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都内のホテルの宴会場を貸し切って行われた新商品発表会には、業界関係者やマスコミ等たくさんの人が集まった。
「――お集まりの皆様、本日は弊社の新規商品発表会へご参加くださいまして、まことにありがとうございます」
この日、瑞穂はマイクを片手に司会を務めていた。
社長の挨拶から始まり、企画開発部による商品説明、新商品の試食など、業界関係者向けの行われた後。
完成したCMの映像が会場内に流され、出演し如月がステージに登壇する。
「……えーっ、皆様。店長の如月悠聖です!」
如月は、得意のトークで会場を沸かせると、順にマスコミの取材を受けていく。
和やかな雰囲気の中、新商品発表会を問題なく終えることができた。
***
翌日の土曜日は、一般の人へ向けた新作発表イベントが、野外ステージで開催された。
瑞穂のチームだけでなく、広報部の社員もかり出され、朝からみんなで大忙し。
イベント会社から派遣された人達も会場入りすれば、本格的に会場設営が始まる。
ステージ裏にダンボールを運んできた総太朗が、瑞穂に声を掛ける。
「豊嶋先輩! 配布物のお菓子が届きました!」
「ありがとう、すぐ確認しましょう」
ダンボールを開けた瑞穂は、愕然とする。
「これって……」
配布物のお菓子が入った透明な包みを手に取り、総太朗に見せる。
「不採用の方の名刺じゃない?」
中に入っていた名刺は、如月の選んだものではない。
ボツ案の方のデザインが、印刷されていたのだ。
「えっ、主任、どういうことですか?」
そばを通りかかった忽那が、慌てて瑞穂のそばに駆け寄り、お菓子が入った包みを手に取る。
「どうして? なんでこの名刺が? 主任から受け取って、二種類あって、それで……」
半ばパニックを起こしていたが、忽那は苦悶の表情を浮かべながらも、その場で頭を下げる。
「……私が間違えました。すみませんでした」
瑞穂は、忽那に頭を上げるよう言う。
「忽那さん、ごめんなさい。私が確認しなかったから」
忽那とは、このところずっと挨拶すらしていなかった。
そのせいで、確認作業がきちんとできていなかった。
「私がデザイン制作部との中継の担当だったんだから、私の責任です」
「いいえ、忽那さんのせいじゃないわ」
そもそも、採用案の名刺だけ渡せばよかったのに……なんて、悔やんでももう遅い。
「豊嶋先輩も、忽那さんも、今は責任の所在を追求している場合じゃありません」
総太朗の言う通りだ。
「そうね、このミスをどうカバーするか考えましょう」
瑞穂達は、代替案を模索することにした。
すると、騒ぎを聞きつけてやって来たルカが笑いながら言う。
「別に、そのままでいいんじゃない?」
なんて無責任な発言だろう。その意見を、瑞穂は一蹴する。
「サインを書いて協力してくれたタレントさんに、失礼なことはできない。それに、会社の信用を損ねる可能性もあるわ」
「でも、今更どうにもできないでしょう?」
ルカは言い返してきたが、構っている時間がないので無視することにした。
「忽那さん、預けた名刺はどこにあるの?」
「採用案もボツ案も、社外秘の保管用のファイルに挟んであります」
瑞穂は、すぐさま会社へ電話する。
週末の今日、社内にいる人は限られている。
それでも、デザイン制作部の人に都合を付けてもらうことができた。
「デザイン制作部の人にお願いして、今からデータを作り直してもらうことになった。忽那さん、デザイン部の人がファイルを触るけど、それでもいい?」
「はい。デスクの引き出しに入ってる、水色のファイルです。イベント名が書かれてるので、すぐにわかると思います」
次に瑞穂は、最短で印刷できる業者に依頼の電話を入れる。
当日入稿締め切りギリギリだ。
「データが出来上がり次第、印刷会社に入稿するわ」
印刷の手はずを整えたところで、会社から折り返しの電話がかかってきた。
相手は、デザイン制作部の人だった。
「……名刺がない!?」
忽那のデスクにファイルはあったが、見つかった名刺は一種類だけだという。
「私、絶対にそのファイルに入れました」
確かに、忽那が名刺を締まっている瞬間を、瑞穂も目の前で目撃していた。
――それなら、どこかに紛れ込んでいるのかもしれない。
電話を切った瑞穂は、その場を後にしようとする。
「会社に戻って探してくるわ!」
すると、忽那が追いかけてくる。
「主任、私も一緒に行きます!」
騒動を遠巻きに眺めていた梶に、瑞穂は声を掛ける。
「梶さん、この場の指揮をお願いします」
「わっ、私ですか?」
「そう、梶さんにしか任せられないから」
突然のことに狼狽える梶を、総太朗がフォローする。
「ここは人数も足りていますし、大丈夫です。梶さんは、僕がサポートします」
「成瀬くん、ありがとう。よろしくお願いします」
会場準備は総太朗と梶に任せて、瑞穂と忽那は会社へ戻った。
広報部のフロアまで来ると、瑞穂はファイルの中を確認する。
「このファイルのポケットに、一緒に入れておいたんだよね?」
デザイン制作部の人の電話のとおり、入っていたのはボツ案の名刺だった。
「そこにないなら、引き出しに落ちてるのかも。私、探します」
忽那はデスクをひっくり返す勢いだったが、名刺はどこにも見当たらない。
「このまま見つからなかったら、どうしよう」
「忽那さん……」
ふたりが困り果てていると、様子を見に来た女子社員が話しかけてきた。
「あのー……豊嶋主任、ちょっといいですか?」
リニューアル宣伝企画のリーダーの白川だった。
社内に残って、イベントの問い合わせを担当してくれていたのだ。
「白川さん、ごめんなさい。今、探し物してて」
「その探し物って、如月悠聖の名刺ですよね?」
「そうだけど……」
「私、どこにあるかわかります」
白川は、とあるデスクを指差す。
「織田さんのデスクのマットの下に、入ってませんか?」
それには、瑞穂と忽那もビックリ。
「織田さんの?」
「えっ、何で?」
「とにかく、確認してみてください」
三人でルカのデスクへ向かう。
ごちゃごちゃと置かれていた雑貨を退かしてみると、確かにマットの下に名刺が挟まっていた。
「あった! 名刺!」
「よかったーっ!」
瑞穂と忽那が安堵の声を上げる。
そんなふたりを見て、白川もほっとしたみたい。
「この前、織田さんが自慢してたんですよ。如月悠聖のサイン入り名刺もらったんだーって」
白川の話を聞いた瑞穂と忽那は、思わず顔を見合わせる。
「忽那さん、あの子に名刺あげたの?」
「いいえ、あげてません。だって、社外秘ですよ。会社のものを個人的に譲渡するとか、ダメに決まってるじゃないですか」
忽那は、派手な見た目で誤解されやすいが、真面目で常識的な考えができる人なのだ。
「じゃあ、織田さんがファイルから勝手に持ち出したのね」
「嘘でしょ? あの人、そんなことするんですか?」
驚きの声を上げる忽那だったが、次第に怒りがこみ上げてきたのか、表情がみるみると険しくなっていく。
「織田さんに電話して聞いてみます」
「待って、忽那さん! 時間! すぐにデザイン制作部へ行って、データを作ってもらわないと」
今は一刻を争う状況だ。
白川にお礼を言った瑞穂と忽那は、広報部のフロアを後にしようとする。
すると、広報部を訪ねてきた経理の男性社員に声を掛けられる。
「……豊嶋主任、いらっしゃいますか? 先程、梶さんから追加予算の申請がありまして。急ぎと言うことでしたので、部長に確認して承認していただきました」
梶が先回りして、経理に話を付けていてくれたという。
瑞穂と忽那は梶に感謝しつつ、デザイン部へ急いだ。




