから!」



強めにそう言い、そっぽを向いた。

そんな瑞穂の態度に不信感を抱いたのか、和真は眉をひそめる。


「瑞穂、何か隠してない?」


瑞穂は、横目で和真を見る。

結婚を約束している相手に、家族についてずっと隠しきれるはずない。


「実は……」


とうとう正直に話すときがきたと、瑞穂は腹をくくった。

そのとき、和真のスマホの着信音が鳴り出す。


「ごめん、ちょっと……」


ポケットからスマホを取り出した和真は、画面を見るなり瑞穂に言う。



「……織田さんからだ。何の用だろう?」



相手がわかると、瑞穂は卒倒しそうになった。


「ちょっと待って!」


――どうしてルカが、和真に電話をかけてくるの?


スマホを奪い取る勢いで、瑞穂は両手で覆って画面を隠す。

和真が、電話に出られないようにしたかった。

ルカと関わりを持つなんて、ありえない。


ずっと鳴り響いていた着信音が止んだとき、瑞穂は和真を問い詰める。


「なんでルカが電話を? いつ連絡先交換したの?」

「この前、話しかけられたときだよ。言ってなかった?」


まさか、いつの間にか和真と距離を詰めていたなんて思ってもみなかった。

瑞穂は半ばパニック状態だ。


「どうして、そんなあっさり教えるの?」

「いや、だって同じ会社の人だし、瑞穂の友達なんだろ?」

「友達って……」


社内で瑞穂にあんなに親しげにしていたし、ルカ本人がそうだと言えば、誰だって仲が良いと信じるだろう。

和真を責めるのは筋違いだと、瑞穂もわかっていた。

だけど、不安と焦りでいっぱいで、つい強く当たってしまう。


「私たちがつき合ってるって、ルカに話した?」

「いや、話してないよ」

「それならいいけど。とにかく、あの子には関わらないで」

「そりゃ、仕事以外で連絡取ったりしないよ」

「絶対だからね。約束だよ」


必死の訴えに何か察したようで、スマホを置いた和真は瑞穂を抱き寄せる。



「そんなに心配しなくても、瑞穂だけだよ」



彼の腕の中は温かくて……その確かな温もりを感じることで、不安が少しだけ和らいだ気がした。

額をコツンと合わせて、ふたりして微笑んだ。


「うるさく言ってごめんね」

「気にしなくていいよ」

「お詫びに、今日は和真の好きな料理作るね」


立ち上がった瑞穂は、キッチンへ向かおうとする。


「そうだ、気分転換に明日の晩ごはんはどこかに食べに行こう。瑞穂、何食べたい?」

「私、明日から出張だから。帰りは金曜の夜だよ」

「ああ、そうか」


リビングの隣の瑞穂の部屋には、荷物をまとめたスーツケースが置いてあった。


「明日は名古屋で、明後日は大阪」

「出張って、ひとりで?」

「同じ部署の成瀬くんが一緒だけど」

「たらい回しの成瀬か。アイツなら、下手な上司より安全だな」


和真は、瑞穂の額にキスをする。


「気をつけて行っておいで」

「うん。ムギをよろしくね。ちゃんと餌あげてね。あと、水があるか確認するのと、トイレの掃除もだよ」

「できるかな? 猫とふたりきりか……」

「一年一緒に暮らしてるんだから、大丈夫でしょ?」


「ニャー」と鳴きながらムギがリビングへやって来て、ソファーまでピョンと飛び上がった。

ムギが膝の上に乗ると、和真が頭を撫でる。「可愛いな」なんて言っているが、手はガチガチで恐る恐るだ。

じゃれつくムギに戸惑う和真を見て、瑞穂はクスクスと笑った。



***



翌朝、瑞穂は総太朗とともに、出張で名古屋を訪れていた。


四ツ屋コーポレーションの支社へ出向くと、午前中は社内でうち合わせ。

東京とは別の日に開催するイベントの段取りについて、みんなで話し合った。


資料の確認は昼休みまで続いて、昼食はコンビニで買ったおにぎりひとつ、お腹に詰め込むだけ。

午後からは、イベント会社や取引先を順番に回った。


――あっという間の一日だ。


すべてのスケジュールが片付いた頃には、すっかり夜になっていた。



瑞穂は、業務連絡が来ていないかスマホを確認するが、特に電話やメッセージは送られてきていなかった。

本社に残っている梶や忽那は、どうしているのだろう?

自分がいない間に、ルカが問題を起こしていないか――不安でしかたなかった。


「先輩、どうしました?」

「ううん、何でもないわ」

「ホテルまではここから少し距離があるんで、タクシーを呼びましょうか?」

「そうね。そうしましょう」


これから、タクシーで宿泊予定のホテルへ向かうことに。


「豊嶋先輩、この後一緒に食事に行きませんか?」

「えっ……?」


総太郎の申し出に、瑞穂は困ったような顔をする。

相手は誠実で有名な総太朗だ。

一緒に食事に行ったところで、間違いが起きる確率は0に近い。


――だとしても、やっぱり異性。食事は遠慮しようと思ったのだが……。


「実はもう予約してあるんです」

「そうなの?」


この状況では、断るわけにはいかないだろう。




ホテルでそれぞれチェックインを済ませ、ふたりで夕食へ。

カウンター席に並んで座るふたりのもとへ、料理が運ばれてくる。


「わーっ! ひつまぶしだ!」


思わず声を上げてしまってから、周囲の視線に気づいてハッとした瑞穂は、顔を真っ赤にして俯く。

それを見た総太朗が、フッと笑みをこぼす。


「この店にしてよかった。喜んでもらえて嬉しいです」


恥ずかしさを紛らわせようと咳払いをした瑞穂は、今度は小さな声で言葉を返す。


「成瀬くん、ありがとう。私、ウナギが大好物なの」


総太朗は、ずっと笑いっぱなしだ。


「先輩、最近疲れてるように見えたんで。心配してたんです」


確かに、瑞穂はこのところ疲れが貯まっていた。

それなのに、夜はあまり眠れなくて……すべてルカのせいだ。


「心配かけてごめんね」

「いえ、僕が勝手にそうしたかっただけですから。いっぱい食べて、元気出してください」


ひつまぶしを頬張りながら、総太朗の気遣いに感謝するばかりだった。


「ありがとう。大阪では、私がオススメのお店を案内するね」


テーブルの隅に置いてあったスマホがブブブと振動し、通知のランプが点灯する。

瑞穂はスマホを手に取る。


「ペットカメラだ。何だろう?」


スマホの画面を開いてみると、『ペット録画中』というメッセージが表示される。

リビングに設置していたペットカメラが、動きや音を関知して録画を開始していた。


「ペットですか?」

「うん、うちで猫を飼ってて。留守中の様子が見られるように、ペットカメラとスマホを連動してるの」


アプリを起動し、録画中の映像をリアルタイム視聴しようとした。


「えっ……」


瑞穂の表情が凍りつく。



――映っていたのは、猫じゃない……。



カメラを覗き込んでいたのは、ルカだった。



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