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如月悠聖のサイン入り名刺は、デザイン制作部の社員によってデータ化され、印刷所へweb入稿される。

その後は、頼んでおいた印刷所で大至急印刷し、裁断され、不備がないか確認が終わると納品された。


完成品は忽那が取りに行き、一足先に会場へ戻った瑞穂は、ボツ案の名刺を配布用の商品から外す作業を進める。


会場内にいた人は、四ツ屋もイベント会社も関係なく手伝ってくれて、どうにか差し替えの準備が整った。



「……豊嶋主任、戻りました」



会場に戻って来た忽那は、持っていた紙袋の中から名刺の箱を取り出す。

それを受け取った瑞穂は、中身を確認する。


「綺麗に刷れてる。これなら大丈夫ね」


名刺を取り出して見ていると、ルカがそばに寄ってくる。

先程まで探しても見当たらなかったのに、どこに隠れてサボっていたのだろう。


「なになに? 瑞穂、それが採用された方の名刺っ?」


何事もなかったように声を掛けてくるものだから、さすがの瑞穂も呆れてしまった。



「ちょっと! なんであの名刺、自分のものにしてんの?」



忽那は、我慢できずにルカに掴みかかる。


「……自分のものって? どういうことっ?」

「しらばっくれないでよ! 私のデスクから勝手に持ってったでしょ? あのとき、ダメだって言ったのに!」

「ええっ!? なんで? 忽那さんが“いいよ”って言ったから、アタシはあの名刺をもらったんだよ?」

「嘘っ! 私、そんなこと言ってない!」


ふたりの間に入った瑞穂が、ピシャリと言う。


「織田さん、もうやめなよ。貴方が嘘吐いてるって、すぐにわかるから」


言い争いを聞いていた広報部の社員達が、冷ややかな目でルカを見ていた。

その視線に気づいたルカは、フンッとそっぽを向いて、またどこかへ行ってしまった。


残された忽那は、悔しそうな顔をして俯く。



「私、名刺あげたりしてないのに……」



似たような状況を何度も経験してきた瑞穂は、忽那の気持ちは痛いくらいわかった。


「大丈夫だよ。忽那さんが、そういうことする人じゃないって、みんな知ってるから」


瑞穂は、忽那の肩をポンッと叩く。


「名刺の差し替え、手分けして終わらせよう」


そうして、名刺の差し替え作業を再開する。


「商品が入った袋の中に、新しい名刺を入れて。袋の口はリボンで結んでください」


瑞穂の呼びかけで、再び人が集まってくる。


「豊嶋さん、私も手が空いたので手伝います」

「梶さん……」


率先して作業に参加してくれた梶に、瑞穂はお礼を言う。


「ありがとう、梶さん。経理に話を通しておいてくれたでしょう?」

「当然のことをしただけです。指揮を任されましたから」


梶は相変わらず冷たい言い草だったが、よく見ると頬が少しだけ赤くなっていた。

――きっと、照れているんだ。


「豊嶋さん、なに笑ってるんですか?」

「ううん、何でもないよ」

「それじゃあ、早く終わらせてしまいましょう」


瑞穂は、梶に急かされ作業を進める。


「ところで、成瀬くんは?」

「如月さんを控室に案内してます。今、如月さんにこっちに来られたらマズいですから」

「……足止めしてくれてるのね」


まだ会場で如月を見ていないのは、総太朗の配慮のおかげだった。


「成瀬さんと如月さんは、知り合いなんですか? ずいぶん親しくお喋りしてましたよ」

「知り合い? そんな話は聞いてないけど?」


何はともあれ、総太朗のおかげで騒動に如月を巻き込まずに済みそう。

周囲の協力もあって、なんとか差し替え作業を済ませ、配布物の準備を終えた。




会場には、たくさんの参加者が集まっていた。

タレントの如月がステージ立つと、「キャーッ!」と黄色い声が辺りに響き渡る。

会場は、大盛り上がりだ。


新商品お披露目に続いて、如月によるトークショー。その後は、販促物のお渡し会が行われた。


参加者ひとりずつに、如月がお菓子と名刺が入った袋を渡していく。

その様子を、広報部の社員達がステージ裏から眺めていた。


瑞穂の隣にいた総太朗が、そっと耳打ちしてくる。


「……みんな嬉しそうですね」


参加者もそうだが、如月も終始笑顔だ。

そんな幸せの瞬間を目の当たりにした瑞穂は、感動で胸がいっぱいだ。



***



イベントは、大盛況のうちに幕を閉じた。


予定していた日程が終了すると、如月は控室に戻っていたのだが。

マネージャーがいない隙を狙って、控室へ上がり込んだルカが、彼にちょっかいを出そうとしていた。


「……如月さん、お疲れ様ですぅ~!」


しかし、それにいち早く気づいた総太朗がその場へ乱入し、ルカを止めようとする。


「織田さん、勝手に控室に入らないでください」


ちょうどその場を通りかかった梶と忽那も、総太朗に加勢する。


「はい、織田さんも片付けに行きましょう。まだ仕事は残ってますから」

「如月さんがお疲れのところを押し掛けるなんて、さすがに図々しいですよ」


梶と忽那が両側から腕を掴んで、ルカを引きずるようにして連行する。


「ちょっと! まだ話の途中なんだからっ!」


三人が足止めしているうちに、如月はマネージャーに連れられて会場を後にした。


推しとのひとときを邪魔されたルカは、すっかりふて腐れてしまったみたい。


「やってらんないわ! アタシ、帰るっ!」


何もかも放り出して、ルカは一足先に帰ってしまった。

それには、総太朗達も呆れ顔だ。




ルカがいなくなった後、瑞穂や社員達はみんなで手分けして片付けを終える。


「豊嶋主任! 打ち上げにしましょう!」


広報部の社員達が、ステージ裏に差し入れの飲食物を届けてくれた。

瑞穂は、同じ会社の社員やイベント会社から派遣されてきていた人達に声を掛ける。


「作業が終わった皆さん、飲み物をどうぞ」


広報部の社員達と手分けして飲み物を配っていると、控室から戻ってきた総太朗が言う。


「豊嶋先輩! 乾杯の音頭をお願いします!」


ちょうど飲み物もみんなに行き渡ったところで、乾杯をすることになった。



「それでは、イベントの成功を祝して、乾杯!」



その場にいた全員が、一斉に乾杯をする。


賑やかな笑い声が響く中、嬉しそうにするみんなを見た瑞穂は、諦めなくてよかったと心の底からそう思った。



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