第5章 第7話〜第9話:最近のあの子の噂
エルフの評議会が、一人の人間に頭を下げたという。
三つの試練を突破し、古代の封印を独自の理屈で塗り替えてしまった九歳の少年。
そのあまりに規格外な手法に、見守る者たちは期待よりも先に、ある種の正体不明な恐怖を抱き始めていた。
「……で、あの人間の子、どうなった?」
「合格したらしい」
「マジで?」
「評議会が頭下げたって」
「は?」
「長老が。レイ・アルブライトに」
「……嘘」
ざわめき。
「何があったの?」
「三試練、全部」
「いや、そうじゃなくて」
「何したのかって」
「ああ——」
「第一は七色変化」
「普通じゃん」
「いや、普通じゃなかった」
「どういう意味?」
「色が——混ざってたって」
「混ざる?」
「七色がグラデーションに」
「……それ、七色変化?」
「長老もそう言ったらしい」
「『これは感情マナではない』って」
「じゃあダメじゃん」
「でも笑ったらしいよ」
「誰が?」
「長老が」
「……マジ?」
「『人間的で面白い』って」
「長老が笑った?」
「百年ぶりくらいじゃない?」
「百年どころか——」
「いや、やめとこう」
「で、合格したの?」
「した」
「意味わかんない」
笑い声。
「第二は?」
「マナ回路の解読」
「あの罠があるやつ?」
「そう」
「死ぬやつ」
「未承認アクセスで即死」
「で?」
「罠を見抜いた」
「……は?」
「コメントアウトされた旧プロトコルを読んだって」
「コメント……何?」
「わかんない」
「人間の言葉らしい」
「意味は?」
「『無効化されたコードの残骸』とか」
「ますますわかんない」
「とにかく、Cycle 2の記録まで読んだらしい」
「九歳が?」
「九歳が」
沈黙。
「……で、第三は?」
「森の異常修正」
「北東の汚染地帯?」
「そう」
「魔獣出るとこ」
「あそこ、入った人間帰ってこないって——」
「帰ってきた」
「は?」
「しかも魔獣を治した」
「治す?」
「パージとかいう魔法で」
「浄化?」
「違う。汚染マナを排出」
「……で?」
「魔獣が元に戻った」
「元に?」
「普通の狼に」
「嘘でしょ」
「で、その狼が彼を案内したらしい」
「どこに?」
「古代遺物まで」
「護衛として」
「……意味わかんない」
「わかんないよね」
「で、遺物は?」
「上書き封印」
「上書き?」
「古代の封印の上に、新しい術式を重ねた」
「……それできるの?」
「エルフの伝統だと修復か破壊しかないのに」
「人間式はアップデートするんだって」
「アップデート?」
「わかんない」
「でも森は回復した」
「生態系も戻ってきてる」
「……マジで?」
「マジで」
ざわめき。
「それで客員研究者になったの?」
「そう」
「古代知識アクセス権も」
「助言者にも」
「……九歳が?」
「九歳が」
また沈黙。
「ねえ、古代遺跡にも入ったって聞いた」
「禁書庫?」
「そう」
「Cycle 2の記録が全部ある場所」
「……見たの?」
「見たらしい」
「崩壊の記録も?」
「全部」
「やばくない?」
「知りすぎじゃない?」
「普通、見たら——」
「何?」
「いや、なんでもない」
「言いかけたじゃん」
「気にしないで」
「しかも観察者と契約したって」
「……観察者?」
「黒マントの」
「あのデバッガー?」
「そう」
「協力関係らしい」
「対等な」
「九歳が?」
「九歳が」
三度目の沈黙。
最も長い。
「ねえ」
「……何?」
「あの子、本当に人間?」
「戸籍上は」
「でも——」
「でも?」
「普通じゃない」
「そりゃそうだけど」
「転生者かもって噂もある」
「転生?」
「前世の記憶持ってるとか」
「それで魔法をプログラムとして理解してるとか」
「プログラム?」
「人間の技術らしい」
「よくわかんない」
「わかんないよね」
「でもとにかく——規格外」
「システムを理解してる」
「改善しようとしてる」
「破壊じゃなくて」
「……ねえ」
「何?」
「それって——」
「言うな」
「でも——」
「言うなって」
沈黙。
風の音。
葉が揺れる。
「……帰ろう」
「そうだな」
散っていく。
誰も振り返らない。
ただ一人。
若いエルフが呟く。
「Cycle 3が——動き出した」
風に消える。
誰も聞いてない。
【次回予告的な何か】
「三ヶ月後、戦争が始まるらしい」
「アルタニアが?」
「ルミナス港を」
「……あの子の故郷」
「帰るの?」
「帰るでしょ」
「で?」
「止めようとするんじゃない?」
「止められる?」
「さあ」
「でも試すでしょ」
「最適化されたやり方で」
「……怖いね」
「怖いけど——」
「見たいよね」
「見たい」
「呼び名、決めた?」
「まだ」
「革新者?」
「ダサい」
「システムハッカー?」
「意味わかんない」
「デバッガー見習い?」
「長い」
「……あの子でいいんじゃない?」
「まあね」
「みんなそう呼んでるし」
「じゃあそれで」
「また何かやらかすよ、きっと」
「だろうね」
「楽しみ?」
「……まあ」
「怖いけど」
「わかる」
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【サブログ 完】
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少年は「改善」という名目で、エルフの伝統さえも書き換え、世界の深淵へと足を踏み入れた。
それは、かつて世界を終わらせたはずの記録に触れ、管理者と対等に渡り合うという異常な事態を招いている。
この幼い「例外」がもたらす変化は、破滅の再来か、あるいは新しい時代の幕開けなのか。
よろしければ、
ブックマークで続きを追っていただけると嬉しいです。




