【第6章 第6話】 骨たちの記憶
水の中では、右手の感覚がさらに遠のいていく。
満足に魔法陣も描けない状況で、それでもレイは一冊のノートを握りしめた。
――「戦えない」自分がここにいる意味を、確かめるために。
「戦えない」
骨が立ち上がる。三体。
剣。槍。弓。
錆びてる。でも殺意がある。
「散開!」
ダリウスの声。みんなが動く。
グレンが盾を構える。リナが矢をつがえる。ガルムが刀を抜く。
レイは——
右手を見る。
感覚が20%。魔法陣が描けない。
「レイ! 下がれ!」
【最初の攻防】
剣の骨が突進してくる。
ダリウスが受ける。ガキン!
「重……っ!」
押される。水の抵抗。動きが遅い。
槍の骨がグレンへ。
「来い!」
盾。ガン!
槍の切っ先が盾を貫く。
「くっ!」
弓の骨がリナに狙いを定める。
矢を放つ。でも遅い。水が邪魔する。
骨の矢。放たれる。速い!
「リナ!」
ガルムが飛び込む。刀。ガキン!
「ありがとう!」
「油断するな!」
レイは何もできない。
右手。魔法陣。描けない。
左手で描く。でも遅い。歪む。発動しない。
「くそ……」
「レイ!」
剣の骨がこっちに来る!
避ける。でも遅い。水が重い。
剣が迫る。
ガルムが間に入る。刀。ガキン!
「レイ様! 下がってください!」
「でも——」
「いいから!」
押される。後ろへ。
戦えない。何もできない。
【内側の声】
視界の端。黒い影。
右手が重い。
温かい? いや——違う。
何か——引っ張られる。
『記録しろ』
声? 頭の中?
『戦闘を記録しろ』
「今は——」
『それが——お前の役目だ』
ノートを出す。防水の。エルフが作ってくれた。
ペンを握る。左手で。
書く。
骨の敵、三体。剣・槍・弓。
動きは遅いが、攻撃は鋭い。
書きながら戦況を見る。
ダリウスが押されてる。
グレンの盾が割れそう。
リナとガルムが距離を詰められない。
「まずい……」
三体同時は無理だ。
【判断】
状況認識:剣が一番近い。
選択肢:剣を優先する / 分散させる。
理由:近接脅威を先に排除。
「ダリウス! 剣の骨を優先!」
「分かった!」
ダリウスが剣の骨に集中する。
その瞬間。
槍の骨が動く。
グレンを飛び越えて——リナへ!
「!?」
「リナ!」
ガルムが庇う。
槍が刺さる。
「ガルム!」
血が水に混じる。
判断ミス。
槍を見落としてた。
「くそ!」
ダリウスが槍の骨に飛びかかる。切り裂く。
槍の骨。崩れる。霧になる。
でも——
「ガルム……」
彼が倒れる。傷が深い。
「治癒魔法!」
リナが叫ぶ。
「水中じゃ効果が薄い!」
グレンが止血しようとする。でも血が止まらない。
レイの判断ミス。
ガルムが傷ついた。
「ごめん……ごめん……」
涙が出る。でも見えない。水と混じる。
「レイ! 今は戦え!」
ダリウスが叫ぶ。
剣の骨がまた来る。
弓の骨も矢を放つ。
「くそ!」
グレンが盾。矢を防ぐ。でも盾が砕ける。
「盾が!」
無防備。剣の骨が突進。
「グレン!」
ダリウスが割って入る。剣。受ける。ガギン!
「うぐっ!」
吹き飛ばされる。壁に激突。
「ダリウス!」
リナが矢を放つ。剣の骨に。当たる。
でも効かない。骨が再生する。
「嘘でしょ……」
絶望。
【右手の違和感】
レイは気づく。
右手。感覚がない。
でも。
何かがある。
重い。でも温かい。
「……これは」
右手を見る。
光ってる? いや——
視界の端。黒い影。
『気づいたか』
「何が……」
『右手は——記録装置になった』
右手がずきずきする。
痛くない。でも——重い。
『感覚を失った代わりに——世界を記録できる』
「記録……?」
『触れれば——過去が見える』
骨を見る。剣の骨。
「……」
行くしかない。
「みんな! 少し時間を!」
「レイ!?」
ダリウスが叫ぶ。
「お願い!」
走る。剣の骨へ。
「レイ! 危ない!」
剣が振られる。
右手を伸ばす。
触れる。
【記憶の奔流】
海。
燃える船。
叫び声。
「逃げろ!」
「子供を先に!」
爆発。
水が赤く染まる。
沈む。
暗い。
冷たい。
「助けて……」
声が消える。
誰も来ない。
忘れられる。
【現実に戻る】
「っ!」
右手を離す。息が苦しい。
剣の骨が止まってる。
動かない。
「レイ……?」
ダリウスが近づく。
剣の骨が崩れる。光になる。消える。
「……何をした?」
「記録……しました」
ノートを開く。右手で。書く。
これは戦争の犠牲者。
忘れられた人々。
彼らは——ただ記憶されたかった。
書き終える。
弓の骨も崩れる。光になる。
二体とも消えた。
静寂。
「終わった……のか?」
グレンが呟く。
「ガルム!」
リナが叫ぶ。
ガルムが倒れてる。血が——
「治癒魔法!」
リナが唱える。でも弱い。水中だから。
「浮上するぞ! 今すぐ!」
ダリウスが指示。
みんながガルムを支える。
「レイ! お前も!」
「はい!」
泳ぐ。上へ。急いで。
光が見える。水面。
「着いた!」
水面。顔を出す。呼吸。
「ガルム!」
船に引き上げる。ロナンが待ってる。
「何があった!?」
「治療を!」
ロナンが治癒魔法。強い。傷が塞がる。
「……ふう」
ガルムが息をする。
「生きてる……」
レイが泣く。
「よかった……」
「レイ様……」
ガルムが微笑む。
「大丈夫……です」
「ごめん……ごめん……」
謝る。止まらない。
「レイの……せいじゃ……ありません」
「でも——」
「あなたは……頑張りました」
頭を撫でてくれる。優しく。
「……うん」
【船の上】
全員が船に上がる。
ダリウスが座り込む。「疲れた……」
グレンも。「もう無理……」
リナも。「怖かった……」
ロナンが全員を見る。
「報告しろ。何があった」
ダリウスが説明する。
骨の敵。三体。レイが触れて。記録して。消えた。
「記録……?」
ロナンがレイを見る。
「どういうことだ」
「……右手で、触れたら——過去が見えました」
右手を見せる。
「感覚がないけど——記録できる」
「記録装置……」
ロナンが考える。
「観察者の——契約か」
「……はい」
「代償は?」
「感覚が——もっと減りました」
右手を握る。
「15%くらい……です」
沈黙。
「レイ……」
母の声。いつの間にか来てた。
「お母さん……」
抱きしめてくれる。
「もう——やめよう」
「でも——」
「いいの。あなたは十分頑張った」
涙が止まらない。
父も来る。
「レイ。無理はするな」
「中に——まだ続きがあります」
「ダンジョンの奥——たぶんボス部屋が」
ダリウスが地図を見る。
「でもレイがいないと——記録ができない」
「いや——」
ロナンが言う。
「レイは戦えない。右手が15%じゃ——魔法陣も描けないだろう」
「……はい」
「だったら——」
「行きます」
全員が驚く。
「レイ!?」
「戦えなくても——記録はできます」
「だから——行きます」
「危険すぎる!」
母が叫ぶ。
「でも——」
「放っておけないんです」
ノートを見せる。
「これは——歴史です」
「忘れられた人たちの——記憶です」
「誰かが——記録しなきゃ」
「また——忘れられる」
静寂。
ダリウスが頷く。
「……分かった」
「でも条件がある」
「何ですか?」
「お前は戦うな。記録だけしろ」
「そして——危なくなったら即座に逃げろ」
「……はい」
「約束だ」
「約束します」
握手。
ガルムが立つ。
「レイ様。私も——行きます」
「ガルム! 傷が——」
「治りました」
笑顔。
「あなたを——守ります」
「……ありがとう」
【再突入】
準備。また装備する。
青い結晶。胸に。
「行くぞ」
飛び込む。再び。
水が冷たい。
でも今度はみんなが近くにいる。
降りる。50メートル。
扉。開ける。
中へ。
通路。進む。
船倉。骨がない。消えた。
奥へ。さらに奥へ。
扉。大きい。
「……ボス部屋だ」
ダリウスが呟く。
「開けるぞ」
扉を押す。ギギギ……
開く。
中が広い。
玉座。いや——船長席?
そこに座ってる。
骨。でも大きい。
鎧を着てる。剣を持ってる。
「……船長か」
骨が動く。
顔を上げる。目がない。でも見てる。
『……生者よ』
声。重い。
『何故——来た』
「……記録するためです」
レイが一歩前へ。
『記録?』
「あなたたちを——忘れないために」
ノートを見せる。
『……』
骨が立つ。
剣を抜く。
『ならば——』
『記録しろ』
『我らの——最期を』
剣を構える。
【戦闘開始】
骨が飛ぶ。速い!
ダリウスが受ける。ガギン!
「重い!」
吹き飛ばされる。
グレンが盾。ガン!
「くっ!」
盾が砕ける。
リナが矢。放つ。当たる。
でも効かない。
ガルムが刀。
「せい!」
斬る。
でも刃が通らない。
「硬い!」
骨が剣を振る。
全員が吹き飛ばされる。
「まずい……」
レイは記録する。
船長の骨。圧倒的な力。
誰も勝てない。
書く。手が震える。
骨がこっちを見る。
『記録者よ』
近づいてくる。
「!」
逃げる。でも遅い。水が重い。
剣が振り下ろされる。
「レイ様!」
ガルムが庇う。
剣が彼を——
「ガルム!」
【終わらない戦い】
レイは記録する。
それしかできない。
右手が震える。
感覚がない。
でも——
記録だけはできる…
これが代償…なのか?
これが選んだ道になるのだろうか…?
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第6章 第6話 完
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仲間の流血と、右手に流れ込む見知らぬ誰かの記憶。
「記録者」としての代償を払いながら、レイは世界の悲鳴を書き留めていく。
次にレイは、何を“確かめにいく”のか。
よろしければ、
ブックマークで続きを追っていただけると嬉しいです。




