【第7章 第16話】 潜行準備
この世界の魔法は、思った以上に素直だ。
だからこそレイは、魔法陣の記号の間隔をわずかに広げるという「仕様」に強い興味を抱いた。
──それが、水底に眠る禁忌に触れる一歩になるとも知らずに。
朝。リビングに出ると、テーブルに装備が並んでいた。
「これ全部……!?」
ロープ。太くて丈夫。レイが両手で掴んでも余る。
浮き袋。革製で、膨らむ仕組み。
防水服。厚手の布。縫い目が二重になっている。
父が頷く。
「商人仲間に頼んだ。全部、揃った」
レイがロープを持ち上げる。重い。でも、しっかりしてる。
「これなら、安心だ」
ガルムがロープを引っ張る。
「問題ない。水中でも、すぐ引ける」
母が防水服を広げる。
「着てみて」
袖を通す。少し大きいが、動きやすい。
セラフィナが浮き袋を手に取る。
「これ、どう使うんですか?」
レイが膨らませる。空気が入って、ふくらむ。
「体に縛るんだ。もし何かあっても、浮いてくる」
セラフィナが頷く。
「なるほど……準備、万全ですね」
父が時計を見る。
「今日は、呼吸魔法の練習だ」
レイが立ち上がる。
「やろう!」
宿の裏。大きな桶。水が半分まで入っている。
レイが魔法陣を描く。空気収集の記号。
「まず、三分間」
息を吸う。魔法陣が光る。
肺の周りに、薄い膜ができる感覚。
顔を水に沈める。
冷たい。でも、息ができる。
一分。二分。
問題ない。
三分経過。顔を上げる。
「いける!」
父が頷く。
「次は四分」
もう一度。顔を沈める。
一分、二分、三分……。
三分半で、少し苦しくなる。
四分。顔を上げる。呼吸が荒い。
「……ちょっと、きつい」
セラフィナが魔法陣を見る。
「記号の間隔、狭いです。もう少し広げましょう」
「広げる?」
「はい。空気の流れが、良くなるはずです」
レイが描き直す。円を少し大きく。記号の間隔を広げる。
光る。
今度は、空気の集まりが早い。
「……お、これいい!」
もう一度、四分間。
今度は苦しくない。
「セラ、効果あった!」
セラフィナが微笑む。
「良かったです」
父が時計を見る。
「五分、試せるか?」
レイが頷く。
「やる」
五分間。
途中、少し不安になる。でも、息は続く。
五分経過。
顔を上げる。
「……できた!」
ガルムが拍手する。
「すごいな」
セラフィナが頷く。
「これなら、潜れます」
昼。リビング。
父が地図を広げる。
「場所は、ここ。東の岩礁」
レイが地図を見る。
「潮が引く時間は?」
「午後二時。一番、水位が低い」
ガルムが補足する。
「それでも、深さは三メートルある」
レイが自分の身長と比べる。二倍以上。
「……深いな」
父が頷く。
「だから、ロープは必須だ。俺とガルムで持つ」
ガルムがロープを確認する。
「信号があったら、すぐ引く」
セラフィナが言う。
「信号は、ロープを引く回数で」
「一回が?」
「大丈夫。二回が上がる。三回が緊急」
レイが復唱する。
「一回、大丈夫。二回、上がる。三回、緊急」
「完璧です」
母が不安そうに言う。
「本当に……大丈夫なの?」
レイが頷く。
「練習したから。五分なら、確実に保つ」
セラフィナが補足する。
「時間は五分以内。それ以上は危険です」
レイがノートを開く。
「記号、どこから見る?」
「海側。水没してる部分」
「分かった。形、位置、全部記録する」
午後。レイが測定器を東に向ける。
光る。昨日より強い。
「やっぱり、上がってる」
セラフィナが窓を開ける。耳を澄ます。
低い振動。まだ続いている。
「音、変わらないですね」
ガルムが外を見る。
「街、まだ静かだな」
レイがノートに書く。
十六日目。全部、続いてる。
父が腕を組む。
「明日、潜ろう」
「うん」
夜。七時。
光る。
紫と赤。オレンジに見える。
測定器が激しく点滅する。
セラフィナが呟く。
「マナ、溢れてます」
光は続く。一時間、二時間……。
ガルムが窓辺に立つ。
「……匂い、強くなってる」
「匂い?」
「焦げたような。昨日より、はっきり」
三時間後。光が消える。
静寂。
父が立ち上がる。
「早めに寝よう。明日は、早朝から動く」
部屋。レイとセラフィナ。
レイがベッドに座る。
「セラ」
「はい」
「明日、記号を見たら……何が分かると思う?」
セラフィナが考える。
「塔の仕組み、かもしれません」
「仕組み?」
「はい。どうやってマナを集めてるのか。なぜ、光るのか」
レイが頷く。
「それが分かれば……」
「世界の法則も、見えてくるかもしれません」
レイが微笑む。
「楽しみだ」
セラフィナが頷く。
「私も、です」
外で、また音が聞こえる。
低く、規則的な振動。
「……明日、全部分かる」
「はい。きっと」
早朝。まだ暗い。
リビング。父とガルムが準備している。
「おはよう」
「おはよう。準備、できてるか?」
「うん」
防水服を着る。ロープを体に巻く。浮き袋を縛る。
セラフィナが降りてくる。
「おはようございます」
母がお茶を入れる。
「朝ごはん、食べて」
パンと温かいスープ。
父が時計を見る。
「六時。出発しよう」
東へ向かう。まだ薄暗い。
街を抜ける。誰もいない。
海岸に出る。
ガルムが立ち止まる。
「……潮、引いてる」
岩礁を渡る。足元が濡れている。
塔が見える。青白い石。
近づく。
レイが測定器を取り出す。
光る。激しく。
「マナ、すごい……」
父が塔を見上げる。
「……でかいな」
ガルムが海を見る。石を落とす。
「深さ、三メートルくらい。水、澄んでる」
レイがロープを確認する。
父が頷く。
「気をつけろ」
ガルムがロープを持つ。
「信号、忘れるなよ」
レイが深呼吸する。
魔法陣を描く。空気収集の記号。
光る。
空気が集まる。肺の周りに膜ができる。
「……行ってくる」
海に入る。
冷たい。でも、息はできる。
潜る。
水中。静かだ。
塔の壁が見える。
記号が、刻まれている。
複雑で、美しい。
スケッチを始める。
手が震える。でも、止まらない。
一分。二分。
記号を追う。
パターンが見える。
「……これ、螺旋になってる?」
三分。
もう少し。
四分。
完成。
ロープを二回引く。
上がる。
水面に出る。
息を吐く。
「……できた!」
父が手を伸ばす。
「よく頑張った」
岸に上がる。
ガルムが背中を叩く。
「すごいな」
レイがノートを開く。
濡れている。でも、スケッチは残っている。
「これ……」
父が覗き込む。
「何が分かった?」
レイが記号を指差す。
「ここ、螺旋になってる。それに……この記号、見たことない形だ」
セラフィナが見る。
「……本当ですね」
レイが頷く。
「これ、もしかして……マナの流れを制御してる?」
セラフィナが考える。
「可能性、あります」
レイが興奮する。
「宿に戻って、解読しよう!」
準備は整った。
呼吸魔法の練習。
セラの助言で改良。
五分間、成功。
役割分担。
父、ガルム、セラフィナ。
そして、早朝。
レイは海に潜った。
水中の記号——複雑で、美しい。
螺旋。見たことない形。
「これ、もしかして……マナの流れを制御してる?」
仮説が生まれた。
次は、解読だ。
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第7章 第16話 完
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水底の螺旋という選択は、確かに手応えを残した。
だが同時に、見たこともない形の記号という、まだ触れていない領域が見えてきた。
次にレイは、何を“確かめにいく”のか。
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