【第7章 第13話】 測れる範囲で
自由を奪われることは、思考を奪われることと同義ではない。
窓枠に固定された測定器は、皮肉にもこれまで見落としていた「方向」という重要な仕様を炙り出していく。
東から押し寄せるマナの波紋。その色が変わり始めたとき、レイは世界が決定的な破綻へ向かっていることを確信した。
十一日目の朝。
窓を開けて、測定器v2を手に取る。
「……待てよ」
ふと、思いつく。
「東だけじゃなくて……他の方向も測れるんじゃ?」
セラフィナが顔を上げる。
「他の方向?」
「うん。窓から全方向見えるし」
測定器を東に向ける。
光が灯る。眩しいくらい明るい。
「やっぱり強い」
南に向ける。
暗くなる。
「おお、弱くなった!」
西に向ける。
さらに暗い。
「これ……方向で違う!」
セラフィナが横に来る。
「マナ濃度、方向依存してるんですね」
「そう! 塔から波紋みたいに広がってる」
ノートを開く。ペンを走らせる。
「これ面白い。一時間ごとに測ってみよう」
「時間変化も記録するんですか」
「うん。どう広がるか見たい」
測定器を窓枠に固定する。
「セラ、これ、すごいデータになるよ」
「はい。楽しみです」
数時間後。
ノートにグラフが増えていく。
「南と西、明るくなってる」
定規を当てる。線を引く。
「これ、直線じゃない……曲線だ」
セラフィナが覗き込む。
「加速してるんですね」
「そう! このペースだと……」
簡単に計算する。
「三日後には、西も今の東くらいになる」
「港町全体が……」
「マナだらけになる」
2人で顔を見合わせる。
「まずい」
「はい」
昼。
過去十日分のノートを並べる。
持続時間のグラフ。
右肩上がりの曲線。
「五分から始まって、今は六十分」
パターンの変化も記録してある。
規則的 → 複雑 → 連続。
「不安定化も加速してる」
セラフィナが指でなぞる。
「全部、悪化の一途ですね」
「うん。でも」
ノートを閉じる。
「データは完璧だ。これならギルドも動きやすい」
「記録、続けましょう」
「もちろん」
夕方。
窓から海を見る。
七時ちょうど。
遠くで光る。
測定器も反応。点滅が始まる。
「来た」
セラフィナがストップウォッチを構える。
「記録します」
光のパターンを数える。
『●●●●●●●●●●●●』
「十二回連続……前より増えてる」
持続時間を測る。
「六十五分。一時間超えた」
記録を書き込む。
光が消える。
「明日はもっと長いかも」
八時半。
また光る。
「十四回!」
セラフィナが測定器を見つめる。
「レイ、これ……」
「どうした?」
「マナが揺らいでます」
測定器の光が脈動している。
「波打ってる……」
「呼吸してるみたい」
「そう。塔が……限界に近いです」
記録する。
『持続70分。パターン連続化。マナ揺らぎ顕著。』
「ギルドに報告しよう」
「はい」
翌朝。
ギルドに走る。
「追加です」
ノートを渡す。
担当者が読む。
「……方向別測定?」
「窓からできる範囲で」
ページをめくる。
「時間変化、グラフ化……」
男性が目を見開く。
「すごいな。これだけあれば……」
「どうですか?」
「調査団の到着、早められないか再度掛け合う」
「本当ですか!」
「ああ。ただし」
真剣な顔。
「君たちは絶対に近づくな。測定は窓から。外出も控えろ」
「分かってます」
昼。
家に戻ると、父が待っていた。
「レイ」
「父さん」
「ギルドから聞いた。かなり危ない調査をしてるらしいな」
「外出は控えてる」
「それは聞いた」
父が座る。
「お前の好奇心は分かる。だが、命が一番大事だ」
「……分かってる」
「本当か?」
「本当。だから、窓からしか測ってない」
父が頷く。
「それならいい。もし何かあったら、すぐに言え。俺が一緒に行く」
「約束」
「約束だ」
夕方。
測定を続ける。
セラフィナが口を開く。
「レイ」
「なに?」
「もし、調査団が来たら」
「うん」
「私も、一緒に行きたいです」
振り向く。
「え?」
「塔のこと、私も知りたい」
セラフィナが立ち上がる。
「体も、回復してきました」
「本当に大丈夫?」
「はい」
微笑む。
「レイだけに、危ないことさせません」
「……分かった。一緒に行こう」
「ありがとうございます」
十三日目の朝。
測定器を東に向ける。
「……あれ?」
光が揺らいでいる。
明るくなったり、暗くなったり。
「これ、前はなかった」
セラフィナが見る。
「マナが不安定です。波が大きい」
南に向ける。
南も揺らいでいる。
「南も!」
西も同じ。
「全方向で揺らぎが始まってる」
急いで記録。
『十三日目朝。全方向でマナ揺らぎ。振幅大。』
「これ、やばい」
「はい。すぐに報告を」
支度をする。
ギルドに走る。
「緊急です!」
ノートを開く。
「マナが全方向で揺らぎ始めました」
担当者が記録を見る。
「……これは」
「今朝からです」
「分かった。すぐに上に報告する」
立ち上がる。
「君たちは宿にいろ。絶対に外出するな」
「はい」
部屋を出る。
夕方。
ノックの音。
「入って」
ドアが開く。
「レイ」
「ガルム!」
久しぶりの姿。
「ギルドから聞いた」
「約束は守ってるよ」
「それは聞いた。ただ、念のためだ」
荷物を置く。
「俺が、ここに泊まる。父さんからの指示だ」
「そっか」
「何かあったら、すぐに逃げられるようにな」
セラフィナも頷く。
「お願いします」
夜。
三人で窓辺に立つ。
七時。
光る。
「……あれが塔か」
ガルムが呟く。
「すごい光だな」
測定器が反応。
『●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●』
「二十回……」
持続時間。
八十五分。
ガルムが腕を組む。
「これは確かに、危ないな」
「でしょ?」
「ああ。近づかなくて正解だ」
光が消える。
深夜。
ノートに最後の記録を書き込む。
『十三日目夜。持続85分。パターン連続化継続。全方向マナ揺らぎ。』
ペンを置く。
「データは揃った」
セラフィナが隣にいる。
「はい」
「調査団が来たら、私も行きます」
「……本当に大丈夫?」
「はい。レイと一緒に、塔を見に行きたいです」
ガルムが声をかける。
「俺もいるからな」
「ありがとう」
窓の外。
遠くで、また光る。
測定器が、これまでと違う反応を示す。
「……これ」
光の色が、わずかに変わっている。
青白いはずが、紫がかっている。
「何かが、変わった」
セラフィナが測定器を見つめる。
「明日、何が起きるか……」
「分からない。でも」
ノートを閉じる。
「記録は続ける」
2人が頷く。
遠くの塔が、また光る。
今度は、明らかに長い。
「……もうすぐだ」
「はい」
「答えが、見つかる」
制約の中で見つけた、新しい測定方法。
方向別データ、時間変化、マナの揺らぎ——
すべてを記録に残す。
そして、父の配慮でガルムが到着。
回復したセラフィナは、
共に塔へ行くことを決意する。
「明日、何が起きるか分からない」
だが、2人は諦めない。
測定器が示す異変。
光の色が変わった。
答えは、もうすぐそこだ。
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第7章 第13話 完
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蓄積されたグラフは、もはや静観を許さないほどの加速を示していた。
父の懸念、ガルムの加勢、そして立ち上がったセラフィナ。揃いつつある「手札」が、レイを窓の内側から、爆ぜる寸前の深淵へと押し戻そうとする。
次にレイは、変色した塔の鼓動をどう読み解き、どの「一手」を投じるのか。
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