㉑
ルカが帰った後も修羅場は続いた。
「和真、どうなっているんだ? あの女は、何なんだ?」
「あの映像は? 嘘よね? あんなの作り物じゃないの?」
両親に詰められた和真は、オロオロするばかりだ。
「違うんだ……俺も、あの女に騙されてたんだよ……」
瑞穂に散々「謝れ」と息巻いていた、あの勢いはどこへいってしまったのか。
和真は、泣きそうな顔をして両親に訴える。
「まさかあんな女だったなんて、思ってもみなかったんだ」
皆が、あの映像を見た後だというのに……。
傍からすれば相当見苦しかったし、今更ありえない言い分だったが、両親は納得したかのように頷く。
「そっ、そうだろう。おまえは昔から素直で騙されやすいから、気をつけるように話していただろう?」
「ええ、そうよ。だから、あの子はやめておきなさいって言ったでしょう?」
「父さん、母さん、ごめん。でも、まあ、あんなのと結婚しないで済んだし、結果的にはこれで良かったんじゃないかな?」
「和真の言う通りだ。とんでもない女を嫁にしなくてよかったじゃないか」
「ええ、貴方にはもっとふさわしい相手がいるわよ」
ルカを悪者にして、この場を収めるようだ。
馬鹿げた茶番を見せられ、呆れてため息を吐いた瑞穂は、テレビから取り外したハードディスクを回収する。
「私も、おいとまさせていただきますね」
薄ら笑みを浮かべて会釈をすると、そのまま部屋を出て行こうとした。
「瑞穂、バッグは? お金も……」
「いらないから、片付けておいて」
ルカに使い古されたものを、持って帰る気にはなれない。
ダメな男をあぶり出すための授業料だったと思って、バッグは諦めることにした。
「短い間でしたが、お世話になりました。それでは、失礼します」
瑞穂は、和真の家を後にする。
玄関を出て、門を潜ったときだ。
「……瑞穂、待ってくれ!」
名前を呼ばれて瑞穂は、ビクリとした。
まさか、この後に及んでまだ追いかけてくるなんて――振り向くと、そこに和真がいた。
「和真、どういうつもり?」
「さっきの話、聞いてたよな? 俺は、あの女に騙されてたんだ。被害者なんだよ」
「被害者って……」
今回の件で被害に遭ったのは瑞穂の方で、ルカはもちろん和真が加害者なのは明白だろう。
「アイツは嘘吐き女だ。俺を騙すために、瑞穂の悪口をあることないこと吹き込んだり、友達と口裏合わせたり、手の込んだ嘘を吐いてたんだ」
「……最初からそうだって言ったじゃない」
瑞穂は、和真を冷ややかな目で見る。
「あのとき、私の言葉は何ひとつ聞こうとしなかった。和真は、これっぽっちも私を信じようとしなかったんだよ?」
「悪かった。謝るよ。だから、許してくれ」
「今更そんな……私のこと失望したんでしょ? 最低なヤツとか言ってたじゃない」
「それは誤解だったわけで。瑞穂が正しいってはっきりして、これで信じられるって思ったんだ」
ふたりの言い争う声が、閑静な住宅街に響き渡る。
騒ぎに気づいた通行人達が、すれ違いざまにチラチラと覗き見たり、立ち止まって眺めたりしていた。
それでも、和真は気にせず瑞穂に縋り付く。
「俺には瑞穂しかいないんだよ」
あまりにも情けない姿に、瑞穂はドン引きだ。
これ以上何を聞かされても、すでに失望し尽くしていて、もう何も感じないだろう。
「浮気してルカに乗り換えただけでも、不誠実なのに。別れたことを両親に謝れとか、非常識すぎ。おまけにルカがダメになったら、私に復縁を迫るの?」
和真を振り払った瑞穂は、冷たく吐き捨てる。
「正直、気持ち悪い」
バッグからスマホを取り出し、和真の連絡先をブロックし、その画面を彼に見せつける。
「二度と私に話し掛けてこないで」
そうして、和真を残して歩き始めた。
もう悔いはひとつもない。胸のつかえがおりた瑞穂は、清々しい表情をしていた。
――これでやっと前へ進める。
総太朗のマンションへ戻ると、そっと扉を開けてリビングを見る。
フワフワと風に揺れるレースのカーテンの隙間から、温かな陽の光が注いでいる。
「成瀬くん……」
ソファーに座っていた総太朗に声を掛けたが、返事はない。
そっと回り込んでみると、彼はウトウトと居眠りをしていた。
傍らにはムギがいる。
ムギは、総太朗にすっかり懐いてしまって、べったりと彼にくっついて寝そべり、ご機嫌そうに尻尾をパタパタとさせていた。
真の飼い主が帰宅しても、「ニャ」と一声鳴いてみせただけで、すり寄ってくる素振りもないくらいだ。
「これじゃ、どっちが飼い主なんだか」と、瑞穂は小さくため息を吐いてみせたが、ふたりの様子を前に笑顔になっていた。
けれども、この光景が見られるのもあと少し。
瑞穂は、総太朗の温情でこの部屋に置いてもらっているだけの、ただの居候。
ずっとバタバタしていて新居探しが後回しになっていたが、すべてに区切りが付いたところで、部屋探しを本格的に始めなくてはいけない。
総太朗が言っていた「大事な話」というのも、きっとそのことだろう――と、瑞穂は考えていた。
ふと、総太朗が目を覚ます。
「先輩、おかえりなさい……」
まだ少し寝ぼけているみたい。
隣に座った瑞穂は、総太朗に話しかける。
「成瀬くん、今までありがとう。今日、全部片付いたから」
じゃれついてきたムギの頭を撫でていると、瑞穂のその手を総太朗がそっとつかんだ。
「先輩……」
顔を上げた瑞穂は、総太朗の方を見る。
目が合うと、彼は優しげに微笑みながら言った。
「僕と一緒にここで暮らしませんか」




