【第7章 第11話】 報告の壁
子供の言葉には重みがない。それはこの世界の、ある種の「仕様」だ。
正論だけでは大人は動かない。ならば、彼らが無視できないほどの「確定した証拠」を突きつけるしかない。
禁じられた海底への潜水。しかしレイの思考は、すでに水面の上から深淵を覗き込む方法を探し始めていた。
朝。宿を出る。
測定器を取り出す。起動。
「……あ」
手元の光が、昨日より明るい。
「セラフィナ、見て」
「……本当ですね」
「一晩で、こんなに変わるんだ」
面白い。でも、同時に不安も。
「早く報告しないと」
歩き出す。
ギルドまでの道。測定器を持ったまま。
街の中を通る。光が少し暗くなる。
「あれ?」
「どうしました?」
「さっきより、暗い」
「場所によって違うんですね」
「うん。港に近づくと、また明るくなるかも」
試しに、東に向けてみる。
光が強くなる。
「やっぱり!」
「東からの影響、ですか」
「たぶん」
これも、報告に入れよう。
ギルドに着く。石造りの建物。
「……緊張する」
「私もです」
でも、やるしかない。
扉を開ける。
広いホール。冒険者たちが行き交っている。
受付に向かう。
「あの、報告したいことが」
受付の女性が振り返る。
「報告? 依頼の完了ですか?」
「いえ。異常の報告です」
「異常……?」
「港町の東、海中に古代遺跡があります。マナが異常に濃くて」
女性が手を止める。
「少々お待ちください」
奥に向かう。
数分後。女性が戻ってくる。
「担当者が対応します。こちらへ」
部屋に案内される。
中年の男性が座っている。
「失礼します」
「座りなさい」
椅子に座る。
「それで? 異常の報告とは」
報告書を渡す。
男性が読む。
「……古代遺跡? 海中に?」
「はい。測定器で確認しました」
測定器を取り出す。
「これです」
男性が見る。
「……君が作ったのか」
「はい」
「動かしてみろ」
起動する。光が灯る。
「……本当に動くな」
男性が少し驚いた顔をする。
「九歳で、これを?」
「はい」
「……ふむ」
男性が報告書を置く。
「だが、君たちは子供だ」
「……はい」
「子供が海に潜って、遺跡を見つけた」
「はい」
「信じろと?」
「本当です」
セラフィナが口を開く。
「私も見ました。遺跡は確かにあります」
「……そうか」
男性が腕を組む。
「だが、証拠が不十分だ」
「証拠……」
「そうだ。測定器は君が作ったもの。刻印の写しも、これだけ」
紙を見せる。渦のような記号。
「これでは、調査団は動かせない」
「漁師たちの証言は?」
セラフィナが提案する。
「漁師?」
「はい。海が光るのを、彼らも見ています」
男性が考える。
「……それは使えるかもしれない」
「それと、光の記録も」
「記録?」
「時刻、持続時間、色」
「……分かった。それを集めてくれ」
男性がノートを取り出す。
「一ヶ月後、中央から調査団が来る。それまでに証拠をまとめろ」
「分かりました」
部屋を出る。
「まずは、漁師たちに」
「はい」
港に向かう。
漁師たちが作業している。
「あの」
漁師が振り返る。
「おお、坊主か。また来たのか。懲りないな」
「海が光ったこと、いつ見ましたか?」
「光? ああ、昨夜も見たぞ。今度は長かった。不気味だ」
「何時頃ですか?」
「十時過ぎだ。十分は光ってたかな」
ノートに書く。
何人かに聞く。
「三日前に見た」「一週間前も」「点滅してた」
ノートがいっぱいになる。
「……これで十人」
「十分だと思います」
宿に戻る。
部屋でノートを広げる。
「えっと……」
データを見る。
「一週間前は五分。三日前は十分。昨夜は十分以上」
「……増えてます」
セラフィナが気づく。
「長くなってる」
「そうか。塔の活動が活発に……」
「悪化してるんです」
黙る。
「今夜も、観察しよう」
「はい」
窓から海を見る。
八時。まだ光らない。
九時。
「……あ」
遠くで、青白い光。
測定器を起動。反応している。
「昨日より、明るい」
「強くなってます」
九時五分。光が消える。
ノートに記録。
十時。また光る。
光が続く。
十時十五分。まだ光っている。
「長い……」
光が消える。
「十五分か」
十一時。また光る。
「三回目……」
十一時二十分。光が消える。
「二十分」
ノートを見る。
「持続時間が、どんどん長くなってる」
「頻度も増えてます」
「これ、やばいんじゃない?」
「……やばいです」
セラフィナが頷く。
「明日、持っていきましょう」
翌朝。ギルドに向かう。
「追加の証拠を持ってきました」
受付を通る。
担当者の部屋。
「また来たのか」
「はい。証拠を集めました」
ノートを渡す。
男性が読む。
「……漁師の証言、十人以上」
ページをめくる。
「光の記録も。持続時間が増えてる?」
「はい。一晩で三回も光りました」
男性が考え込む。
「……分かった。これなら、上に報告できる」
「本当ですか?」
「ああ。ただし、調査するかどうかは上の判断だ」
「……はい」
「それと」
男性が真剣な顔になる。
「もう、海に潜るな」
「え?」
「危険だ。子供が潜るには危険すぎる」
「でも……」
「これ以上の調査は、冒険者に任せろ。君たちの仕事は、ここまでだ」
部屋を出る。
「……よかった、のかな」
「報告は受け付けてもらえました」
「でも、もう潜るなって」
「……安全のためです」
外に出る。
港を抜ける。岩礁に向かう。
「レイ……」
「大丈夫。潜らないよ」
岩に座る。海を見る。
「……あそこに、遺跡がある」
東を見る。
測定器を取り出す。起動。
手元で、光が灯る。
「……やっぱり、明るい」
「はい」
「潜らずに調べる方法……」
「方法?」
「測定器、ここから東に向けてるよね」
「はい」
「届いてるかな。塔まで」
「……届かないと思います」
「じゃあ、増幅の記号を追加したら?」
セラフィナが考える。
「もしかしたら……」
「試してみたい」
「でも、レイ」
「潜らないよ。ただ、測定器を改良するだけ」
「……それなら」
セラフィナが微笑む。
「一緒に考えましょう」
部屋に戻る。
ノートを開く。次のページ。
「遠距離測定用、改良案」
魔法陣を描き始める。
「まず、増幅を追加して……」
「制御も必要です」
「そうだね。配置は……」
2人で考える。
「こうかな」
「いえ、こっちの方が」
「あ、そうか」
設計図が出来上がる。
「明日、作ってみよう」
「はい」
窓から海を見る。
また光る。青白い光。
九時三十分まで続く。
「……三十分以上」
記録する。
「どんどん長くなってる」
「はい」
「ギルドが動くまで、待つしかない」
「でも……」
「でも?」
「待ってる間も、できることはある」
ノートを見る。
「測定器の改良。データの記録」
「そうですね」
セラフィナが頷く。
「やれることを、やりましょう」
「うん」
三日が過ぎる。
海は、毎晩光り続ける。
持続時間は、さらに長くなる。
四十分、五十分……。
改良した測定器が完成する。
「よし。試してみよう」
窓から、東に向ける。
起動。
光が灯る。
「……おお」
「反応してます」
「届いてる!」
遠くで、海が光る。
測定器の光が、連動するように明滅する。
「共振してる……」
「塔からの信号、ですか?」
「たぶん」
ノートに記録。
「パターンがある。規則的だ」
「……何かを送ってる?」
「もしかしたら」
2人で、データを見る。
「これ、もしかして……」
そして、レイは気づいた。
光のパターンに、法則があることに。
報告は受け付けられたが、「もう潜るな」と
告げられたレイ。
しかし、諦めずに「潜らずに調べる方法」を
模索する——
測定器を改良し、遠距離観測に成功。
そして、光のパターンに隠された法則に気づく。
-----
第7章 第11話 完
-----
ギルドに線を引かれ、物理的な手足を奪われても、観測の瞳までは閉じられない。
改良された測定器が捉えたのは、単なるマナの揺らぎではなく、意思を持ったかのような「規則的な鼓動」だった。
次にレイは、この光が綴る「意味」をどう解読しにいくのか。
よろしければ、
ブックマークで続きを追っていただけると嬉しいです。




