【第6章 第8話】 約束の代償
仲間の窮地を前に、レイは自分の無力さを突きつけられていた。
動かない右手、届かない魔法。
――だが、耳元で囁く「あの声」が、残酷で温かい選択肢を提示した。
【絶体絶命】
剣が迫る。
ガルムが倒れてる。
ダリウスが立てない。
グレンが動けない。
リナが——矢がない。
「くそ……」
レイは考える。
全員が戦闘不能か…
さぁ…どうすれば…?
自分が前に出るか…
撤退を叫ぶべき?
——
選べない…
右手が動かない。
魔法も使えない。
逃げ道もない。
全部、間違えた…
俺が——
「みんな……」
骨の剣が振り下ろされる。
全員に向けて。
終わる…
背中を掴まれる。
「!?」
横に引かれる。
速い。
剣が——
空を斬る。
「誰……?」
振り返る。
銀色の髪。
白い服。
少女。
知ってる——声の。
「あなた……」
『今は』
耳元で囁かれる。
『信じて』
「でも——」
『お願い』
手を握られる。
温かい。
「……」
骨が向きを変える。
剣を構える。
こっちに向けて。
『レイ』
少女が言う。
『あなたの右手』
『戻せる』
「え……?」
『でも』
『代償がある』
「代償……」
『私の——全部』
少女の声が震える。
『それでも』
『いい?』
レイは見る。
仲間が倒れてる。
ガルムが血を流してる。
ダリウスが——
グレンが——
リナが——
「頼む」
『……うん』
少女が右手に触れる。
熱い。
感覚が——
戻る。
0%が——
一気に。
100%へ。
「あっ……」
指が動く。
握れる。
——本当に?
もう一度握る。
動く。
重さがある。
温度がある。
冷たい水が——
分かる。
指先まで。
全部——
「これ……」
左手で右手を掴む。
確かめる。
動く。
止まらない。
曲がる。
開く。
閉じる。
「戻った……」
一歩前に出る。
踏ん張れる。
転ばない。
体重が——
両足に乗る。
左足だけじゃない。
右手の感覚が戻ると——
バランスが。
全部——
「そうか……」
こういうことか。
失ってから——
分かった。
右手は——
動くだけじゃない。
全身の——
基準だった。
『本来の』
少女が囁く。
『あなたよ』
「うん……」
魔力が——
流れる。
回路を通る。
詰まらない。
溢れない。
制御できる。
完璧に。
「これが……俺の——」
ダリウスが見てる。
「レイ……?」
グレンが起き上がろうとする。
「何が……」
リナが目を丸くしてる。
「今の……」
ガルムが——
血を流しながら。
微笑んでる。
「レイ様……」
骨が動く。
剣を振る。
レイに向けて。
速い。
——でも。
見える。
軌道が。
終点が。
避けられる。
体が——
勝手に動く。
横に流れる。
剣が——
通過する。
水が押される。
音がする。
「……」
避けた。
考えなくても。
骨が——
剣を引く。
次の攻撃。
横薙ぎ。
レイが——
しゃがむ。
剣が頭上を。
髪が揺れる。
水圧が——
肌を撫でる。
「見える……」
全部——
見える。
骨が——
突きを放つ。
レイが——
右手を出す。
剣を——
掴む。
「!?」
ダリウスが叫ぶ。
「レイ! 何を——」
剣が——
止まる。
レイの手の中で。
刃が——
食い込まない。
マナが——
右手を覆ってる。
薄い膜。
でも——
硬い。
「そうか……」
こうやって——
使うのか。
昔は——
当たり前だった。
考えなくても——
できてた。
骨が——
剣を引こうとする。
レイが——
離す。
骨が——
後ろに下がる。
距離を取る。
初めて——
防御姿勢。
「分かるんだ……」
危険だと。
レイが——
右手を上げる。
魔法陣を描く。
一画目。
速い。
二画目。
正確。
三画目。
——止まらない。
四画目。
五画目。
六画目。
「……!」
ダリウスが息を呑む。
「何だ……あれ……」
七画目。
八画目。
九画目。
三重。
いや——
四重。
五重。
六重。
「まだ……?」
グレンが呟く。
七重。
完成。
マナが——
集まる。
水中から。
船から。
骨から。
空間から。
全部——
魔法陣に向かって。
流れる。
見える。
銀色の線。
水の中を——
走る。
「これ……」
リナが震える声で。
「マナの流れ……?」
「見えるのか……?」
水が——
動く。
魔法陣の周りで。
渦を巻く。
圧が——
下がる。
耳が——
痛い。
音が——
遠くなる。
水が——
押し退けられる。
魔法陣の周囲だけ——
空気の層。
「何だ……これ……」
ダリウスが呟く。
息ができる。
水中なのに。
「え……?」
グレンが——
口を開ける。
呼吸する。
空気が——
ある。
「嘘だろ……」
リナが——
水面を触る。
目の前に——
壁がある。
水の壁。
骨が——
剣を構える。
でも——
動かない。
動けない。
圧が——
骨を押してる。
浮力が——
狂ってる。
骨の体が——
沈む。
自重で。
「……」
レイは——
何も言わない。
当然のことだから。
これが——
本来の魔法。
七重魔法陣。
水中でも——
使える。
使えて——
当然。
昔は——
そうだった。
少女が——
隣に立つ。
『すごいね』
「普通だよ」
『でも』
『みんな驚いてる』
「そう……?」
ダリウスたちを見る。
固まってる。
「……ああ」
そうか。
彼らには——
異常なのか。
骨が——
動く。
剣を振り上げる。
最後の攻撃。
レイが——
右手を前に出す。
魔法陣が——
回転する。
七重が——
一つに。
統合。
炎と水。
光と闇。
風と土。
生と死。
全部——
一つに。
詠唱は——
いらない。
魔法陣が——
全部語る。
発動。
光が——
放たれる。
音がない。
水が——
割れる。
道ができる。
光の道。
まっすぐに。
骨に向かって。
海水が——
蒸発する。
一瞬で。
真空が——
できる。
光の通り道に。
骨が——
剣で受ける。
でも——
意味がない。
光が——
剣を——
通過する。
砕くんじゃない。
存在を——
消す。
剣が——
消える。
鎧が——
消える。
骨が——
消える。
玉座が——
消える。
船が——
消える。
全部。
音もなく。
光になって——
消える。
水が——
晴れる。
暗闇が——
消える。
海底が見える。
砂。
何もない。
静か。
「……」
レイは——
右手を下ろす。
魔法陣が——
消える。
終わった。
「……終わった?」
ダリウスが——
呆然と。
「ああ……」
グレンが——
座り込む。
「嘘だろ……」
リナが——
震えてる。
「あれが……レイ……?」
ガルムが——
微笑んでる。
「やはり……」
「レイ様は……」
『うん』
少女が答える。
でも——
声が——
いつもより。
近い?
「……?」
振り返る。
少女が——
そこにいる。
触れられる距離に。
前は——
もっと遠かった。
声だけ——
聞こえてた。
でも——
今は。
「あなた……」
『ごめんね』
少女が——
微笑む。
でも——
体が——
揺れる。
「!」
支える。
触れる。
温かい。
柔らかい。
重い。
「……!」
これ——
生身?
「どういう……」
『代償』
少女が答える。
『私が持ってた力』
『全部使った』
体が——
透けてる。
いや——
違う。
透けてるんじゃない。
実体がある。
前は——
光だった。
声だけだった。
触れられなかった。
でも——
今は。
実体。
生身。
人間。
軽すぎる。
骨と皮だけみたいに。
呼吸が——
浅い。
力が——
入らない。
「あなた……」
『うん』
少女が——
レイの手を握る。
温かい。
脈がある。
呼吸がある。
「本当に……」
『嬉しい?』
「え……?」
『私ね』
少女が微笑む。
『ずっと見てた』
「知ってる」
『でも』
『やっと』
『こっちに来れた』
涙が——
流れてる。
少女の目から。
「泣いて……?」
『嬉しいの』
『あなたが』
『生きてるから』
『私が』
『触れられるから』
「レイ!」
ダリウスの声。
駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「うん……」
グレンが立ち上がる。
「何が起きた……?」
リナが辺りを見る。
「ボスが……消えた?」
ガルム——
「ガルム!」
駆け寄る。
倒れてる。
でも——
傷が塞がってる。
「え……?」
『治したよ』
少女の声。
全員が振り向く。
「誰……?」
ダリウスが剣を構える。
「待って」
レイが手を上げる。
「この人は——」
友達、と言いかけて。
少女が——
膝をつく。
「!」
支える。
「大丈夫!?」
『ごめん』
『ちょっと』
『立てない』
力が——
ほとんどない。
「代償って……」
『うん』
少女が答える。
『私の全部』
ダリウスが近づく。
「レイ、この子は……」
「後で説明する」
「今は——」
少女を抱きかかえる。
ガルムが起き上がる。
「レイ様……」
「ガルム! 動いちゃ——」
「大丈夫です」
傷がない。
血も——
止まってる。
「でも……」
「あの方が」
少女を見る。
「治してくれました」
『ごめんね』
少女が微笑む。
『遅くなって』
「遅く……」
リナが首を傾げる。
「いや」
レイが言う。
「間に合った」
少女を見る。
「ありがとう」
『どういたしまして』
「行こう」
レイが言う。
「外に」
全員が頷く。
泳ぎ始める。
少女——
抱きかかえたまま。
泳ぐ。
右手で——
水を掻く。
ちゃんと——
進む。
力が入る。
バランスが取れる。
「……」
そうか。
これが——
本来の俺。
でも——
何か。
右手が——
重い?
いや。
軽い?
「……あれ?」
感覚が——
ずれる。
さっきまで——
完璧だったのに。
もう——
違う。
何かが——
抜けていく。
ゆっくりと。
でも——
確実に。
「……」
もう?
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第6章 第8話 完
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かつての感覚、本来の魔法。
その圧倒的な力の代償として、少女は「実体」という重荷を背負った。
一度は完璧に取り戻したはずの右手に、レイは再び奇妙な違和感を覚え始める。
次にレイは、何を“確かめにいく”のか。
よろしければ、
ブックマークで続きを追っていただけると嬉しいです。




