【第5章 第11話】 最後の授業
エルフの都に届く、遠くアルタニア王国の軍事演習の余波。
マナ濃度の異常な上昇を目の当たりにしたレイは、理論上の知識が「現実の危機」として世界を侵食し始めていることを知る。
「焦るな」という言葉とは裏腹に、帰郷までのカウントダウンが刻まれるなか、少年は実戦という名の過酷な授業へと足を踏み入れる。
【エルフ領域・夜明け前】
マナ濃度計の数値が跳ねた。
(——1.82?)
ベッドから跳び起きる。
窓を開ける。
森が——光ってる。
青白い燐光。
マナの奔流。
(異常だ)
カレンダーを睨む。
残り87日
赤く塗りつぶした日付。
「焦るな」
自分に言い聞かせる。
でも——手が震える。
ノック。
「レイ、起きてる?」
アリエルの声。
いつもより早い。
「はい」
扉を開ける。
彼女の表情が硬い。
「森のマナ流が乱れてる」
「戦争の影響?」
「おそらく」
「今日の予定——変更するわ」
【マナ流観測所】
樹冠層の最上部。
風が強い。
眼下に広がる森。
青白い光の筋が走る。
「見て」
アリエルが指差す。
西の空。
遠く——
黒い雲。
「アルタニア方面」
「軍事演習のマナ消費が——」
「ここまで影響してる」
観測装置を操作する。
数値が画面に浮かぶ。
```
Mana Flow Analysis:
Direction: West → East
Density: 1.82 (↑0.15)
Stability: 62% (↓18%)
Warning: Cascade risk HIGH
```
「カスケードリスク?」
「連鎖崩壊」
アリエルが答える。
「一箇所の乱れが周辺に波及する」
「最悪——」
「ダンジョン発生につながる」
息を呑む。
「ここに?」
「可能性はある」
彼女が装置を調整する。
「だから——」
「あなたに見せたかった」
「理論じゃなく」
「現実を」
画面を見つめる。
数値が刻々と変わる。
リアルタイム。
世界が——壊れかけてる。
「僕に——できることは?」
「今は学ぶこと」
「そして——」
「いつか」
「システムを安定させる方法を見つけること」
拳を握る。
(87日)
(足りるのか?)
【古代戦場跡・午後】
森の奥深く。
立ち入り禁止区域。
草木が生えない一帯。
地面が黒く焦げてる。
「Cycle 2末期の戦場」
アリエルが説明する。
「神代魔法の痕跡が——」
「今も残ってる」
近づく。
空気が重い。
マナが歪んでる。
地面に触れる。
視界が暗転。
幻影。
燃える都市。
叫び声。
魔法陣が暴走する。
空間が裂ける。
そして——
全てが崩壊した。
「っ!」
手を引く。
冷や汗。
「大丈夫?」
アリエルが支える。
「見えた——」
「崩壊の瞬間」
「残留思念ね」
「強力な魔法は——」
「痕跡を残す」
深呼吸。
震えが止まらない。
「これが——」
「神代魔法の代償」
頷く。
「知識は力」
「でも——」
「使い方を誤れば——」
「破滅」
彼女が僕の肩に手を置く。
「あなたは大丈夫」
「なぜ——わかるんですか?」
「昨日の選択」
「弱者保護アルゴリズム」
「力を持つ者が——」
「弱い者を守ろうとした」
「それが答えよ」
胸が温かくなる。
でも——
責任の重さも感じる。
【観察者の拠点・夕刻】
白い部屋。
でも——今回は違う。
壁一面に——モニター。
無数の画面。
「驚いた?」
観察者が微笑む。
「ここが——」
「本当の監視室」
画面を見る。
ルミナス港。
アルタニア王国。
デモン中枢。
エルフ領域。
世界中が——映ってる。
「全部——見てるんですか?」
「私の役割だから」
彼女が画面を操作する。
「これ」
一つの画面が拡大。
コードが流れる。
```
// Demon Core System
function monitor_civilization() {
let lei = calculate_lei();
let mgr = calculate_mgr();
if (lei > THRESHOLD) {
schedule_intervention();
}
// Special case
if (target == "Ray_Albright") {
apply_protection_protocol();
}
}
```
「これが——」
「デモンシステムのコア部分」
息を呑む。
「見せていいんですか?」
「あなたなら——理解できるから」
「そして——」
「いつか必要になる」
画面が切り替わる。
別のコード。
古い。
構造が違う。
「これは?」
「プリムスマナの一部」
「世界のソースコード」
「触れる?」
「危険じゃ——」
「制限付きなら大丈夫」
手を伸ばす。
画面に触れる。
情報が流れ込む。
でも——制御されてる。
少しずつ。
理解できる範囲で。
```
// Mana Conservation
total_mana = CONSTANT;
mana_flow = circulation_with_loss();
// Permission Matrix
if (user.depth > spell.limit) {
return DENIED;
}
// Entropy
entropy += delta_s;
if (entropy > MAX) {
return COLLAPSE;
}
```
(これが——世界の基盤)
(マナ保存)
(権限制限)
(エントロピー増大)
(全部——プログラムされてる)
手を離す。
膝をつく。
「無理しないで」
「凄い——」
息が荒い。
「世界は——」
「本当にシステムだった」
「そう」
「そして——」
「あなたはそれを理解できる」
「期待してる」
「でも——焦らないで」
彼女が優しく言う。
「時間はある」
「あなたが思うより——ずっと」
【レイの部屋・夜】
ベッドに座る。
今日のことを整理する。
ノートに書く。
```
観測事項:
- マナ流の乱れ(戦争影響)
- カスケードリスク
- 古代戦場の残留思念
- デモンシステムのコード
- プリムスマナの構造
理解したこと:
- 理論と現実の違い
- 知識の責任
- システムの脆弱性
課題:
- 87日で何ができる?
- 実践訓練の準備
- システム安定化の方法
```
窓の外。
星が見える。
ルミナスの方角。
手紙を書く。
```
お父さん、お母さんへ
今日、戦争の影響を目で見ました。
遠くの戦闘が、ここの森まで届いてます。
でも——大丈夫。
僕は学んでます。
この異常を止める方法を。
アリエル先生が言いました。
「焦らなくていい」って。
でも——焦ります。
家族が心配だから。
あと86日。
必ず帰ります。
その時には——
もっと強くなってます。
レイより
```
封をする。
護符を握る。
温かい。
(繋がってる)
(一人じゃない)
【同時刻・ルミナス港】
父が夜遅く帰宅。
疲れた顔。
「どうだった?」
母が聞く。
「評議会は——」
「戦争準備を承認した」
「防衛予算の増額」
「徴兵制度の検討」
母の顔が曇る。
「レイは——」
「大丈夫よ」
「エルフ領域は中立地帯」
「戦火は及ばない」
父が地図を広げる。
「でも——」
「マナの乱れは別だ」
赤い線で囲まれた区域。
ルミナス港の周辺。
「ここが——」
「最前線になる」
【デモン中枢】
```
Update: Day 86
LEI: 0.0548 (↑0.0003/day)
MGR: 0.0118 (↑0.0007/day)
War_Probability: 78%
Target: Ray_Albright
Status: Learning_Phase
Protection: ACTIVE
Note: Accelerated growth detected
Ethical framework stable
Continue monitoring
Intervention_Countdown:
If LEI > 0.070: 146 days
If casualties > 1000: Immediate
```
画面が点滅。
新しいアラート。
```
Warning:
Mana cascade detected
Location: Elf Territory border
Risk: Dungeon formation (12%)
Action: Monitor
```
データが更新される。
感情なく。
公平に。
アルゴリズムが動く。
【翌朝・演習場】
広い空間。
魔法陣が床に刻まれてる。
アリエルが待ってる。
「準備はいい?」
「はい」
「じゃあ——始めるわ」
彼女が杖を構える。
「まず——」
「防御魔法」
「理論は知ってるわね?」
「はい」
「じゃあ——」
「実践」
魔法陣が光る。
「私の攻撃を防いで」
「え——」
光球が飛んでくる。
反射的に——
「シールド!」
青い障壁が展開。
光球が当たる。
衝撃。
障壁が揺れる。
でも——
持ちこたえる。
「いいわね」
「でも——」
「次は三発」
「え!?」
光球が三つ。
同時に。
一つ目——防ぐ。
二つ目——ギリギリ。
三つ目——
「くっ!」
障壁が砕ける。
吹き飛ばされる。
地面に転がる。
「痛い——」
「立って」
アリエルの声。
厳しい。
「戦場では——」
「もっと激しい」
「もっと速い」
「もっと容赦ない」
立ち上がる。
足が震える。
でも——
拳を握る。
「もう一回」
彼女が微笑む。
「いい目よ」
「じゃあ——」
「今度は五発」
「!?」
エンディング:実践の始まり
【演習場・夕刻】
全身が痛い。
服が汚れてる。
でも——
最後は——
十発防げた。
「よくやったわ」
アリエルが水筒を渡す。
「ありがとう——ございます」
息が荒い。
「理論と実践は違う」
「体で理解できた?」
「はい」
水を飲む。
「明日は——」
「戦術魔法」
「複数の魔法を組み合わせる」
「頭だけじゃなく——」
「体が覚えるまで」
頷く。
(87日)
(いや——)
(86日)
「帰って休んで」
「明日も——厳しいわよ」
立ち上がる。
ふらつく。
ガルムが支える。
「坊ちゃん」
「大丈夫——です」
演習場を出る。
振り返る。
明日もここで。
明後日も。
毎日。
86日間。
全力で。
帰郷まで——86日
戦争まで——86日
カスケードリスク——12%
理論から実践へ
知識から行動へ
レイの本当の試練が——始まる
限界を——超えろ
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第5章 第11話 完
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世界のソースコードに触れ、その脆弱性を理解したレイは、防ぎきれない光球の嵐の中で己の無力さと向き合う。
泥にまみれ、理論を肉体の反応へと書き換える日々——故郷を守るための「86日」という名の試練が、今、幕を開けた。
最適化された選択は、次にどんな形で世界から返ってくるのか。
よろしければ、
ブックマークで続きを追っていただけると嬉しいです。




