④
お昼休みになると、瑞穂は財布とスマホを手に広報部のフロアを後にする。
これから外でランチだ。
足早に通路を抜けて、エレベーター前まで来た。
そのとき、何かに気づいた瑞穂は足を止める。
スマホをいじりながら待っていたルカが、瑞穂を見つけると嬉しそうに手を振ってくる。
「いたいた、瑞穂っ!」
名前を呼ばれた瞬間に、ゾワゾワッと背筋を悪寒が走る。
「瑞穂、今からお昼休みだよねっ?」
「ええっと……これからランチに行くところだけど……」
他の社員がいる手前、無視するわけにはいかなかった。
「アタシも一緒に行ってもいーいっ?」
「一緒に? ルカも?」
瑞穂は、ほどよい距離感を保ちたかった。
それなのに、ルカはグイグイ距離を縮めようとしてくる。
「どこに行く? アタシ、まだこの辺のこと知らないから、連れてってくれるよねぇ?」
「ごめんね。ちょっと軽食を買いに行くだけで、お店に行くっていうわけではなくて」
断るのにもたもたしていると、広報部のフロアから出てきた忽那が、ふたりに気づいて声を掛けてくる。
「豊嶋主任と、織田さん? 今からランチですか?」
瑞穂の腕にキュッとしがみついたルカが、その問いに答える。
「はい! 一緒に行こうって話してたところなんですっ!」
いいや、軽食だと言ったのに……勝手に返事をされてしまった。
「それなら、織田さんの歓迎会も兼ねて、みんなでランチに行きませんか?」
「本当ですか? やったー、嬉しいっ!」
おまけに、話がトントン拍子に決まってしまった。
その場に遅れてやって来た梶にも、忽那が声を掛ける。
「梶さんも、一緒にランチ行きますよね? 成瀬さんは忙しいみたいなんで、女子四人で歓迎会しましょう!」
まだ業務中だった総太朗を残し、女子四人で歓迎会ランチを開くことになった。
四人で相談して選んだのは、会社からほど近い場所にあるイタリアンのお店。
シックなインテリアが揃えられたスタイリッシュな店内は、ランチを求めてやって来た客でいっぱいだ。
「よかったですね、すんなり入れて」
「いつも混んでて、ランチの時間内じゃ間に合わないですもんね」
向かいの席に座った梶と忽那が、嬉しそうにお喋りをしている。
それに引き替え、ルカの隣に座った瑞穂は窮屈そう。
席が狭いわけではない。身を縮めていたからだ。
「お待たせしました……」
店員が料理の皿を持ってきて、それぞれの前に並べる。
瑞穂とルカはパスタランチ。忽那はピザを注文していて、梶はチキンソテーのランチを選んでいた。
「いいな~っ、そっちの美味しそう!」
ルカは、梶の選んだチキンソテーを見て目を輝かせる。
「アタシもチキンソテーにすればよかったな~っ」
梶は、そばにいた店員に取り皿を持ってきてくれるよう頼む。
「よければ、取り皿に少し取り分けますよ」
「いいの? わーっ、嬉しい!」
ルカは大喜びだ。
梶が、取り皿にチキンソテーを一切れ載せる。
さらに、忽那が切り分けたピザを載せる。
「ピザもどうぞ。ここのマルゲリータ、美味しいんですよ」
「本当に? ありがとうっ!」
学生時代にも、似たような光景を見たことがあった。
ルカは他の子のお弁当を羨ましがって、そのたびにおかずをわけてもらっていた。
そんなことを思い出しながら、フォークとスプーンでパスタをクルクルと巻いていると、話の話題が瑞穂の方へ振られる。
「そういえば、豊嶋さんの学生時代って、どんなだったんですか?」
「それ、私も聞きたい!」
梶と忽那の問いに、ルカが挙手して答える。
「はい! 瑞穂はね、高校生の頃……」
そこで間を置くから、何を言い出すのかと不安になった瑞穂は、フォークを持つ手を止める。
ルカは、梶と忽那、そして瑞穂の顔をぐるりと見回し、もったいつけた感じで言う。
「……優等生だったよ。ねえ、瑞穂!」
思っていたよりも普通の答えだったので、梶と忽那は拍子抜け。
瑞穂は、ほっと胸をなで下ろす。
「超頭良かったし、運動神経も抜群で。みんなのお手本みたいな子、だよね?」
「そんなことないよ。普通の女子高生だったから」
「またまた、謙遜しちゃってーっ!」
ルカは、肘で小突いてからかおうとしてくる。
梶や忽那には、冗談を言って笑っているように見えただろう。
けれど、ルカの言動がどこまで本当なのか計り知れなくて、瑞穂は一時も気が休まらないランチになってしまった。
***
昼休みが終わる頃までには、ルカはすっかり梶と忽那に馴染んでいた。
まるで、ずっとこの部署にいたかのような雰囲気だ。
「豊嶋さん、ちょっとコンビニに行ってきます」
「私も梶さんについていくんで、豊嶋主任と織田さんは先に戻っててください」
梶と忽那が別行動になり、瑞穂はルカと一緒に会社へ戻ることになった。
ふたりきりなんて、本当にいつ以来だろう。
気まずさを覚えた瑞穂は、ルカから少し離れて歩きだす。
しかし、ルカはそんなことお構いなし。
「ランチ、超美味しかった〜。ねぇーっ、瑞穂!」
初めて会ったあの頃とかわらず、ルカは無邪気にはしゃいでみせる。
「話には聞いてたけど、ほーんと、いい職場だよね。社内は綺麗だし、みんな優しいし」
瑞穂は、ルカの様子をうかがいながら、当たり障りない感じで返事をする。
「そうだね。仕事のやりがいもあって、充実した毎日を送れてるよ」
「いいなーっ、瑞穂は主任だもんね。バッチリ出世街道まっしぐら、って感じ?」
電車や車のおもちゃで遊ぶ子どもみたいに、「ビュンッ!」と手を走らせたルカは、屈託のない笑顔で言う。
「……瑞穂のくせに」
その言葉は、周囲の雑音でかき消され、瑞穂の耳には届かなかった。
社内に戻った瑞穂は、再び広報部の仕事へ。ルカは、オリエンテーションに参加することになっていた。
一階のセキュリティゲートを通過すると、そこで待っていた和真が瑞穂のもとへ歩いてくる。
「お疲れ様です。豊嶋さん、ちょっといいですか?」
「はい、何かありました?」
いつものように先輩後輩のフリをして話しかけ、周囲を気にして壁際に寄る。
特に瑞穂は、ルカに警戒しながら会話を続ける。
「今日、帰りが遅くなる。夕食は用意しなくていいから」
「営業? 忙しいの?」
「いや、営業部の後輩の相談に乗ることになって。ごはん食べて帰るから」
瑞穂が「後輩?」と呟くと、和真は焦って答える。
「ほら、総務部の部長の姪で、今年の新卒の……」
「ああ、あの子ね」
瑞穂の脳裏に浮かんできたのは、美人で派手な印象の女性社員だ。
「……羽目を外さないようにね」
念のため釘を刺すと、和真はばつの悪そうな顔をする。
「もちろんだよ。相談に乗るだけだからさ」
「お酒も飲み過ぎたらダメだから。それに……」
まだ言いたいことはたくさんあったが、近づいてくる人の気配に気づいて、瑞穂は会話を途中で止める。
ルカが、パタパタと駆け寄ってきた。
「瑞穂、その人、誰?」
恋人同士の会話は終了。
他人行儀な態度を装って、瑞穂は和真を紹介する。
「営業の南澤さん。私が営業部にいた頃にお世話になった先輩だよ」
和真が恋人だとは、口が裂けても言えない。
「彼女は織田さん。中途採用で今日からうちの部署に配属になったんです」
ルカの紹介を済ませると、瑞穂は早々に切り上げようとする。
「南澤さん、お昼休みが終わるんで、私達戻ります」
「……俺も営業に行かないと。それじゃあ、また」
和真が正面玄関へ向かって歩き出すと、瑞穂はルカを連れてその場を後にする。
「待ってよ、瑞穂! そんなに慌てなくても、まだ時間あるよっ!」
「そんなこと言ってると、オリエンテーションに遅刻するよ」
瑞穂は、ルカを無理矢理引っ張って、エレベーターに乗せようとする。
振り向いたルカは、和真の後ろ姿を見てニヤリと笑った。




