第8章29話 観測圏
測定器が、震えている。
明滅ではなく、手に伝わる細かい振動。
北へ進むほど強まるその震えは、同じ場所にいるアリスの端末には現れない。
自分だけが何かに連動しているという違和感が、レイの指先をじわりと冷やす。
測定器が、まだ揺れている。
移動を再開してから、ずっとそうだった。
明滅ではない。
振動だ。
持っている手に、細かい震えが伝わってくる。
指先が、じわりと冷たい。
「私も確認しています」
セラが両手で測定器を包むように持ちながら言った。
昨日から変えた持ち方だ。
「私のは——」
アリスが少し後ろから声を出した。
「揺れていないんですが」
レイは振り返った。
アリスが自分の測定器を差し出すように見せている。
光量は変わっていない。
振動もない。
ただ、北の方向に向けると反応が強まる——それだけだ。
「同じ場所にいるのに」
レイが言った。
「はい」
セラが答えた。
「量は、同じです。
なのに反応が違う」
「測定器の個体差じゃないのか」
マーカスが言った。
「同じものが二台あるわけじゃない」
誰も即座に否定できなかった。
北に向かうほど、振動が強くなっている。
気のせいではなかった。
最初に気づいたのは昨日の昼過ぎで、今朝の移動でさらに確かになった。
何かと連動している。
ただ、何と連動しているのかが——分からない。
「止まってみる」
レイが言うと、全員が足を止めた。
振動が——弱まった。
数秒かけて。
まだ消えていない。
でも確かに、弱くなった。
レイは測定器をベルトに挿した。
そのまま、三歩歩いた。
手に、何も持っていない。
それでも——指先に、かすかな震えが残っている気がした。
気がした、だけかもしれない。
測定器を戻して確認すると、振動はある。
挿している間のことは分からなかった。
「進むと、戻るか」
マーカスが確かめるように言った。
「距離が、関係してる」
「北に近づくほど強くなっています」
セラが続けた。
「量は変わらないのに」
アリスがゆっくり近づいてきた。
レイの測定器と自分の測定器を並べて見比べる。
「私の測定器では、反応しません」
少し間があった。
「だから——あなた自身に、反応してるかもしれません」
かもしれません、で終わった。
断定ではなかった。
でも言葉は落ちた。
「それとも」
アリスが続けた。
「あなたが使っている魔法の残留か。
北のマナか。
私には絞れません」
レイは自分の右手を見た。
測定器を握っている手。
振動が、手のひらから伝わってくる。
測定器なのか。
手なのか。
自分なのか。
草を踏む音がした。
ガルムが先に動いていた。
トーマスも双剣を抜いている。
レイは反射的に測定器を握り直した——省エネ版は、使わない——森の影から三体が出てきた。
ウルフ種だ。
ガルムが一体に飛びかかった。
音は短かった。
トーマスが残り二体を左右に分断する。
レイとセラは測定器を向けた。
振動が——強まった。
遭遇の間だけ。
三体が処理されると、また元の強さに戻った。
何かが変わった。
でも喉の奥が、ひりつく。
遭遇が仮説の材料になるのか、それとも無関係なのか。
どちらとも言えなかった。
鳥の声は戻らなかった。
ガルムが森の方を向いたまま、動きを止めた。
毛が逆立っている。
低く、一度だけ唸った。
全員が息を止めた。
「中心」
全員がガルムを見た。
それ以上は言わなかった。
カイラが一歩、後ろに下がった。
セラが静かに口を開いた。
「もし反応圏の中心がレイさんだとしたら」
一度止まってから、続けた。
「存在が来ていなくても——観測は、されています」
「来て、見て、退く——それが今までの行動パターンでした。
でも観測が目的なら、来なくても観測できる場合がある。
反応圏があるなら、反応を見るだけで十分かもしれない」
「それに」
セラが付け加えた。
「観測が続いているなら——来るタイミングを、選んでいる可能性があります」
鳥の声はまだない。
測定器はまだ振動している。
遭遇の間だけ強まって、また戻った。
存在は来ていない。
でも何かが、見ている。
「思い込みじゃないのか」
マーカスが言った。
感情のない声だった。
「振動が強くなったのは遭遇のせいかもしれない。
お前が反応圏の中心だという根拠は、まだない」
「ない」
レイは言った。
「だから確かめたい」
「止まらない方がいい」
マーカスが言った。
「動いていれば、少なくとも位置は変わる」
移動を再開すると、振動が戻った。
こめかみが、じわりと重い。
残り四日以下。
疲労度を数えようとして、やめた。
「試したいことがある」
「省エネ版か」
マーカスが言った。
「反応圏の中で使えば——来るかどうか分かる。
来ないなら、反応圏そのものの性質が変わる。
来るなら、それが答えになる」
「存在を、呼び込む可能性があるということか」
「ある」
「今の疲労度で対処できるか」
レイは答えなかった。
「今日か」
マーカスが言った。
「それとも野営してからか」
レイは測定器を見た。
振動している。
遭遇の間だけ強まった。
鳥の声はない。
残り四日以下。
答えを出さなかった。
後ろでページをめくる音がした。
「記録する」
エルネストが言った。
「今のを、全部」
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(8章29話 終)
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もし反応圏の中心が自分だとしたら、目に見えぬ「存在」はすでに観測を終えているのかもしれない。
存在を呼び込むリスクを承知で、省エネ版を起動し正体を暴くべきか。
レイは振動する掌を見つめ、決断の時を計る。
次にレイは、何を"確かめにいく"のか。
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