第1話:スピリット・ガーディアン
前世の記憶に目覚めてから、五年が経った。
記憶があることで人生が楽になると思うかもしれないが、そんなことはなかった。
この世界は残酷だ。
産まれた瞬間から、成長を強要される。まずは歩くこと。次に話すこと。そして生き残ること。
ここでは弱さは許されない。
一度でも遅れをとれば、世界は躊躇なくお前を踏みつぶしていく。
そして俺は?
俺はただの人間だ。本物の人間。おそらく、唯一の。
他の種族は皆、何かを持っている。毛皮、鱗、爪、あるいは角。それらは、彼らが捕食者か獣であることを示す証だ。
それに比べて俺の体はどうだ。滑らかで、剥き出しだ。爪もなければ牙もない。天然の武器など何一つ持っていない。
何もないんだ。
成長も普通だった。痛々しいほどに普通だ。特別な力も、チートも、奇跡もなかった。
いわゆる両親については、何も覚えていない。
人とは違うから捨てられたのかもしれない。あるいは、弱かったからか。
今となってはどうでもいいことだ。
なぜなら、別の誰かが俺を見つけてくれたから。
師匠が俺を拾い、育て、この世界に居場所をくれた。
そして、その場所……ここが、俺の一日の始まりだ。
……
俺は木製の扉を押し開け、温かい砂の上に足を踏み出した。遠くで朝の波が囁く中、草履が足を守ってくれる。
かすかな微風が海の潮の香りを運び、水色の簡素な道着の裾を揺らした。目の前には広大な海がどこまでも続き、昇る太陽の下で輝いている。
俺の視線は、浜辺に休んでいる巨大な甲羅へと向かった。
古びて、風化したその表面には、かすかに光るルーン文字が刻まれている。
トールさん。
不老不死の亀だ。
「おはようございます、トールさん」
大亀は甲羅の下から重々しく頭を持ち上げた。賢明で古き瞳が一度まばたきし、喉の奥から深く地響きのような鼻歌が漏れる。彼はゆっくりとした頷きで挨拶に応えた。
俺は微笑み、砂浜を走って一段高い石の台座へと向かった。そこには一人の人物が完璧な瞑想の姿勢で座っていた。
ゼイン師匠だ。
黄金のたてがみのよう毛皮が朝の光を捉え、誇り高きライオンのような顔の周りで炎のように流れている。頭の上には鋭い耳が直立し、力強い体躯には真紅と黄金の道着が纏わされている。
俺は数歩手前で立ち止まり、深く頭を下げた。
「師匠、準備はできています。今日は何をすればいいですか?」
俺が小さい頃から、彼は修行をつけてくれている。
まあ、今でもまだ小さいのだが。
この世界の誰も「人間」という存在を知らないようだが、俺の体は人間らしく、ゆっくりと着実に成長していった。
ゼイン師匠はゆっくりと目を開けた。黄金の彩彩が静かな力を湛えて光り、彼は俺を見下ろした。猛々しい顔立ちが、穏やかな微笑みで和らいでいる。
俺の背丈は彼の五分の三ほどしかなく、彼に比べれば体は小さく肌も滑らかだ。
ゼインにとって、その差は常に際立っていた。
この子が成長するのがいかに遅いか、そして今でもいかに小さいか。彼は静かなもどかしさを感じていた。
ゼインは、トールが赤ん坊の俺を岸へ運んできた日のことを覚えていた。
数ヶ月の間、彼は沈黙の中で見守っていた。この子が自力で動けるようになるのかさえ分からなかった。不安定な足取りで初めて歩くまでに六ヶ月。初めてはっきりとした言葉を発するまでに丸一年。
生存本能もない。
獣のオーラもない。
血統もない。
この世界に属していることを示す証が、何一つなかった。
その空っぽな性質こそが、この子が捨てられた理由なのだろう。
だが、運命は彼をこの人里離れた岸辺へと導いた。
だからゼインは彼を育てることに決めた。
修行を授けることに決めた。
そして、彼に「カイ・シェン」という名を与えた。自身の名である「ジェン・シェン」から取った名だ。
今日、師匠の深い声が石台に響いた。
「カイ、今日はお前のスピリット・ガーディアンを召喚する」
俺の目が一瞬で輝いた。
「本当に?」
ゼイン師匠は頷き、その微笑みをほんの少しだけ深めた。
「ああ。その時が来た」
ゼイン師匠は流れるような優雅さで石台から立ち上がり、道着が地面に触れてかすかに音を立てた。
言葉もなく、彼は人里離れた入り江の奥へと続く、風化した石の細い道を歩き始めた。
俺は慌ててその後を追った。温かい岩の上で草履がパタパタと音を立てる。
道は、断崖絶壁に直接彫られた広い円形のプラットフォームで終わっていた。そこからは果てしない海が見渡せる。
縁には古いルーン文字が刻まれ、石の奥深くまで彫り込まれた文字が淡い青色の光を放っている。
中央には、複雑な魔法陣が咲き誇る花のように広がっていた。
記号、線、文字の同心円が重なり合い、じっと見つめていると動き、呼吸しているかのように見えた。
ゼイン師匠は円の端で立ち止まり、俺の方を向いた。
「中央に座れ」
彼の声は穏やかだったが、その黄金の瞳には稀に見る真剣さが宿っていた。
「警告しておくぞ、カイ。この儀式にはリスクが伴う」
「スピリット界は幻ではない。この世界と同じくらいリアルであり、それ以上に危険な場所だ」
「未知の場所。未知の存在」
「もし手に負えないものに遭遇したら、すぐに退却しろ」
「あちらで死ねば、こちらでも死ぬことになる」
「二度目のチャンスはない」
「そして、たとえ成功したとしても、契約したスピリット・ガーディアンが、生まれつき持っている者のように従うとは限らない」
「そのスピリットは独自の意識を持つ。それは自らの意志で動くのだ」
ゼイン師匠の穏やかな微笑みが完全に消えた。
「カイ、本当に行う覚悟はあるか?」
俺はゆっくりと頷いた。
この世界では、ほとんどの者が産まれた時から既にスピリット・ガーディアンと結びついている。
通常、ガーディアンは宿主の血統や種族を反映するものだ。
ヴェイラ族は、幻影や蜃気楼、影を操る「イリュージア」を目覚めさせる。
ラカー族は、生粋の筋力と速さ、そして凶暴な近接戦闘に特化した「フューリークロウ」と契約する。
そしてゼイン師匠のようなソルバー族は、圧倒的な存在感と不屈の意志を放つ荘厳な存在「ブッダライオン」を召喚する。
スピリット・ガーディアンは常に宿主よりも原始的な姿で現れる。より大きく、より荒々しく。古代のルーツに近い姿だ。
それは修行の基礎だ。気や魔法が形を成し、成長するための核となる。
だが、俺は空っぽの状態で産まれた。
ガーディアンはいない。
先天的な繋がりもない。
それがいなければ、修行や魔法の道に足を踏み入れることなど決してできない。
ガーディアンを持たずに産まれた稀な者たちには、道は一つしかない。
まだ未熟で目覚めていない死すべき身のまま、魂をスピリット界へと送り込むことだ。
修行も魔法も持たない者だけが、その境界を越えることができる。
俺はプラットフォームの端まで歩き、簡素な草履を脱いで整然と傍らに置いた。
そして一歩前へ踏み出す。
剥き出しの石が足の裏に冷たく感じられた。
中央まで歩き、胡坐をかいて座る。両手を膝に置き、背筋を伸ばす。師匠に教わった通りに。
俺は目を閉じた。
呼吸を整えると、視界が闇に満たされた。
ゼイン師匠が片手を上げた。
彼の手の平に黄金の光が集まり、明るく純粋に輝く。エネルギーの糸が生きている絹のように織り重なっていく。
彼は古代の言葉を口にした。その声は低く、響き渡る。
魔法陣が即座に呼応した。
ルーン文字が鮮やかに灯る。
光の柱が揺らめきながら立ち昇り、俺を完全に包み込んだ。
師匠の手から黄金の糸が流れ出し、俺の体に巻き付いた。最初は優しく、そして次第にきつく。
奇妙な感覚が襲ってきた。
目の奥で圧力が強まっていく。
世界がぼやける。
体が重くなり……そして突然、重力を失った。
内側と外側に同時に引っ張られているような感覚。吹き荒れる風と星明かりのトンネルの中を引きずり回され、あらゆる感覚が引き延ばされる。
音が消えた。
光がねじれた。
そして、
何もなくなった。




