【第7章 第3話】 聞こえる声
この世界の魔法は、思った以上に素直だ。
だからこそレイは、数字の裏側に潜む「人の実感」を確かめたくなった。
──それが、データだけでは読み解けない世界の悲鳴を知る一歩になるとも知らずに。
港の朝
潮風が冷たい。
レイは港の端に立って、漁師たちを見ていた。
今日は話を聞く。数字だけじゃ分からないことがある。
「レイ!」
声がした。グレンだ。
「よ。また来たのか」
「うん。今日は港の人たちに話を聞きたくて」
「話?」
「魚が減ってること。どう思ってるのか、とか」
「お前、真面目だな」
グレンが笑う。
「でも、いきなり聞いても答えてくれないぞ。俺が紹介してやろうか?」
「本当?」
「ああ。ただし、礼儀正しくな」
「分かった。ありがとう、グレン」
「じゃあ、ついてこい」
最初の証言
グレンが一人の漁師に声をかける。
「おっちゃん、ちょっといいか?」
「お、グレンか。どうした?」
「友達が港のこと調べてるんだ。話、聞いてやってくれない?」
漁師がレイを見る。
「坊主か。何が知りたいんだ?」
「魚が減ってること、聞きたいです」
「ああ、減ってるよ。ここ一年で、明らかに」
漁師が網を置く。
「昔はな、この辺で投網すれば、すぐ満杯だった。でも今は、半分も取れない」
「半分?」
「ああ。それも、小さいのばかり。大物は全然だ」
『昨年秋から減少』とメモする。
「いつ頃からですか?」
「去年の秋くらいからかな。最初は、時期が悪いだけだと思ってた」
「でも、ずっと続いてる」
「そうだ。もう諦めてる奴もいる」
漁師が海を見る。
「原因は、分からないのか?」
「分からん。海が荒れてるわけでもないし、天候も普通だ。ただ、魚がいない」
『原因不明』『大物消失』
「ありがとうございます」
「まあ、頑張れよ、坊主」
漁師が去る。
グレンが笑う。
「どうだ? 何か分かったか?」
「うん。少しずつ」とレイは笑う。
「もっと聞いてもいい?」
「ああ、任せとけ」
二人目の証言
次の漁師。もっと若い。
「魚? ああ、マジで減ってる」
「いつ頃からですか?」
「俺が気づいたのは、半年前くらい」
若い漁師が煙草を吸う。
「船着き場の方が、ひどいんだよな」
レイがノートを握りしめる。
「船着き場?」
「ああ。あそこ、マジで魚いない。網入れても、ほぼ空」
船着き場――ダンジョンに一番近い場所。
「やっぱり!」
「え?」
「あ、いえ。他の人も言ってますか?」
「言ってる。だから、最近は船着き場避けてる奴多い」
『船着き場で特に顕著』とメモする。
セラフィナの仮説、当たってる。
「ありがとうございます」
「どうだ?」
グレンが聞く。
「うん。分かってきた」
レイが笑う。
「データと、全部一致してる」
「そうか。じゃあ、もう帰るか?」
「うん。ありがとう、グレン」
「礼はいいよ。俺も、原因知りたいし」
グレンが肩を叩く。
「またな」
「うん。また」
報告
「ただいま」
「おかえり、レイ。セラフィナは部屋にいるわよ」
階段を駆け上がる。
客間の前。ノックする。
「セラフィナ、俺」
「どうぞ」
ドアを開ける。セラフィナが椅子に座ってる。
「おかえりなさい」
「ただいま。聞いてきたよ」
鞄からノートを取り出す。
「二人に話を聞いた。全員、同じこと言ってた」
ノートを開いて見せる。
『去年秋から減少』
『大物消失』
『船着き場で特に顕著』
セラフィナが目を細める。
「……完全に一致してますね」
「うん。データと、全部合ってる」
レイが椅子に座る。
「でも、なんでまだ影響が出てるんだろう。ダンジョン、もう封印したのに」
「封印しても、完全に止まったわけじゃないかもしれません」
セラフィナが考える。
「封印したのは入口だけ。中は、まだ生きてる?」
「可能性があります」
セラフィナが立ち上がる。
「もしくは、放出されたマナが、まだ残ってるとか」
「残留してる?」
「はい。マナは、すぐには消えません」
「なるほど」
レイが頷く。
「じゃあ、まだしばらく続くかもしれない」
「そうですね。でも、減っていくはずです。時間をかければ」
「観測を続けよう」
「はい」
整理と新しい疑問
「つまり」
レイがペンを走らせる。
「マナ濃度上昇と漁獲量減少は、完全に連動してる」
「はい。因果関係がある可能性が高いです」
「でも、どうやってマナが魚を減らしてるんだろう」
セラフィナがノートに図を描き始める。
「こう、かも?」
ダンジョン → マナ放出 → 水質変化 → 餌減少 → 魚減少
「あ、そうか!」
レイが身を乗り出す。
「生態系全体に影響してるんだ」
「はい。魚の餌とか、水質とか」
「マナが増えて、水が変わって、餌が減って、魚も減る」
「そういう連鎖があるかもしれません」
「これなら、説明がつく」
レイが図を見る。
「でも、確かめるには?」
「餌を調べないといけません。プランクトンとか」
セラフィナが笑う。
「でも、それは私たちだけじゃ難しいかも」
「そうだよね」
レイも笑う。
「じゃあ、とりあえずマナ濃度の観測を続けよう」
「はい」
ノートを閉じる。
「レイ」
セラフィナが言う。
「今日、港で話を聞いてくれて、ありがとうございます」
「何で?」
「私、体力ないから、一緒に行けなかったので」
「そんなことない」
レイが首を振る。
「セラフィナがいなかったら、何を聞けばいいか分からなかった」
「でも――」
「それに、今、一緒に考えてるじゃん」
レイが笑う。
「俺、一人じゃこんなに分からなかったよ」
「……ありがとうございます」
セラフィナも笑う。
「じゃあ、次も一緒に」
「うん、絶対」
二人が顔を見合わせる。
笑う。
夜
夕食が終わる。
レイは自分の部屋に戻る。
ノートを開く。今日の証言。
データと、人の声と。
全部、一致してた。
窓を開ける。夜風が涼しい。
港の方を見る。
暗い。静か。
でも、そこで何かが起きてる。
ノックの音。
「はい」
ドアが開く。セラフィナだ。
「お休み前に、少しいいですか?」
「うん、どうぞ」
セラフィナが入ってくる。
「今日は、お疲れ様でした」
「ううん、楽しかったよ」
レイが笑う。
「みんな、ちゃんと話してくれて」
「レイが、ちゃんと聞いたからです」
「セラフィナも、ちゃんと考えてくれたから」
二人が笑う。
「明日、一緒にデータ整理しよう。何か気づくかもしれない」
「はい。楽しみです」
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
ドアが閉まる。
レイは窓を閉めて、ベッドに入る。
今日も、いい日だった。
証言が集まって。仮説が強くなって。
明日は、整理。
そして、三日後、また測定。
少しずつ、答えに近づいてる。
楽しみだ。
数字と証言が重なり合い、
仮説が確信へと変わっていく。
だが同時に、新たな疑問も浮かぶ――
「なぜ、まだ続いているのか?」
レイとセラフィナは、
それぞれの役割を果たしながら、
少しずつ真相に近づいていく。
次は、データの整理。
明日、二人で何かを見つけるかもしれない。
-----
第7章 第3話 完
-----
積み上げられた証言は、冷徹な観測データと見事なまでに一致していた。
だが同時に、止まったはずの「元凶」が今も脈動しているという、新たな疑問が首をもたげる。
次にレイは、この仮説を形にするための“実験”を試みにいく。
よろしければ、
ブックマークで続きを追いただけると嬉しいです。




