7章サブ話⑥: 『現場崩壊』
主人公は、港町で続く「何かがおかしい」という感覚を傍観していた。
それは商業組合の会議でも話題にのぼるが、誰もその正体を説明できずにいる。
■■■港町経済圏・崩壊記録
観測期間: Day 11〜15
記録者: ██████(港町商業組合)
分類: ██████状態: 継続観測中
■ [Day 11 | 朝市]
「……網が」
漁師のオズワルドが、何かを押し込んでいる。
「破れた」
三つ目だ。
今週で、三つ目。
「引き裂かれたみたいに」
彼の声には、何もない。
怒りも。
悲しみも。
諦めだけ。
市場に、魚はない。
あるのは、空の籠。
沈黙。
「東の沖には……」
誰かが呟いた。
「……もう、行けねぇ」
誰も、否定しなかった。
■■ [Day 12 | 会議室]
「——荷が、動かない」
商人バルトが、拳を叩きつけた。
音が、響く。
やけに、響く。
「理由は?」
組合長が問う。
バルトは、答えられない。
「……分からない」
分からない。
でも、確かに何かがおかしい。
「外に出たくないんだ」
「荷物を、動かしたくないんだ」
「なぜかは……」
説明できない。
会議室が、静まり返る。
「……俺も、だ」
「私も」
「同じです」
全員が、同じことを言った。
説明はできない。
でも、分かる。
何かが、間違っている。
「……あの子が、測定を始めてから——」
誰かが、呟きかけた。
「やめろ」
バルトが、遮った。
「……それは、関係ない」
本当に?
■■■ [Day 13 | 港]
漁船が、一隻も出ない。
波が、打ち寄せている。
でも、リズムが、狂っている。
「……怖がってるみたいだ」
誰かが呟いた。
波が?
海が?
何を?
オズワルドは、岸壁に立っている。
東を、見ている。
「……あそこに、何かいる」
いる。
何かが。
魚じゃない。
魔物でもない。
もっと、大きい。
「……海神の、目か?」
違う。
海神なら、もっと——
「……分からない」
分からない。
分からない。
分からない。
でも、確かにいる。
■■■■ [Day 14 | 街]
店が、閉まり始めた。
シャッターを下ろす音。
鍵をかける音。
それだけが、響く。
「なぜ閉めるんだ?」
「……分からない」
分からない。
でも、閉めなきゃいけない。
鳥が、鳴かない。
空が、重い。
呼吸が、しづらい。
「……東が、光ってる」
誰かが、窓を指差した。
何か、光っている。
青い?
白い?
分からない。
でも、光ってる。
■■■■■ [Day 15 | 市場]
市場に、人がいない。
籠が、積まれたまま。
魚は、ない。
オズワルドは、網を畳んでいる。
五つ目の網。
最後の網。
「……もう、終わりだ」
終わり?
何が?
「海が、死んだ」
死んだ?
「魚が、逃げた」
逃げた?
何から?
彼は、立ち上がらない。
もう、立ち上がれない。
「……東には」
「……呪いがある」
呪い?
「いや、違う」
じゃあ、何が?
「……分からない」
分からない。
分からない。
分からない。
分からない。
分からない。
でも、確かに何かがいる。
そして、それは、こっちを見ている。
■■■■■■ [記録者メモ]
この五日間で、港町の経済は停止した。
漁船:ゼロ。
市場:機能停止。
物流:凍結。
理由は、誰も説明できない。
ただ、全員が同じことを言う。
「何かが、おかしい」
彼らは、東を恐れている。
東に、何かがいる。
魚も、波も、逃げている。
そして、街全体が、震えている。
■ 未解決事項
∙「東の██」の正体
∙集団的恐怖の発生メカニズム
∙網の破損原因(物理的証拠:なし)
∙波のリズム不規則化(観測者:複数、再現性:不明)
∙Day 12における「あの子」への言及(発言者:██████、内容:削除済み)
追記(Day 15 夜):
街に、何かが見えた。
東から。
光。
誰も、近づかない。
誰も、近づけない。
『……終わりだ』
[継続観測中]
[Day 16以降の記録は██により中断]
■記録者補足
この文書は、港町商業組合の██名からの証言を統合したものである。
証言者たちは、互いに相談することなく、同じ表現を用いた。
「説明できない」
「でも、分かる」
「何かがおかしい」
これは、集団ヒステリーなのか?
それとも——
ギルドへの報告は、完了している。
調査団の到着を、待つ。
それまで、街は、██。
[補足中断]
[記録者の状態:██]
主人公は、街の経済が停止していく様子をそのまま記録に留めた。
結果として、東の海に漂う違和感の正体は解明されないまま、調査団の到着を待つことになった。
ただ、その震えがいつ収まるのかは分からない
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