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ホテルのパーティ会場に、華やかなスーツやドレス姿の人達が、続々と集まってくる。
そのほとんどが、タレントや著名人、マスコミなど、芸能関係者だ。
見たことがある顔の人が、あちこちにいる。
きらびやかな世界には、圧倒されるばかりだった。
パーティ会場の隅にいた瑞穂は、隣にいる総太朗に問いかける。
「……成瀬くん、これってどういうこと?」
総太朗について知りたくて急いで帰宅したのに、話はお預けにされて、突然のお願いでこの場所へ連れてこられたのだ。
「グローリアスプロダクションの、創立記念パーティです」
「それは見ればわかるよ。入口にそう書いてあったし……でも、そうじゃなくて」
どうして瑞穂は、タレント事務所のパーティに参加することになったのだろう。
***
遡ること数時間前――銀座のブティックに連れてこられた瑞穂は、試着室で着替えを済ませ、カーテンを開ける。
これが、何着目のドレスだったか……。
今着ているのは、デコルテが綺麗に見えるイブニングドレスだ。
「まあ! とてもお似合いですよ!」
接客についてくれていた女性店員はべた褒めしてくれるが、そもそもドレスを試着させられている意味がわからなかった。
瑞穂は、総太朗に問いかける。
「あのー……成瀬くん、これは何?」
総太朗は、瑞穂を見るなりパッと表情を明るくする。
「いいですね、このドレスにしましょう」
「そうじゃなくて。なんでドレス選んでるの?」
「僕等、今からパーティに出席するからです」
「パーティ? 私も?」
「はい、そうです」
ケロッとした顔で総太朗に、瑞穂はコソコソと耳打ちする。
「このドレス、高いよ……」
ハイブランドのイブニングドレスは、瑞穂が普段使用しているパーティドレスの値段よりも桁がひとつ多い。
「気にしないでください。僕がプレゼントします」
さらっとそんなことを言ってしまえるのは、この人が四ツ屋の御曹司だからか。
瑞穂は、焦って首をブンブン横に振る。
「いやいやいやいやいや……」
そばに寄ってきた総太朗は、瑞穂の顔を覗き込む。
「嫌ですか? すごく似合ってますよ」
上目づかいでそう言って、総太朗は優しく微笑む。
顔を真っ赤にした瑞穂は、再び首をブンブン横に振る。
「そうやってからかうなら、帰るからね」
しかしこの状況、逃れられそうにはない。
「先輩、ダメですよ。ドレスが決まったら、それに合わせたアクセサリーも選びましょう」
総太朗のその言葉を待っていましたと言わんばかりに、店員が選りすぐりのアクセサリーを並べ始める。
「こちらはどうでしょう?」
ネックレスを試着しようとした瑞穂を、総太朗が慌てて止める。
「先輩、待って。髪が引っかかってます」
「えっ、どこ?」
「ファスナーのところです」
鏡越しに背中を見ようとするが、どこでどうなっているのかさっぱりだ。
「見えないし、取れない……」
「動かないで。僕がやります」
瑞穂は、邪魔な髪をかき上げる。
背後に立った総太朗が、ファスナーに絡まっていた髪を外そうとする。
「取れましたよ。もう大丈夫です」
「よかった、ありがとう」
かき上げていた髪を下ろそうとした瞬間に、背中をスーッと指でなぞられた。
「……ひゃんっ!」
変な声が出てしまって、瑞穂は真っ赤になってしまった。
もうずっとこんな調子で、彼に振り回されっぱなしだ。
「髪が引っかかるといけないので、美容院でセットしてもらいましょう。それとメイクも!」
総太朗はポケットからスマホを取り出すと、美容院に電話を掛ける。
「靴とバッグも決めないと! 先輩、時間がないんで急いでください!」
目が回りそうなタイトスケジュールに、瑞穂は悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ……」
着せ替え人形にされ、ブティックで買いものが終わると、美容院でメイクとヘアアレンジ。
そうして、あれよあれよという間にパーティ会場まで連れてこられたわけだ。
***
「なんか、私だけ場違いな気がする」
総太朗は、タキシードも着慣れた感じだ。
瑞穂ははといえば、馬子にも衣装。豚に真珠。付け焼き刃なんかでは、庶民であることを到底隠しきれない……と自虐した。
けれども、総太朗は気にせず彼女の手を取りエスコート。
「別に私じゃなくても、他の人を連れてくればよかったじゃない」
「先輩にしか任せられませんよ。僕のパートナーの役ですから」
向かい合った総太朗は、瑞穂の手の甲にそっとキスをした。
「瑞穂さん、素敵ですよ」
「だから、からかわないで!」
「僕は、冗談でこういうことは言わないですよ。誠実ですから」
「誠実な人は、変なイタズラしたりしません!」
「それもっとやりたいんですけどね。誠実だから、だいぶ我慢してますよ」
「……ええっ!? ええええっ?」
不意に、総太朗が真面目な顔に戻る。
「成瀬くん、どうしたの?」
「実はこの場所に織田さんが来るって聞いて、様子を見に来たんです。ほら、いました」
ちょうど正面に、見覚えのある女性がいた――ルカだ。
皿にいっぱいの料理を盛り付けて、周囲の人に声を掛けながら歩いてきたルカは、瑞穂と総太朗の前で立ち止まる。
「なんでアンタ達が、ここにいるの?」
むしろ、それは瑞穂と総太朗の台詞だ。
いつもより低いトーンで、総太朗は話をする。
「ひとりで、のこのこやって来て。一社員が好きかってしていい場所じゃありませんよ」
ルカは瑞穂を押し退けると、総太朗の隣に立つ。
「なら、貴方がアタシをパートナーにしてよ」
「貴方をですか?」
「そう。アタシの方が、瑞穂より魅力的でしょう?」
露出の高いドレスを着て、胸を押し当てるように腕にしがみついて。まだ諦めていなかったのか、ルカは総太朗にすり寄る。
しかし、総太朗は顔色ひとつ変えずにルカを払いのける。
「貴方みたいにマナーもなってない下品な人を、パートナーになんてできませんよ。会社の品位が下がったら困りますから」
「下品? アタシのどこが?」
「立食パーティでがっつくところとか、お酒が入って周囲の人に絡むとか、他にもいろいろありますよ。とにかく、会社の恥になるので、お帰りください」
「アタシは、悠聖くんから直接招待されてるの! 失礼なこと言って、あんた達が帰りなさいよ!」
ルカはバッグからスマホを取り出し、メッセージアプリの画面を見せる。
そこには確かに、如月とのメッセージのやりとりが残されていた。
ただし、プライベートというよりは業務連絡だ。
「それなんですけど。如月さんの方から、“織田さんを帰してくれ”って頼まれてるんですよね」
「そんなわけないでしょ……って、悠聖くんっ!」
ちょうどパーティー会場に姿を現した如月に、ルカが駆け寄る。
「ねえ~、悠聖くん。聞いてよっ。あの人達がアタシに、帰れって言うのっ」
甘えるような素振りで、ルカは如月に話しかける。
そんなルカに、如月が言う。
「……誰? 知らない人なんだけど?」
一瞬にして、ルカの表情が凍りつく。
「ちょっと待って。パーティのこと連絡してくれたの、悠聖くんじゃない」
「マネージャー、警備の人呼んで。招待客じゃない人が入りこんでるよ」
如月に呼ばれて駆けつけたマネージャーと警備員が、ルカを会場から連れ出そうとする。
その姿の見苦しいこと……。
「ちょっと! アタシは招待客よ! 放しなさいよっ!」
暴れるルカを見ていたら、総太郎と瑞穂まで恥ずかしくなってしまった。
パーティが終わると、迎えに来てくれた男性秘書の車でホテルを後にする。
後部座席に並んで座った瑞穂と総太朗は、ことの顛末について話をする。
「この前のイベントのときに、如月さんが織田さんとうっかり連絡先を交換してしまったらしくて」
「えっ、そうなの?」
「如月さんは、仕事の連絡のためだと思っていたみたいです。けど、織田さんはそうじゃなかったんですね」
瑞穂の知らないところで、ルカはいろいろやらかしていたらしい。
「私的な連絡交換をしたのも、コンプライアンス違反です。でも、SNSに匂わせの投稿をしたのが一番いけなかったと思います」
総太朗は、瑞穂にスマホを見せる。
先日のイベントの控室の写真や、如月とのメッセージのやりとりが、ルカのSNSアカウントで公開されていた。
こんなものが発覚したら、よくて左遷か、もっといえば解雇だ。
「先輩は、あの人の上司なので。状況を知らせたくて、パーティに同行してもらいました」
「そうだったの? じゃあ、私、如月さんに謝罪に行かないといけなかったんじゃない?」
「いいえ、この件は僕の方から謝罪しておきました。如月さんの方も安易に連絡先を教えたのが悪かったと言ってくださって、それで事なきを得ました」
会社にも大ダメージを与えかねない、とんでもない事態だったのだが、総太朗が上手く立ち回ったおかげで、最悪の事態は免れることができたわけだ。
「そういえば、成瀬くんと如月さんって、知り合いなの?」
「いいえ、知り合いなのは如月さんじゃなくて会長さんのです」
「……会長?」
「グローリアスプロダクションの会長と、うちの祖父が旧知の仲なんですよ」
「ああ、そういうことね」
そういう話を聞くと、まるで違う世界で育った人のように思えた。
「それにしても、織田さんには困ったものですね」
総太朗は、ルカどんな風に思っているのだろう。
「まさか、あんな人を引っ張ってくるなんて、人事部の山居部長は何考えてるんだろう」
「化粧品のアローネっていえば。営業をしてたって言ってたし、それなりに実力はあったんじゃない? ルカは、人を取り込むのが得意だから。営業は天職でしょうね」
「どうですかね。あの人、周囲にすり寄るだけで仕事全然してませんから。本当にとんでもない人ですよ。しかも、見えないところで暴言吐いたりしてますよ」
「そうだったの? まさか、成瀬くんにも?」
「はい、聞くに堪えられない内容でした」
ルカが裏で悪さをしているのは、何となくわかっていた。
けれど、そんなに酷い暴言を吐いていたなんて……。
「ごめんね、気づかなくて。主任失格だわ」
「いいえ、あの人のやり方は周囲から見えにくいんです」
どうりで、ルカに靡かないわけだ。
「成瀬くんが、ルカに冷たい理由がわかったわ」
「僕は、やられっぱなしは嫌なんですよ」
総太朗は、瑞穂の方を見て言う。
「豊嶋先輩も、もう我慢する必要ないんじゃないですか?」
どうして彼が味方でいようとしてくれるのか、その理由がわからなかった。
「先輩には、僕がついてますから」
ただ、総太朗の存在を瑞穂は心強く思った。




