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スマホでアプリを開いて、トーク画面を確認すると、結婚補報告したメッセージは既読になっていたが、家族からの返事はなかった。
そこへ、瑞穂は続けてメッセージを書き込む。
『荷物を送ります。預かっておいてください』
メッセージに既読が付く前にアプリを閉じ、スマホをバッグにしまった。
総太朗の住むマンションまで戻って来た瑞穂は、スーツケースを引いて共用通路を歩いて行く。
部屋の前で立ち止まり、カギを開けて扉を開けると、猫を抱えた総太朗が玄関で出迎えてくれた。
「先輩、おかえりなさい! どうでした? 問題なく終わりました?」
不安そうな顔をして……きっと、心配して待っていてくれたのだろう。
「ええ、綺麗さっぱり、片付けてきたわ!」
和真ときっぱり別れてきたと報告した瑞穂は、「えっへん!」と胸を張ってみせる。
空元気や強がりじゃないといったら、嘘になるだろう。
実際にはひどく傷ついているし、すぐには立ち直れないくらいに落ち込んでいた。
そんな瑞穂の心境に、総太朗は気づいているみたい。
「先輩、大丈夫ですか?」
「うん。一仕事終えて、お酒でも飲みたい気分」
「じゃあ、これから飲みますか? もう準備してありますよ」
瑞穂を部屋に通すと、総太朗は「じゃじゃーん!」と、リビングのテーブルに並べたお酒や料理をみせる。
「すごーい! ごちそうだ!」
「出来合いのものばかりなんですけど、よかったらどうぞ。今日は、僕のおごりです」
足下に下ろしたムギが、「ニャー」と鳴くと、総太朗はムギに話しかける。
「ムギにも、ごちそう用意してあるよ」
無邪気なその様子を見ていた瑞穂は、クスクスと笑った。
ごちそうを食べて満足したムギは、ペットベッドの上でゴロゴロと転がっていた。
リビングのテーブルの前、総太朗と並んで座った瑞穂は、お酒を飲みながら話を続ける。
「……結局ね、カレのことを信頼できなかったのよ」
思い起こしてみれば、瑞穂とつき合ってからも、和真の周辺に女性の影は絶えなかった。
「浮気未遂が何度かあってね。以来、カレの帰りが遅くなったときや、誰かと食事に行くとき、探りを入れたくて聞き返すようになってた」
裏切られるかもしれないと思うと、疑わずにはいられなかった。
そんな自分自身にも、嫌気が差していた。
「そういう人だってわかってたのにつき合って、結婚まで考えて。バカだよね。結婚したって、上手くいくとは限らないのは、自分の両親を見てわかってたのにね」
瑞穂はビールをグイッと飲み干すと、空になった缶をテーブルに置く。
缶はバランスを崩して倒れ、テーブルの上をカラカラと転がった。
最後に残ったのは、虚しさだけだった――そんな恋だった。
「誰かを信頼するのも、信頼されるのも、難しいね……」
お酒の勢いでついぶちまけてしまった後、不意に視線を隣に向けた瑞穂はハッとする。
ビールの缶を片手に、テーブルに頬杖をついた総太朗が瑞穂を見つめていた。
先程から瑞穂ばかりが喋っていて、総太朗はずっと聞き役に徹してくれていたのだ。
総太朗はビールの缶をテーブルに置くと、眼鏡を外し、髪をかき上げる。
「すいません。ちょっと飲み過ぎました」
長話につき合せてしまったせいで、お酒のペースを誤ったのだろう。
「……なんか、ごめんね。部屋に居座っている分際で、食事まで用意してもらって、酔っ払ってくだを巻いて」
心配になった瑞穂は、総太朗の顔を覗き込む。
すると、総太朗は瑞穂を見てはにかんでみせる。
「気にしないでください。僕が、先輩を助けたかっただけですから」
おまけにそんなふうに言われたら、恥ずかしくなってしまった。
顔が真っ赤だったのは、お酒のせい……ということにして、退散。
「私も、ちょっと飲み過ぎちゃった。お水もらってもいい?」
「いいですよ……って、危ないですよ」
急に立ち上がろうとしたら、クラッと目眩がして、その場に倒れこみそうになった。
間一髪のところで、瑞穂を総太朗が抱き留める。
――体温が伝わりそうな距離。
見上げたら、頬にキスしてしまいそう。
こんなに近くで総太朗の素顔を見たのは、初めてだ。
普段は前髪や眼鏡で隠れていてわからなかったが、とても整った綺麗な顔だった。
少しクセのある髪、とろんとした目、血色のいい赤い色をした唇がやけに艶めかしくて……。
「……先輩、大丈夫ですか?」
パッと離れた瑞穂は、それとなく顔をそらす。
一瞬だけど、よくないことを考えてしまった。
それを誤魔化そうと、わざと明るく振る舞う。
「なっ、成瀬くんには本当に感謝してるんだよ。ありがとね。このところバタバタしてて、新しい部屋が探せてなかったんだけど。明日にでも不動産屋に行ってくるわ」
早口でそう言って、瑞穂はキッチンへ水を取りに行こうとした。
すると、総太朗が瑞穂の手をつかんで引き留める。
「それなんですけど、このまま、ここに……」
話の途中で、充電が切れたみたいに瑞穂は脱力。
疲れていたのか、酷い眠気に襲われた。
瑞穂は、ソファーにゴロンと横になる。
「……先輩?」
驚いた総太朗が、顔を覗き込んでみる。
瑞穂は、小さく寝息を立てていた。
その寝顔を見て、総太朗はフッと笑みをこぼした。
***
翌朝、目が覚めたときには瑞穂はベッドで横になっていた。
昨晩のうちに、総太朗が運んでくれたのだろう。
お礼を言おうと部屋を出ると、猫のムギがカリカリとご飯を食べる音が、リビングの方から聞こえてきた。
「……成瀬くん?」
総太朗はすでに出かけた後。
ダイニングのテーブルには、手作りの朝食が用意してあった。
『用事があるので先に出社します』
メモを読んだ瑞穂はテーブルの席に着き、「ありがとうございます、いただきます」と手を合わせてから、ご飯を食べ始める。
和真と住んでいた頃は、料理に洗濯、家事全般はほとんど瑞穂がやっていた。
この部屋に居候してからも、迷惑を掛けないように、食事はなるべく外で済ませていたから。
自分以外の誰かの作った料理を食べるのは、久しぶりだった。
「おいしい……」
食パンにスクランブルエッグ、アスパラのサラダ、添えられたフルーツ……なんだか、幸せな気持ちにさせられた。
瑞穂は食事を終えると、身支度とムギの世話を済ませて部屋を後にした。
この日、人事部からの辞令が出ると話しに聞いていた。
瑞穂は出社するとすぐ、一階の社員用掲示板を見に行く。
社員達が集まっていて、人の隙間を探してみたり、つま先立ちをしたりしてみたけれど何も見えなくて、しかたなく人の壁をかき分けて前へ出た。
社員用掲示板には、辞令が貼り出されていた。
――――――――――
人事異動社内通達書
以下の人事異動についてお知らせいたします。
1、四ツ屋総太朗
四ツ屋コーポレーション広報部企画広報課の任を解き、四ツ屋ホールディングス専務取締役を命ず。
2、豊嶋瑞穂
四ツ屋コーポレーション広報部企画広報課主任の任を解き、四ツ屋ホールディングス総務部秘書課、四ツ屋総太朗専務付を命ず。
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辞令を確認した瑞穂の目が点になる。
「四ツ屋ホールディングスって……」
四ツ屋ホールディングスは、四ツ屋コーポレーションや関連会社を傘下とする持株会社だ。
部署の異動どころか、会社まで異動させられるなんて――おまけに秘書課!?
「私が秘書っ!?」
思わず叫んでしまった後で、視線を気にして身を縮めた。
瑞穂は、俯き加減でもう一度辞令を確認した。
「……四ツ屋……総太朗専務?」
途端に、周囲がザワザワと騒がしくなる。
一階のフロアにいた社員達が、一斉に出入口の方を見た。
今、セキュリティゲートを抜けてこちらへやって来た男性が、エレベーター前で立ち止まる。
隣には、ボディガードのように屈強な男性秘書を引き連れていた。
「成瀬くん……?」
高級感のあるオーダースーツ、かき上げてオールバックにした髪、キリッとした表情……。
その男性は総太朗だった。




