貢献
この世界に何かしら良いものをもたらす存在
貢献する生き方が幸せに繋がるという
家庭や学校で褒められたり、仕事や会社で成果を上げる
誰だって疎まれる存在より、感謝される存在でいられたら理想的だ
けれども、その考え方は突き詰めれば
役に立たない人間は不要、という極論にもなる
病人や高齢者、障害者は足手まとい?
働かない人間や生活保護を受けている人間は世間のお荷物?
いつ何時、不運に見舞われて
一文無しのホームレス、一生寝たきりの体、社会復帰不能…
そんな目に遭うかもしれない
誰もが自分の未来に何が起こるかなんてわからない
存在価値を見出すことは、生きていく上で自分を知る手がかりにはなる
どんな仕事が向いているか、どんな生活が適しているかなど
だが存在価値なんて、誰かの主観や何かの基準において生まれるだけで
そんなものは無い
ただの偏見だ
存在する時点で価値がある
これは繰り返し述べてきた
この世界に不要なら、存在できないのだから
全ての存在は、存在を認められている
つまり、何か良い影響を与えたり役に立つ存在でなければダメなんてことはない
社会に貢献するのは当然素晴らしい
“貢献する”の定義が限定的な思い込みに囚われているのかも
自分らしくあれば、もう貢献している
全ての存在は唯一無二
宇宙にひとつだけ
同じ存在は存在しない
その人らしさが既に影響をもたらしている
良い、悪い、役に立つ、立たないは、先程も述べたが人による偏見である
何がどう転んで、この世界に影響するか
バタフライエフェクト、風が吹けば桶屋が儲かる
神のみぞ知る、不確定要素ばかり
未来は何億通り
良かれと思ったことが、世のため人のための行為が、必ずしも善に働くとは限らないものである
あるいは、悪とされる存在が世界にとって進化成長する影響を及ぼしていたり
何が有益で何が不要か?
小さな世界の人間目線でわかることなんて何もない
現時点でわかっても、未来は予想できない
わかっているのは、自分らしくあることが世界と調和する、という真実
本当の自分、ありのままの自分
自然体、宇宙の一部の存在
心のままに、偏見をなくして生きる
そうすることで、全てはうまく回る
無駄な抵抗も発生しない
シンクロニシティが起こり始める
考えるな、自分であれ
大多数の承認や理想が自分の幸せと一致してはいない
自分の気持ちは自分しか知らない
自分の幸せは自分にしかわからない
誰かのために自分以外になるな
自分のために自分を生きろ
それが全てへの貢献になる
真っ直ぐな心で自分でいる
押し付けられた正しさに縛られなくとも、本来の性質は善、良くありたいと願っている
そのままの自分で貢献しているのだから




