【第5章 第7話】試験前夜
九歳。留学前夜の静寂。
エドワードから託された矛盾だらけの理論書と、深夜に現れた観察者が残した不可解な「保険」。
家族との痛切な別れを経て、レイはついにエルフの都「シルヴァン・イーヴンリース」の門をくぐる。
しかし、待ち受けていたのは美しい街並みとは裏腹な、余所者を拒む冷徹な視線と、傲慢な子供への厳しい審判だった。
オープニング:最後の夜
窓に映る、自分の顔。
九歳。
でも——目が、違う。
(前世の退職日みたいだ)
あの夜も、こんな顔してた。
荷物は、もう詰めた。
部屋が、ガランとしてる。
机の上には——
『古代魔法理論入門——エルフ編纂』
エドワードが、さっき置いていった。
「次に会う時は、この矛盾を解いてくれ」
彼は、笑ってた。
でも——
泣きそうだった。
ページを、開く。
「知識は、孤独を癒す」
——エルフの諺
(本当に、そうかな)
時計を見る。
午前二時。
(寝なきゃ)
でも——
眠れない。
窓の外。
月が、明るい。
そして——
「こんばんは」
展開1:観察者の警告
跳ね起きる。
窓辺。
彼女が、立っている。
観察者。
「……久しぶり」
一年ぶり。
彼女の姿は、変わらない。
銀の髪。
透明な瞳。
でも——
今夜は、違う。
目が、悲しい。
「明日——試験ね」
「……知ってるの?」
「全て、知っている」
彼女が、窓の外を見る。
「エルフ領域には——秘密がある」
「古代の、遺跡」
「そこには——触れてはいけないものが」
喉が、渇く。
「でも——」
「あなたは、触れるでしょう」
「好奇心が、止められないから」
言葉が、出ない。
彼女が、近づく。
手を、伸ばす。
僕の額に、触れる。
冷たい。
でも——
何かが、流れ込む。
光が。
情報が。
コードが——
「これは——?」
「保険」
「危険な時——私の名を思い出して」
視界が、歪む。
彼女の姿が、揺れる。
「待って——名前を——」
「まだ、です」
「時が来れば——自然と」
光が、消える。
彼女が、消える。
部屋に、一人。
月明かりだけ。
額が——
まだ、冷たい。
そして——
ザワザワする。
(何か、インストールされた?)
手を、額に当てる。
(これが、保険——)
時計の音。
カチ、カチ、カチ——
夜明けへの、カウントダウン。
展開2:朝——家族との別れ
午前五時。
結局、寝てない。
階下から、匂い。
スープ。
パン。
下りる。
母が、台所に。
「おはよう」
「……おはよう」
声が、かすれる。
母が、振り返る。
僕を見る。
目を、見開く。
「寝てないわね」
「……バレる?」
「母親ですもの」
彼女が、抱きしめる。
温かい。
柔らかい。
でも——
震えてる。
「大丈夫よ」
「……うん」
「必ず、帰ってくるから」
彼女が、僕の顔を見る。
目が、赤い。
「知ってる」
「あなたは——強いから」
「そして——」
「賢いから」
頬に、手を当てる。
「でも——」
「母親は、心配するの」
「それが、仕事だから」
涙が、出そうになる。
でも——
堪える。
(泣いたら、母さんが——)
深呼吸。
「行ってくる」
「ええ」
「行ってらっしゃい」
玄関。
父が、立っている。
荷物を、持って。
「父さん」
「これ、持ってけ」
小さな、ナイフ。
「護身用だ」
「使わないと思うけど——」
「お守り、みたいなもん」
受け取る。
重い。
でも——
温かい。
父の、手の温もりが残ってる。
「ありがとう」
父が、肩を叩く。
「お前が生まれた時——俺は怖かった」
「こんな世界で——こんな小さい命を守れるのかって」
「でも——」
視線が、合う。
「お前は、強くなった」
「だから——」
「信じてる」
「お前は、必ず帰ってくる」
「そして——」
「この世界を、変えるかもしれない」
胸が、熱い。
「……頑張る」
ガルムが、荷物を持って。
「レイ様」
「準備、完了です」
「ありがとう、ガルム」
外。
馬車が、待っている。
御者は——
アリエル。
「おはよう、レイ」
「……おはよう」
彼女が、微笑む。
「準備は?」
「……半分」
「正直ね」
荷物を、積む。
馬車に、乗る。
窓から、手を振る。
母が、泣いている。
父が、彼女を支えている。
ガルムが、敬礼。
(さよなら)
(また——)
馬車が、動き出す。
港が、遠ざかる。
家が、小さくなる。
そして——
見えなくなる。
母の、最後の手紙。
ポケットに、入ってる。
心臓の、近く。
(読んじゃダメ、って言われた)
(帰るまで、開けるなって)
でも——
匂いだけ、嗅ぐ。
母の、匂い。
家の、匂い。
涙が、出る。
でも——
拭かない。
(これも、記録だ)
転換:エルフ領域——停滞の都
三時間後。
森が、深くなる。
マナが、濃い。
空気が、変わる。
アリエルが、窓を開ける。
「ほら——森の匂い」
深呼吸。
甘い。
土。
木。
そして——
何か、古い。
腐ってない。
でも——
動かない。
(停滞の、匂い?)
遠く。
塔が、見える。
樹の、塔。
高い。
美しい。
でも——
(何か、おかしい)
「シルヴァン・イーヴンリース」
アリエルが、誇らしげ。
「私たちの、都」
息を呑む。
確かに、すごい。
でも——
ザワザワする。
前世の、記憶。
(廃墟のテーマパークみたいだ)
(綺麗だけど——)
(生きてない)
馬車が、門に近づく。
衛兵が、立っている。
エルフ。
長い耳。
鋭い目。
彼らが、僕を見る。
視線が——
刃物。
冷たい。
青い瞳が、光る。
氷のような。
皮膚を、刺す。
(歓迎、されてない)
アリエルが、気づく。
「気にしないで」
「保守派が、多いの」
でも——
僕は知ってる。
前世の、記憶。
(マイノリティの、現実)
(簡単には、終わらない)
門が、開く。
馬車が、入る。
都が、広がる。
樹上。
家々が、枝に浮かぶ。
橋が、空中に。
葉っぱが、風に揺れる。
エルフたちが、行き交う。
美しい。
優雅。
でも——
静か。
時が、止まったような。
同じ店が、並ぶ。
同じ看板。
同じ、商品。
(百年、変わってない?)
会話が、聞こえる。
「また、明日」
「ええ、また」
「いつものように」
同じ、言葉。
同じ、リズム。
(ループしてる?)
馬車が、止まる。
評議会の、前。
巨大な、樹。
幹に、扉。
床に——
術式。
複雑な、紋様。
でも——
(これ、罠の基礎構造だ)
喉が、渇く。
アリエルが、降りる。
「さあ——試験の時間よ」
深呼吸。
降りる。
地面が——
樹の、根。
全てが、生きてる。
でも——
動かない。
(停滞って、こういうこと?)
扉が、開く。
中から、声。
「アリエル・シルヴァ」
「人間の子を、連れてきたか」
「はい」
「入れ」
彼女が、手を伸ばす。
握る。
冷たい。
(え?)
いつもは、温かいのに。
今日は、違う。
(アリエルも——)
(緊張してる?)
頷く。
中へ。
クライマックス:評議会——傲慢な子供
広間。
円形。
天井が、高い。
周囲に、席。
エルフたちが、座ってる。
十数人。
全員が、僕を見る。
視線が——
審判。
中央に、一人。
長老。
白い髪。
長い髭。
目が——
深い。
古い。
でも——
冷たい。
「レイ・アルブライト」
「はい」
声が、反響する。
「九歳——」
「人間の、子供」
「我らの都で——学びたいと」
「はい」
「なぜ?」
質問が、重い。
全員の視線。
息が、詰まる。
でも——
「知りたいから」
「何を?」
「世界の、仕組みを」
「マナの、本質を」
ざわめき。
長老が、眉を上げる。
「そして——」
「この世界を、守る方法を」
静寂。
長老が、立つ。
「守る——?」
「傲慢だな」
「子供が」
言葉が、刺さる。
でも——
「傲慢、かもしれません」
「でも——」
前に、一歩。
「僕は、見た」
「マナが、腐るのを」
「人が、死ぬのを」
「システムが、不完全なのを」
ざわめきが、大きくなる。
「不完全——だと?」
「はい」
「だから——」
「知りたい」
「なぜ、腐るのか」
「なぜ、守れないのか」
「そして——」
「どうすれば、直せるのか」
評議会が、ざわつく。
「生意気な——」
「人間の子が——」
「黙れ」
長老が、手を上げる。
静まる。
彼が、僕を見る。
長い、沈黙。
そして——
「ならば——見せてもらおう」
「今から、試験を行う」
「合格すれば——学ぶ権利を与えよう」
「しかし——」
「不合格ならば——」
「二度と、来るな」
空気が、凍る。
アリエルが、僕を見る。
不安そう。
でも——
僕は、頷く。
(やる)
長老が、杖を叩く。
床の術式が——
光る。
(やっぱり、罠だ)
でも——
逃げない。
「では——」
「始めよう」
エンディング:同時刻——動き出す影
【ルミナス港】
母が、窓辺に。
港を、見つめる。
父が、背後から抱きしめる。
「大丈夫だ」
「……ええ」
でも——
涙が、止まらない。
海が、広がる。
波が、寄せる。
遠く。
森の方角。
雲が、動く。
風が、吹く。
変化の、予兆。
【観察者の部屋】
彼女が、水晶を見る。
映像。
レイが、評議会に立つ。
「始まった」
「でも——まだ、早い」
「彼は、知らない」
「真実の、重さを」
水晶が、輝く。
映像が、変わる。
古代の、遺跡。
扉。
封印された。
でも——
ヒビが、入ってる。
「時間が、ない」
立ち上がる。
マントを、羽織る。
部屋を、出る。
廊下。
暗い。
足音だけが、響く。
そして——
消える。
影に。
夜に。
真実へと——
【エルフ評議会。試験開始】
長老が、宣言する。
「第一試練——」
「感情マナの、七色変化」
「制限時間——」
「一刻」
床の術式が、脈打つ。
レイが、目を閉じる。
(来た)
マナを、感じる。
流れが——
見える。
青い、光。
でも——
その下に。
赤黒い、何か。
(これ——)
(罠の、マナだ)
評議会が、見守る。
冷たい、視線。
アリエルが、祈るように。
そして——
レイが、目を開ける。
手を、伸ばす。
「《ルミナス・スペクトラ》」
光が、溢れる。
七色に——
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第5章 第7話 完
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エルフ評議会の長老から「傲慢」と断じられながらも、世界の不完全さを直したいという決意を叩きつけたレイ。
合格か、永久追放か。
退路を断たれた第一試練の術式が起動し、少年は仕掛けられた罠の予感に震えながらも七色の魔力を解き放つ。
最適化された選択は、次にどんな形で世界から返ってくるのか。
よろしければ、
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