③
瑞穂とルカと出会ったのは、高校一年の春のことだ。
休み時間の教室、賑やかな声が響く中、瑞穂は友達とお喋りをしていた。
瑞穂は、大人びていて落ち着いた印象の女の子。
月や水のような、清らかなイメージだった。
それに対して、ルカは活発で派手な印象の女の子。
太陽や花のような華やかなイメージで、そこにいるだけでパッと周囲を明るくした。
瑞穂とルカ……正反対なふたりが、不意にぱちりと目を合わせる。
前の席に集まって、お喋りをする女の子達のグループ。
その中心で話をしていたルカが、瑞穂にニッコリと微笑む。
「ねえねえ、一緒にお喋りしようよ」
突然の申し出にアタフタしてしまい、瑞穂は返事もできずにいた。
しかし、気にすることなくルカは自己紹介を始める。
「アタシ、織田ルカ。名前は?」
「……豊嶋瑞穂」
問いかけられても、名前を言うのがやっと。
「じゃあ、瑞穂って呼んでいい?」
瑞穂は、ただ頷くしかできなかった。
それでも、ルカは嬉しそうな顔をした。
「よろしくね、瑞穂。アタシのことは、ルカって呼んでいいよ」
これが、瑞穂とルカの出会いの瞬間だった。
明るく人懐っこくて、ルカのまわりにはたくさんの人が集まってくる。
みんなを魅了するあの屈託のない笑顔の裏に、とんでもない狂気を隠していただなんて、あの頃の瑞穂は知るよしもなかった。
***
午前九時過ぎ。月初の朝礼が始まると、広報部の部長が改めてルカを紹介した。
「えーっ、今日から我が社で働いてもらう、新しい仲間を紹介します」
――まさか、ルカが同じ会社に転職してくるなんて思ってもみなかった。
瑞穂は、ただただ信じられない気持ちでいっぱいだ。
大学を卒業して以来、ふたりは一度も会う機会はなかった……いいや、もっとずっと前から、瑞穂はルカを避けるようにしていた。
良い思い出よりも、嫌な思い出の方が、はるかに多いからだ。
瑞穂は、気づかれないようにそっと俯く。
できればこのまま関わらずにいたい。
けれども、配属先は同じ部署。瑞穂のすぐ目の前にいるのだから、逃げられるわけがない。
「織田ルカです。前職は、化粧品会社のアローネで営業をしていました」
広報部の社員が集まる中、挨拶をしていたルカは、不意に瑞穂の方へ視線を向ける。その瞳がキラリと輝く。
「……もしかして、瑞穂!?」
瑞穂は、名前を呼ばれてビクッとする。
ルカの方はといえば、久々の再会に大喜び。
「やっぱり瑞穂だーっ! 大学卒業以来だから、六年ぶりかな? 瑞穂、元気だった?」
他の社員達が見ているのに、思い出話を始めそうな勢いだ。
ルカが瑞穂に親しげに話しかける様子を見て、部長が問いかける。
「織田さんと豊嶋さんは、知り合いですか?」
「はい! 瑞穂とは、高校と大学の同級生なんです!」
藤塚課長が、コホンッと咳払いをする。
「織田さん、豊嶋さんは一応主任なんで」
「課長、一応って……」
藤塚課長の言葉に瑞穂が言い返すと、周囲からクスクスと笑みがこぼれる。
「ごめんなさい、ついクセで」
ルカは瑞穂に頭を下げたが、ペロッと舌を出してみたりして、お茶目なフリをしてくる。
そういう仕草は、高校生の頃から変わらずだった。
一連のやりとりを微笑ましく思ったのか、部長は安堵の笑みを浮かべる。
「仲が良いなら、ちょうどよかった。豊嶋さん、織田さんはキミのチームに入ってもらうことになっているから」
瑞穂は、ギョッとした顔をする。
「えっ、うちですか?」
同じ部署だけでも気まずいのに、同じチームに入るなんて……それこそ、逃げ場がなくなってしまった。
「何か問題でもあるのかい?」
「いえ、ありません……」
仕事なら拒否することはできない。
気まずくて終始俯き加減の瑞穂に、ルカは嬉しそうに言う。
「豊嶋主任、よろしくお願いします」
屈託のないその笑顔の裏に、今度は何を隠しているのか。
ルカに対して、瑞穂は疑いの眼差しを向けずにはいられなかった。
朝礼が終わると、ルカは課長に連れられて広報部を後にする。
これから、中途採用者向けのオリエンテーションがあるらしい。
ルカがいなくなると、瑞穂は大きなため息を吐く。
その姿をジッと見ていた梶が、瑞穂に問いかける。
「豊嶋さんと織田さんは、同級生なんですよね?」
「ええ、まあ……」
「そのわりに、豊嶋さんは織田さんに対して、一歩引いてますよね?」
察しがいい梶は、瑞穂とルカの間の微妙な温度差に気づいたみたい。
「学生時代に、織田さんと何かあったんですか?」
鋭い突っ込みに瑞穂はタジタジだ。
「……仕事中だから。学生のときのノリで喋るわけにはいかないでしょう?」
適当な理由を付けて、質問をかわす。
すると、梶は納得したように頷く。
「そうですよね。学生の頃とは違いますもんね」
確かに、瑞穂もルカも大学を卒業してから六年経っていて、おまけにお互いアラサーだ。
今のところ、相手が攻撃的な態度を見せているわけでもないし。
このまま当たり障りない対応をしていれば、さすがに学生時代のようなことは起きないだろう――と、瑞穂はそう願わずにいられなかった。
仕事が始まれば、余計な考えごとをしている暇なんてない。
「豊嶋先輩、イベントの件でご相談があります」
「成瀬くん、何かあった?」
瑞穂のデスクへやって来た総太朗は、二枚の名刺を差し出す。
「イベントで配布する名刺のデザインが上がってきたんですけど、二種類あって」
お菓子屋さんの店長という設定で作った、タレント如月悠聖の名刺だ。
イベント当日、如月本人がその名刺とお菓子を一緒に、参加者達に手渡しで配ることになっている。
「これは、どちらも甲乙つけがたい……」
「ですよね。すごくいい仕上がりなんですよ」
二枚の名刺を見比べ、ふたり揃って「「うーん」」と、うなり声を上げる。
「予算の変動がないなら、いっそのこと両方配るっていうのは?」
「そうですね。それもいいかもしれませんね」
「じゃあ、今度ポスターサンプルと商品を事務所に持っていくことになってるから、そのときに確認してみましょう」
総太朗と相談していると、別の女子社員が声を掛けてくる。
「……豊嶋主任! ちょっといいですか?」
チームの仕事以外にも、部署内での業務もたくさんある。
「総務部の方から問い合わせが来てるんですけど、どうしたらいいですか?」
「問い合わせ? 内容は聞いてない?」
「中途採用の方の書類の件だって言ってました」
「ありがとう。すぐに確認してみるわ」
総務部へ連絡しようと受話器を手に取った瑞穂は、視線に気づいてそちらを見る。
「成瀬くん、まだ何かあった?」
総太朗が、フッと笑みをこぼす。
「先輩は、仕事が好きなんだな……って思って」
「何それ、急に」
「いいえ、前からそう思ってたんですよ」
「にしても、今それ言うところ?」
笑いながら返事をした後で、瑞穂は広報部のフロアを見渡す。
「まあ、そうだね。大変なこともたくさんあったけど、」
入社以来ずっと大事に積み上げてきたものが、この場所にある。
瑞穂にとって、仕事も、会社も、一緒に働く同僚達も、すべてがかけがえのないものだった。




