【第1講:セラ先生の世界講座】レイが成長してるのに、 基礎に戻って見える理由
レイ
「先生、さっきから拍手しろとか、講座を始めるとか……ここ、どこなんですか?」
セラ
「見ての通り、教室だよ。本編が進むと、どうしても情報の解像度が追いつかなくなるから。今のうちに、少しだけ『仕様』に慣れておいてもらおうと思って」
レイ
「仕様って。俺、さっきまで宿の部屋で測定器の相談をしてたはずですけど」
セラ
「うん。大丈夫。時間は一秒も経ってないから、誰も困らないよ」
パン、パン、パン
「……え?」
乾いた拍手の音で目が覚める。
いや、寝ていたわけじゃない。
さっきまで宿の部屋でノートを開いて、測定器の改良案を考えていたはずだ。
なのに今、俺の目の前には黒板がある。
教室?
「よくいらっしゃいました」
声がした方を見ると、ちびキャラ化したセラフィナが、教壇の上で微笑んでいる。
いや、微笑んでいるように見えるだけで、目が笑っていない。
ぷにぷにの手に、何故か木の指示棒を握っている。
「……セラ?」
「今日から、こちらで定期講座を開くことにしました」
淡々と、そして有無を言わさぬ口調で告げられる。
「いや、聞いてないんだけど」
「通知は済んでいます」
「どこに?」
「概念的に」
概念的って何だよ…
俺が抗議しようとした瞬間、セラが指示棒で黒板を一度、ピシッ、と叩いた。
ぷにぷにの見た目に反して、音は鋭い。
なぜか背筋が凍る。
「……座ります」
「はい」
満足そうに頷くセラ。
目がしいたけみたいに点になっている。
俺は諦めて、目の前の椅子に腰を下ろした。
ちびキャラ化しているせいで、椅子が妙に大きい。
セラがチョークを取り、黒板に文字を書き始める。
筆跡は几帳面で、一画一画が正確だ。
【なぜ君は『弱くなった』ように見えるのか】
「……書き方ひどくない?」
俺は思わず声を上げた。
「オレが悪い前提じゃん、それ。俺、エゴサとかしてないけど、なんか耳が痛いんだけど!」
セラは振り返り、首を傾げる。
「そうですか?」
セラは黒板の隅に、簡単な図を描き始めた。
上に大きな円。
下に小さな円。
上の円には「管理者視点」、下の円には「人間視点」と書かれている。
「5章以前の君は、こちら側でした」
セラが上の円を指す。
「管理者側の基準で、世界を上から見ていました。魔法の構造も、世界の仕組みも、最適解が自動的に見えていた」
「うん……まあ、そうだな」
確かに、あの頃は迷いがなかった。
やるべきことが、見えていた。
セラが指示棒をピシッと振る。
そして、上の円の横に、ドクロマークを描き足した。
「ちょっ、後から描き足すな!」
「視覚的補助です」
真顔で答えるセラ。
「ですが」
セラが指示棒で管理者視点の円を叩く。
「そのまま続けていたら、君の脳は人間として焼き切れて、世界のプログラム——世界OSの一部になっていたかもしれませんよ」
「……は?」
背筋が凍る。
「ちょっと待て!」
「今は大丈夫です」
即答。
「今は?」
「今は」
セラがそこで言葉を切る。
不安を残したまま、次の説明へ移行する気だ。
「……怖いんだけど」
「管理者モードは、人間の脳が長期間運用するようには設計されていません。君は降りることで、生き残ったのです」
セラが下の円を指す。
「そして今の君は、こちら側です」
「人間基準。内部から世界を見ている」
「見える情報量が違います。判断コストが跳ね上がっています」
セラが黒板に、また文字を追加する。
「例えるなら」
セラが俺を見る。
「全マップ解放済みの無敵チート状態で遊んでいたゲームを、今日から初期装備・一死即消去のアイアンマンモードでプレイし始めたようなものです」
「……あ、もちろん攻略サイト——つまり私の助言も、閲覧制限付きですよ?」
「難易度跳ね上がりすぎだろ! 初見殺しで死ぬわ!」
「でも、生きていますよ」
セラが淡々と答える。
「それが答えです」
「……」
俺が何か言おうとした瞬間、セラが指示棒を軽く振る。
「質問は後で」
冷たい笑顔。
「……怖っ」
「できないのではありません」
セラが俺の言葉を遮る。
「違う見え方をしているだけです」
黒板に、大きく文字が書かれる。
【神視点 → 主観視点】
「空撮から徒歩に変わった」
「見える景色が変わる。当然、感じ方も変わる」
「それを弱くなったと誤解する人がいるだけです」
セラは淡々と続ける。
「君は何も失っていません。ただ、降りてきただけです」
「降りてきたって……登山じゃないんだから」
「比喩です」
「比喩にしても高すぎだろ、元いた場所!」
「でも」
俺は手を挙げた。
「二層円に感動したのは、確かに変じゃなかった? あんなの、前も知ってたはずなのに」
セラが頷く。
「良い質問です」
指示棒が黒板を叩く。
【知っている ≠ 分かっている】
「君は確かに、二層円を知っていました。管理者として、構造も原理も理解していた」
「うん」
「でも、体験はしていませんでした」
「……」
「例えるなら」
セラが黒板に簡単な絵を描く。
「攻略wikiで全ボスの情報を読んでいたけど、実際に戦ったことはなかった」
「今回、君は初めて人間として二層円を理解しました。手を動かし、失敗し、改良し、成功した」
セラが俺を見る。
「それは感動に値します。何も恥じることではありません」
「……そっか」
なんだか、少しだけ胸が軽くなった気がする。
「でも、それって結局オレが不便になっただけじゃ……」
「その不便が、君を人間にしているのです」
即答。
「……ぐぬぬ」
セラがチョークを置き、黒板の中央に大きく一文を書く。
【レイは戻っていない。降りてきただけです】
「……それ、ちょっとかっこよくない?」
俺は思わず言った。
セラが無表情で答える。
「事実です」
「いや、分かるけど」
「ああ、それと」
セラが指示棒を振る。
「クリアした時の達成感は、管理者モードの比ではありません」
「……それは、まあ」
「君は今、本当のゲームを始めたのです」
セラが微笑む。
「では、拍手をお願いします」
「え?」
「拍手です」
静かな圧。
俺は渋々、パチパチと手を叩いた。
「……はい、満足しました」
セラが微笑む。
目がまたしいたけになっている。
「本日の講座はこれで終了です。お疲れ様でした」
……
気がつくと、また宿の部屋に戻っていた。
ノートは開いたまま。
時間は一秒も経っていない。
「……何だったんだ、今の」
呟きながら、俺はノートに視線を戻す。
なぜか、さっきより測定器の改良案が、少しだけクリアに見える気がした。
さっきまで「これで合ってるのか?」と不安だった配置も、今は「これでいいんだ」と思える。
降りてきた、か。
悪くない。
いや、もしかして——
これからの方が、面白いのかもしれない。
俺はノートを見つめ、小さく呟いた。
「……今なら、もっといいのが作れそうだ」
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【第1講・終】
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次回予告(?)
セラ「次回は、管理者基準と人間基準は別物ですについて解説します」
レイ「それ、今回と何が違うの?」
セラ「全く違います。具体的に、何が見え方として変わったのか、詳しく説明しますよ」
レイ「……はい」
セラ「例えば、魔法陣の色。マナの感触。世界の質感。すべて変わっています」
レイ「……それ、聞きたいかも」
セラ「ああ、それと」
レイ「ん?」
セラ「君が7章で『あれ?』と思った瞬間、実は世界の見え方が変わっていた証拠なんですよ」
レイ「……あのシーンか!」
セラ「では、次回もお楽しみに」
…
レイ
「……先生、さっき『降りてきた』って言いましたよね。それって、もう元の場所(管理者側)には戻れないってことですか?」
セラ
「どうだろうね。でも、一度地面を歩く楽しさを知ると、空からの景色は、ただの記号に見えてしまうものだよ」
レイ
「……それ、怖くないですか?」
セラ
「そう?私は、今の君の方が『人間らしくて』観察しがいがあるけど」
レイ
「……」
(キーンコーンカーンコーン……)
セラ
「気になるなら、あとで見返せばいいよ」
レイ
「……はい」




