7章サブ話①:港町ザッピング「海神の怒り」
港町では、海に起きた異変を誰もが口にしていた。
だが、ギルドに持ち込まれた正確すぎる数値の扱いに、大人はただ困惑している。
それは町の噂とは、全く別の手触りを持った記録だった。
【港町・漁師の声】
朝、網を引き上げた。
空だった。
「……おかしい」
隣の船も、その隣も、全部空だ。
誰かが呟く。
「海神が、怒ってるんだ」
「満月の晩に網を洗わなかったからだ」
「いや、違う。供物が足りなかったんだ」
「誰が悪い?」
「俺じゃない」
「俺でもない」
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【港町・商人の囁き】
荷揚げ場で、男が首を振る。
「この時期にこの量はねえよ」
「去年の半分だぞ、半分」
別の男が吐き捨てる。
「東の沖、もう近づけねえ」
「どこから仕入れる?」
「北か? 西か?」
「どっちも高いぞ」
「……終わりだ」
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【港町・市場の噂】
「海が、温かいんだってさ」
「この時期にか?」
「ああ。気持ち悪いって」
「ダンジョン封印したのに、まだ何か出てんじゃねえのか」
「魔物の卵が孵ってんだよ、きっと」
「海の底で」
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【港町・ギルド支部】
受付の女が、眉をひそめる。
カウンターの向こうに、子供が立っている。
九歳くらい。
手には、何か光る石?
「……それ、何?」
「マナの測定器です」
子供は真顔で言う。
「東の沖のマナ濃度が、基準値の 【1.28倍】 です」
「……は?」
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【ギルド支部・内部】
職員が、ノートを見る。
三冊。
びっしり数字。
時刻、場所、数値。
「これ……全部、この子が?」
「九歳で、これを?」
隣の職員が小声で言う。
「でも、データは……正確だ」
「どう報告すればいい?」
「上司に笑われる」
「子供の証言だぞ、これ」
「でも、嘘には見えない」
「……困った」
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【港町・夜の酒場】
漁師が、杯を傾ける。
「もう終わりかもな」
「海が、死んだんだ」
「神罰だよ、神罰」
「でも、俺たちが何したって言うんだ?」
「分かんねえよ」
「分かんねえけど、何かしたんだ」
「きっと」
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【港町・宿の窓】
遠くで、青白い光が瞬く。
東の沖。
一瞬だけ。
「……また光った」
誰も、理由を知らない。
誰も、止め方を知らない。
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【港町・翌朝】
漁船が、一隻また一隻と戻ってくる。
全部、空だ。
「測定器の子、また来てたな」
「数字ばかり見てる変な子だよな」
「でも、あの子が何か知ってんじゃねえか?」
「子供が?」
「……分かんねえ」
「でも、他に誰が」
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【ギルド支部・報告書】
情報提供者A(9歳)
東部海域における異常現象の観測記録
信憑性:[要検証]
追加証拠:[必須]
データ精度:[異常に高い]
年齢との矛盾:[説明不能]
担当者コメント:
「どう扱えばいいのか、判断がつかない」
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【港町・ある漁師の独り言】
「海神の怒り、か」
「魔物の卵、か」
「神罰、か」
男は首を振る。
「……でも、何かが違う」
「何かが、間違ってる」
「俺たちが見てるのは」
「何なんだ?」
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【東の沖】
青白い光。
また瞬く。
誰も近づかない。
誰も理由を知らない。
誰も、「マナ」という言葉を知らない。
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─── 港町の人々は、知らない。
─── 九歳の子供が、何を測っているのかを。
─── そして、東の沖で何が起きているのかを。
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【未解決】
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町の人々はそれぞれに理由を探し、納得できる言葉を当てはめていた。
一方で、正確すぎる記録は報告書の隅に置かれたまま、誰にも読み解かれない。
東の沖では、ただ青白い光が瞬き続けている。
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