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お昼休みになると、瑞穂は財布とスマホを手に広報部のフロアを後にする。

これから外でランチだ。


足早に通路を抜けて、エレベーター前まで来た。

そのとき、何かに気づいた瑞穂は足を止める。

スマホをいじりながら待っていたルカが、瑞穂を見つけると嬉しそうに手を振ってくる。


「いたいた、瑞穂っ!」


名前を呼ばれた瞬間に、ゾワゾワッと背筋を悪寒が走る。


「瑞穂、今からお昼休みだよねっ?」


「ええっと……これからランチに行くところだけど……」


他の社員がいる手前、無視するわけにはいかなかった。


「アタシも一緒に行ってもいーいっ?」

「一緒に? ルカも?」


瑞穂は、ほどよい距離感を保ちたかった。

それなのに、ルカはグイグイ距離を縮めようとしてくる。


「どこに行く? アタシ、まだこの辺のこと知らないから、連れてってくれるよねぇ?」

「ごめんね。ちょっと軽食を買いに行くだけで、お店に行くっていうわけではなくて」


断るのにもたもたしていると、広報部のフロアから出てきた忽那が、ふたりに気づいて声を掛けてくる。


「豊嶋主任と、織田さん? 今からランチですか?」


瑞穂の腕にキュッとしがみついたルカが、その問いに答える。


「はい! 一緒に行こうって話してたところなんですっ!」


いいや、軽食だと言ったのに……勝手に返事をされてしまった。


「それなら、織田さんの歓迎会も兼ねて、みんなでランチに行きませんか?」

「本当ですか? やったー、嬉しいっ!」


おまけに、話がトントン拍子に決まってしまった。

その場に遅れてやって来た梶にも、忽那が声を掛ける。


「梶さんも、一緒にランチ行きますよね? 成瀬さんは忙しいみたいなんで、女子四人で歓迎会しましょう!」


まだ業務中だった総太朗を残し、女子四人で歓迎会ランチを開くことになった。




四人で相談して選んだのは、会社からほど近い場所にあるイタリアンのお店。

シックなインテリアが揃えられたスタイリッシュな店内は、ランチを求めてやって来た客でいっぱいだ。


「よかったですね、すんなり入れて」

「いつも混んでて、ランチの時間内じゃ間に合わないですもんね」


向かいの席に座った梶と忽那が、嬉しそうにお喋りをしている。

それに引き替え、ルカの隣に座った瑞穂は窮屈そう。

席が狭いわけではない。身を縮めていたからだ。


「お待たせしました……」


店員が料理の皿を持ってきて、それぞれの前に並べる。

瑞穂とルカはパスタランチ。忽那はピザを注文していて、梶はチキンソテーのランチを選んでいた。



「いいな~っ、そっちの美味しそう!」



ルカは、梶の選んだチキンソテーを見て目を輝かせる。


「アタシもチキンソテーにすればよかったな~っ」


梶は、そばにいた店員に取り皿を持ってきてくれるよう頼む。


「よければ、取り皿に少し取り分けますよ」

「いいの? わーっ、嬉しい!」


ルカは大喜びだ。

梶が、取り皿にチキンソテーを一切れ載せる。

さらに、忽那が切り分けたピザを載せる。


「ピザもどうぞ。ここのマルゲリータ、美味しいんですよ」

「本当に? ありがとうっ!」


学生時代にも、似たような光景を見たことがあった。

ルカは他の子のお弁当を羨ましがって、そのたびにおかずをわけてもらっていた。


そんなことを思い出しながら、フォークとスプーンでパスタをクルクルと巻いていると、話の話題が瑞穂の方へ振られる。


「そういえば、豊嶋さんの学生時代って、どんなだったんですか?」

「それ、私も聞きたい!」


梶と忽那の問いに、ルカが挙手して答える。



「はい! 瑞穂はね、高校生の頃……」



そこで間を置くから、何を言い出すのかと不安になった瑞穂は、フォークを持つ手を止める。

ルカは、梶と忽那、そして瑞穂の顔をぐるりと見回し、もったいつけた感じで言う。



「……優等生だったよ。ねえ、瑞穂!」



思っていたよりも普通の答えだったので、梶と忽那は拍子抜け。

瑞穂は、ほっと胸をなで下ろす。


「超頭良かったし、運動神経も抜群で。みんなのお手本みたいな子、だよね?」

「そんなことないよ。普通の女子高生だったから」

「またまた、謙遜しちゃってーっ!」


ルカは、肘で小突いてからかおうとしてくる。

梶や忽那には、冗談を言って笑っているように見えただろう。

けれど、ルカの言動がどこまで本当なのか計り知れなくて、瑞穂は一時も気が休まらないランチになってしまった。



***



昼休みが終わる頃までには、ルカはすっかり梶と忽那に馴染んでいた。

まるで、ずっとこの部署にいたかのような雰囲気だ。


「豊嶋さん、ちょっとコンビニに行ってきます」

「私も梶さんについていくんで、豊嶋主任と織田さんは先に戻っててください」


梶と忽那が別行動になり、瑞穂はルカと一緒に会社へ戻ることになった。

ふたりきりなんて、本当にいつ以来だろう。

気まずさを覚えた瑞穂は、ルカから少し離れて歩きだす。

しかし、ルカはそんなことお構いなし。


「ランチ、超美味しかった〜。ねぇーっ、瑞穂!」


初めて会ったあの頃とかわらず、ルカは無邪気にはしゃいでみせる。


「話には聞いてたけど、ほーんと、いい職場だよね。社内は綺麗だし、みんな優しいし」


瑞穂は、ルカの様子をうかがいながら、当たり障りない感じで返事をする。


「そうだね。仕事のやりがいもあって、充実した毎日を送れてるよ」


「いいなーっ、瑞穂は主任だもんね。バッチリ出世街道まっしぐら、って感じ?」


電車や車のおもちゃで遊ぶ子どもみたいに、「ビュンッ!」と手を走らせたルカは、屈託のない笑顔で言う。


「……瑞穂のくせに」


その言葉は、周囲の雑音でかき消され、瑞穂の耳には届かなかった。




社内に戻った瑞穂は、再び広報部の仕事へ。ルカは、オリエンテーションに参加することになっていた。

一階のセキュリティゲートを通過すると、そこで待っていた和真が瑞穂のもとへ歩いてくる。


「お疲れ様です。豊嶋さん、ちょっといいですか?」

「はい、何かありました?」


いつものように先輩後輩のフリをして話しかけ、周囲を気にして壁際に寄る。

特に瑞穂は、ルカに警戒しながら会話を続ける。


「今日、帰りが遅くなる。夕食は用意しなくていいから」

「営業? 忙しいの?」

「いや、営業部の後輩の相談に乗ることになって。ごはん食べて帰るから」


瑞穂が「後輩?」と呟くと、和真は焦って答える。


「ほら、総務部の部長の姪で、今年の新卒の……」

「ああ、あの子ね」


瑞穂の脳裏に浮かんできたのは、美人で派手な印象の女性社員だ。


「……羽目を外さないようにね」


念のため釘を刺すと、和真はばつの悪そうな顔をする。


「もちろんだよ。相談に乗るだけだからさ」

「お酒も飲み過ぎたらダメだから。それに……」


まだ言いたいことはたくさんあったが、近づいてくる人の気配に気づいて、瑞穂は会話を途中で止める。

ルカが、パタパタと駆け寄ってきた。



「瑞穂、その人、誰?」



恋人同士の会話は終了。

他人行儀な態度を装って、瑞穂は和真を紹介する。


「営業の南澤さん。私が営業部にいた頃にお世話になった先輩だよ」


和真が恋人だとは、口が裂けても言えない。


「彼女は織田さん。中途採用で今日からうちの部署に配属になったんです」


ルカの紹介を済ませると、瑞穂は早々に切り上げようとする。


「南澤さん、お昼休みが終わるんで、私達戻ります」

「……俺も営業に行かないと。それじゃあ、また」


和真が正面玄関へ向かって歩き出すと、瑞穂はルカを連れてその場を後にする。


「待ってよ、瑞穂! そんなに慌てなくても、まだ時間あるよっ!」

「そんなこと言ってると、オリエンテーションに遅刻するよ」


瑞穂は、ルカを無理矢理引っ張って、エレベーターに乗せようとする。



振り向いたルカは、和真の後ろ姿を見てニヤリと笑った。


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