【第2講:セラ先生の世界講座】管理者基準と人間基準は別物です
レイ
「先生、魔法陣の色が見えないのって、やっぱり不便ですよ」
セラ
「そう? 見る方法が変わっただけだよ」
レイ
「いや、前は一瞬でわかったことが、今は試行錯誤しないとわからない。これって、明らかに性能が落ちてません?」
セラ
「それは、人間として正しい手順を踏んでるってこと。みんなそうして生きてるんだから、困ってないでしょ」
パチ、パチ、パチ。
「……また?」
気がつくと、また講座空間にいた。
さっきまで宿の部屋で、測定器の改良版を試していたはずなのに。
「では、第2講を始めます」
セラが教壇に立っている
ちびキャラのまま、指示棒を持って。
「え、まだ続くの!? ていうかここ控室とかじゃないよね!?」
「拍手」
「……はい」
俺は諦めてパチパチと手を叩く。
セラが満足そうに頷く。
目がまたしいたけになっている。
セラがチョークを取り、黒板に大きく文字を書く。
【魔法陣の色が見えない】
「……」
俺は黙って見つめる。
確かに、7章で測定器を作った時、色が見えなくて戸惑った。
前は見えていたのに。
「いや、これ普通にそうでしょ?」
俺は手を挙げる。
「前は魔法陣の色とか、マナの流れとか、全部見えてたのに。今は見えないし、感触も分からない」
「そうですね」
セラが頷く。
「では質問です」
セラが俺を見る。
「見えていたものは、本当にそこにあったのでしょうか?」
「……は?」
セラが指示棒で黒板を叩く。
ピシッ。
「見えなくなったのではありません」
「最初から見えていなかったのです」
「ちょっと待て、それ衝撃の事実じゃない!?」
「質問は後で」
指示棒がもう一度、黒板を叩く。
「……またこのパターン」
俺は小さく呟く。
セラが黒板に簡単な図を描く。
左側に「管理者の目」、右側に「人間の目」。
「管理者モードの君は、世界のデータを直接見ていました」
セラが左側の図を指す。
「魔法陣の色、マナの流れ、エネルギーの密度。それらは世界の内部情報です」
セラが「管理者の目」の図に、ゴーグルマークを描き足す。
「VRゴーグルじゃん!」
「視覚的補助です」
真顔。
「第1講のドクロマークといい、後付け好きだな!」
「……」
セラがじーっと俺を見る。
「……すみません」
「でも、人間の目には、それは見えません」
セラが右側の図を指す。
「人間が見ているのは、結果だけです」
「ちょっと待って」
俺は手を挙げる。
「じゃあ、前に見えてたのは全部……」
「拡張現実(AR)のようなものです」
セラが即答する。
「AR……ポケモンGO的な?」
「比喩としては近いですね」
セラが黒板に追記する。
【管理者モード = デバッグ画面が常時表示】
「……それ、ゲームの開発者モードじゃん」
「その通りです」
セラが頷く。
「君の視界に、世界のプログラムが情報を重ねて表示していた」
「俺の人生、拡張現実だったのかよ……」
「前回教えた管理者視点は、まさにそういうことです」
セラが指示棒を振る。
「そして今の君は、そのデバッグ表示を失った」
「だから見えない……」
「いいえ」
セラが俺の言葉を遮る。
「見えないのではありません。人間の方法で見る必要があるのです」
「でもさ」
俺は反論する。
「じゃあ今の僕って、弱体化してない? 色も見えないし、マナの感触も分からないし」
「測定器だって、前なら一瞬で設計できたのに、今は試行錯誤しなきゃいけない」
「それって、結局できることが減ってるってことじゃ……」
セラがじーっと俺を見る。
「……怖っ」
「いいえ」
セラが指示棒で黒板を叩く。
「あなたはできなくなったのではありません」
「まだ学んでいないだけです」
セラが黒板に新しい文字を書く。
【人間の感覚で世界を観測する方法】
「管理者モードでは、情報が見えるだけでした」
「でも人間は、感じることで世界を理解します」
セラが俺を見る。
「例えば、7章の、あの港の岩場で測定器を初めて使った時」
「……うん」
「君は何度も失敗しましたね」
「……うん」
「その失敗で、君は何を学びましたか?」
「……魔法陣の配置が、ちょっとでもズレると反応が変わること」
「そうです」
セラが微笑む。
「それが、人間の学習です」
セラが黒板に追記する。
【管理者モード:情報が見える】
【人間モード:経験から分かる】
「あの時、君は測定器の光を見て、マナの揺らぎに気づきました」
「……うん」
「あれは、管理者モードではデータの数値変動として見えていたでしょう」
「多分」
「でも今回、君は光の明滅として観測し、揺らいでいると理解した」
セラが俺を見る。
「それが、人間の観測です」
「……」
「数値ではなく、現象として捉える」
「データではなく、体験として理解する」
セラが指示棒を振る。
「君ができなくなったことは、何一つありません」
「ただ、やり方が変わっただけです」
セラが黒板の中央に、大きく一文を書く。
【見えないのではない。
見る方法が変わっただけ】
「……」
俺はその文字を見つめる。
確かに、測定器の明滅を見て「揺らいでいる」と判断したのは、俺の経験だった。
前みたいに「数値が変動している」と見えたわけじゃない。
「でも」
俺は手を挙げる。
「それって、時間がかかるってことでしょ? 前なら一瞬で分かったことが、今は試さないと分からない」
「それって、効率悪くない?」
セラが頷く。
「効率ではなく、定着率です」
「……ぐぬぬ」
「前の君は、本当に理解していたのでしょうか?」
セラが俺を見る。
「……」
「データが見えるだけで、なぜそうなるのかを体験していなかった」
セラが黒板に追記する。
「例えるなら」
「攻略動画を見て全クリした気になってたけど、実際にコントローラーを握ったことはなかった」
「……それ、めっちゃ刺さるんだけど」
セラが指示棒で黒板を叩く。
「今の君は、一つ一つの試行で、世界の仕組みを体で覚えています」
「それは時間がかかる。でも、一度理解したことは、二度と忘れません」
「そして」
セラが微笑む。
「一度体で覚えたことは、応用が効きます」
「応用?」
「測定器で学んだ配置感覚は、他の魔法陣でも使えるようになります」
「……それ、めっちゃ便利じゃん」
「管理者モードでは、この応用力は身につきません」
セラが俺を見る。
「それが、人間の強さです」
「では復唱」
セラが指示棒を振る。
「……見えないのではない。見る方法が変わっただけ」
俺は渋々、黒板の文字を読み上げる。
「よろしい」
セラが満足そうに頷く。
「分かりましたか?」
「えっと……」
セラがじーっと俺を見る。
「分かりました!」
「では、拍手をお願いします」
「……はい」
パチパチ。
「本日の講座はこれで終了です。お疲れ様でした」
セラが微笑む。
目がしいたけになっている。
……
気がつくと、また宿の部屋に戻っていた。
測定器は机の上。
時間は一秒も経っていない。
「……」
俺は測定器を手に取る。
見る方法が変わっただけ、か。
確かに、今の俺は「光の明滅」を見て、「揺らぎ」を理解した。
前みたいに「数値」として見えたわけじゃない。
でも、だからこそ——
「……分かった気がする」
俺は小さく呟く。
次に測定器を使う時、きっともっと色々なことが分かる。
一度体で覚えたことは、忘れない。
いや、測定器だけじゃない。
魔法陣全部に応用できるかもしれない。
「……やってみるか」
俺はノートを開く。
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【第2講・終】
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次回予告(?)
セラ「次回は、代償の正体について解説します」
レイ「代償? あの、魔法を使う時の……」
セラ「はい。あれは罰ではありません」
レイ「……え?」
セラ「世界のプログラムが要求する、アクセス料金です」
レイ「アクセス料金……?」
セラ「そして今の君は、その料金を払わずに済む方法を学んでいます」
レイ「……それ、めっちゃ聞きたいんだけど」
セラ「では、次回もお楽しみに」
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レイ
「……先生、効率が悪くても『体で覚える』のが強みだって言いましたけど。それって、管理者から見ればただの遠回りじゃないんですか?」
セラ
「そうかもね」
レイ
「そうかもって……もっと危機感持ってくださいよ」
セラ
「長く仕様に触れてるとさ。どこまでが便利で、どこからが不自由だったか、境界線が分からなくなるんだよ」
レイ
「……」
(キーンコーンカーンコーン……)
セラ
「気になるなら、あとで見返せばいいよ」
レイ
「……はい」




