【第8章第8話】 北の光、追撃の森
応援部隊が到着する中、レイの持つ旧式の測定器だけが、異常なほどの光を放ち始めた。
まるで北の塔に「呼ばれている」かのような違和感を抱きつつ、少年は最後の装置を求めて禁じられた森へと足を踏み入れる。
──その先に、これまでの魔獣とは一線を画す「Level 2」の脅威が潜んでいるとも知らずに。
朝
窓から差し込む光が、ノートの上に細い線を描いていた。
僕は、測定器を握りしめたまま、眠っていたらしい。
手の中で、測定器が微かに光っている。
北からの信号は、まだ来ている。
「……おはよう、レイ」
セラの声。
振り向くと、彼女は包帯を巻いた肩を押さえて、窓辺に立っていた。
「セラ、肩……」
「大丈夫です。浅い傷ですから」
そう言いながらも、顔色は良くない。
昨日の戦闘は、僕たちが思っていた以上に、厳しかった。
十体以上。
空気圧縮魔法を四回使った時点で、僕の視界は歪んだ。
膝が崩れた。
もう一回使えば、たぶん、倒れていた。
ガルムも、今朝は動けない。
宿の裏で、丸くなって眠っている。
「……測定器、ずっと光ってますね」
セラが、僕の手の中を見て、呟いた。
「うん。北からの信号、止まらない」
「強くなってます?」
「……多分」
僕は測定器を窓の外へ向けた。
北。
光が、昨夜より強い気がする。
「セラ」
「はい?」
「……北の塔、待ってるのかな」
「待ってる?」
「四つ目を。最後のピースを」
セラは、少し考えてから、頷いた。
「……そうかもしれません」
「レイ」
「うん?」
「ギルドから、連絡が来ました」
セラが、小さな紙片を差し出した。
父さんが受け取ったものらしい。
『応援部隊、本日正午到着予定。エルネスト』
「……今日?」
「はい」
僕とセラは、顔を見合わせた。
正午
ギルドの前に、五人が立っていた。
エルネストと、見知らぬ四人。
「よく来たな」
エルネストが、僕を見て言った。
「こちらが応援部隊だ」
四人が、順に名乗った。
「リーダーのマーカスだ。重戦士」
背の高い男。大盾を背負っている。
「カイラ。回復魔導師」
若い女性。杖を持っている。
「トーマス。斥候」
小柄な男。双剣を腰に下げている。
「アリス。魔導師」
眼鏡をかけた女性。測定器を首から下げている。
「……よろしく」
僕は、頭を下げた。
「こちらこそ。君がレイか」
マーカスが、僕の顔を見て、少し驚いたような顔をした。
「……子供だな」
「はい」
「だが、お前が塔を直したんだろう?」
「……はい」
「すごいことだ」
マーカスは、真剣な顔で言った。
「だが、今は戦う。港町を守る。それでいいな?」
「……はい」
「よし。じゃあ、状況を教えてくれ」
作戦会議
ギルドの奥の部屋。
地図が広げられている。
僕は、昨日までのことを説明した。
東西南の補助装置。
掘るたびに、魔獣が増えること。
昨日は、十体以上来たこと。
今日も、たぶん、もっと来ること。
「……なるほど」
マーカスが、腕を組んだ。
「装置を掘れば、魔獣が来る。確実に」
「はい」
「で、北の装置は、まだ掘ってない」
「はい。場所が分からないので」
「分かった。じゃあ、今日の目的は二つだ」
マーカスが、地図を指差した。
「一つ。港町の防衛」
「二つ。北の装置を探す」
「……両方?」
「ああ。お前が言ったんだろう? 四つ揃ったら、何かが起きるって」
「……はい」
「なら、確かめないといけない。だが、その前に、港町を守る」
マーカスは、地図の上に駒を置いた。
「俺たちは、港町の東西南を固める。お前たちは、北を探す」
「……僕たちが?」
「ああ。お前の測定器が、一番正確だ。俺たちのじゃ、北の信号を捉えきれない」
アリスが、測定器を取り出した。
彼女の測定器は、僕のv2より大きいが、北へ向けても、反応が弱い。
アリスが、自分の測定器を僕の横に並べた。
彼女のは、微かに光っている。
僕のは、眩しいほど光っている。
「……同じ方向を向けているのに」
アリスが、測定器を回した。
「私のは、ほとんど反応しない」
「……なんでだ?」
エルネストが、僕の測定器を覗き込んだ。
「お前のだけ、異常に反応が強い」
「……分かりません」
僕も、理由は分からない。
ただ、塔を直してから、測定器の反応が変わった気がする。
「可能性は二つ」
アリスが、僕の測定器を見つめた。
「一つ。あなたの測定器が、特別な何かと『同調』している」
「もう一つは?」
「北の塔が、あなたを『呼んでいる』」
部屋が、静かになった。
「……呼んでる?」
「ええ。塔を直したのは、あなた。だから、塔が認識している可能性があります」
セラが、僕を見た。
彼女の目に、不安が浮かんでいる。
「まあいい」
マーカスが、地図を叩いた。
「とにかく、お前が行け」
「ただし、条件がある」
「……条件?」
「魔獣と遭遇したら、即座に撤退。戦うな」
「……はい」
「装置を見つけたら、掘るな。場所だけ確認して戻れ」
「……はい」
「日没前に戻れ。それ以降は捜索禁止」
「……分かりました」
「よし。じゃあ、準備しろ。一時間後に出発だ」
出発前
宿の前。
父さんと母さんが、僕を見ていた。
「……気をつけろ」
父さんが、短く言った。
「うん」
「無理するな。見つからなかったら、諦めろ」
「……うん」
「ガルムは、今日は無理だ。セラフィナと二人で行け」
「……分かった」
母さんが、僕の肩に手を置いた。
「必ず、帰ってきてね」
「……うん」
セラが、隣に立った。
彼女の肩の包帯は、新しいものに変わっている。
「行きましょう、レイ」
「……うん」
僕たちは、北へ向かった。
北へ
港町の北。
森が広がっている。
木々の間を抜けて、僕たちは進んだ。
測定器を、北へ向ける。
光が、強い。
「……こっちです」
「はい」
セラが、後ろをついてくる。
彼女は、まだ、肩を押さえている。
「セラ、大丈夫?」
「大丈夫です。レイこそ、昨日……」
「……僕も、大丈夫」
嘘だ。
昨日の疲れが、まだ残っている。
手が、微かに震える。
でも、行かないといけない。
北の装置を見つけないと、何も分からない。
四つ揃ったら、何が起きるのか。
「……レイ」
「うん?」
「もし、四つ揃ったら……循環が完成するんですよね?」
「……多分」
「じゃあ、世界は、元に戻る」
「……そうだと思う」
「でも」
セラが、立ち止まった。
「でも、もし違ったら?」
「……違ったら?」
「もし、循環じゃなくて、別の何かが起動したら」
僕は、言葉に詰まった。
考えたくないことだった。
でも、セラは正しい。
「……分からない」
僕は、正直に答えた。
「でも、確かめないと」
「……そうですね」
セラが、また歩き出した。
森が、深くなる。
測定器の光が、さらに強くなった。
「……近い」
「はい」
そして、僕たちは、それを見た。
岩が、積み重なっている。
自然の岩じゃない。
規則的に、配置されている。
「……装置?」
「多分」
僕たちは、岩に近づいた。
岩の隙間から、覗く記号。
六つ。
東西南と同じ。
「……あった」
「はい」
僕は、測定器を岩へ向けた。
光が、振り切れた。
「……ここです」
「でも……」
セラが、岩を見上げた。
「埋まってます。掘るのは……」
「無理だ」
岩が、装置の上に崩れている。
これを動かすのは、僕たちだけじゃ無理だ。
「……場所だけ確認して、戻ろう」
「はい」
僕は、地図に印をつけた。
その時。
森が、静かになった。
鳥の声が、消えた。
「……レイ」
セラの声が、震えた。
「……来ます」
追撃
足音。
低く、重い。
一つじゃない。
たくさん。
僕は、測定器を足音の方へ向けた。
光が、揺れた。
マナが、乱れている。
魔獣だ。
しかも、たくさん。
「……逃げよう」
「はい」
僕たちは、走り出した。
後ろから、足音が迫ってくる。
速い。
昨日より、速い。
「レイ、左!」
セラの声。
僕は、反射的に左へ飛んだ。
次の瞬間、木が砕けた。
何かが、ぶつかった。
振り向く。
そこに、いた。
大きい。
昨日の魔獣の、倍以上。
灰色の毛皮。
鋭い牙。
四足で、地面を蹴っている。
「……Level 2……!」
セラが、息を呑んだ。
Level 2。
ギルドの分類で、中級魔獣。
僕たちだけじゃ、勝てない。
「……逃げるぞ!」
「はい!」
僕たちは、再び走った。
だが、魔獣は諦めない。
追ってくる。
そして、もう一体。
右から、飛び出してきた。
「くっ!」
僕は、空気を圧縮した。
息を吸う。
集中する。
手を前に突き出す。
空気の塊が、魔獣に当たった。
魔獣が、吹き飛ぶ。
だが、すぐに起き上がった。
視界が、少し歪む。
手が、震える。
昨日は四回が限界だった。
今日は、もっと悪い。
「……効いてない!?」
「レイ、また!」
後ろから、もう一体。
僕は、再び空気を圧縮した。
二回目。
呼吸が、乱れる。
膝が、笑う。
魔獣が、弾き飛ばされる。
でも、止まらない。
三回目は、危険だ。
使えば、たぶん、倒れる。
「……ダメだ、切りがない!」
「レイ、あそこ!」
セラが、崖を指差した。
崖の下に、川が流れている。
「飛び込むんですか!?」
「他に、ありません!」
僕は、歯を食いしばった。
そして、セラの手を掴んだ。
「……飛ぶぞ!」
「はい!」
僕たちは、崖から飛び降りた。
川
冷たい。
水が、僕たちを飲み込んだ。
息が、できない。
僕は、必死に水面へ向かった。
顔を出す。
息を吸う。
「セラ!」
「……ここです!」
セラが、少し下流で、岩に掴まっていた。
「大丈夫!?」
「はい!」
僕は、セラの方へ泳いだ。
そして、岸に上がった。
二人とも、ずぶ濡れだ。
「……魔獣は?」
セラが、崖の上を見た。
魔獣たちが、こちらを見ている。
だが、飛び降りてこない。
「……諦めた?」
「いえ」
セラが、測定器を取り出した。
濡れているが、まだ光っている。
「まだ、います。追ってきます」
「……マジか」
僕は、立ち上がった。
身体が、重い。
疲れが、限界に近い。
「……レイ、どうしますか?」
「……戻る。ギルドへ」
「はい」
僕たちは、川沿いに走り出した。
帰還
ギルドの前に、たどり着いたのは、日が傾き始めた頃だった。
マーカスたちが、外で待っていた。
「……レイ!」
マーカスが、駆け寄ってきた。
「どうした、ずぶ濡れじゃないか」
「……魔獣に、追われました」
「何?」
「北の装置、見つけました。でも、Level 2が、複数」
「……Level 2だと?」
マーカスの顔が、険しくなった。
「場所は?」
僕は、地図を取り出した。
濡れているが、印は残っている。
「……ここです」
「……森の奥か。遠いな」
マーカスが、地図を睨んだ。
「装置の状態は?」
「岩に、埋まってます。掘るのは、時間がかかります」
「……そうか」
マーカスは、腕を組んだ。
「エルネスト」
「ああ」
エルネストが、前に出た。
「どう思う?」
「……厳しいな」
エルネストが、地図を見た。
「装置を掘るには、時間がかかる。その間、Level 2が来る」
「俺たちで、防げるか?」
「……分からん。数による」
「レイ、何体いた?」
「……少なくとも、三体」
「三体か……」
マーカスが、唸った。
「カイラ、トーマス、アリス」
「はい」
三人が、応えた。
「お前たちは、どう思う?」
「……難しいです」
カイラが、首を振った。
「Level 2三体を相手に、装置を掘るのは、リスクが高すぎます」
「同感だ」
トーマスも、頷いた。
「斥候として言わせてもらえば、森の中での戦闘は不利だ」
「アリス」
「……データが足りません」
アリスが、測定器を見た。
「Level 2の正確な数、装置の埋没深度、掘削に必要な時間。全部、不明です」
「……でも」
僕は、声を上げた。
「でも、北の塔は止まらない。今も、音を出してる」
「分かってる」
マーカスが、僕を見た。
「だが、お前が死んだら、誰が掘る?」
「……それは」
「明日だ。焦るな」
僕は、唇を噛んだ。
マーカスは、正しい。
でも。
でも、何かが、急かしている。
北の光が、強くなっている。
「……分かりました」
「よし」
マーカスが、地図を叩いた。
「じゃあ、決める。今日は、撤退だ」
「装置を掘るのは、明日以降にする。今日は、情報が足りない」
「明日、もう一度、偵察に行く。装置の状態を詳しく調べる。魔獣の数も確認する」
「その上で、作戦を立てる。それでいいな?」
「……はい」
僕は、頷いた。
「よし。じゃあ、今日は解散だ。明日、朝八時にギルド集合」
「はい」
夜
宿の部屋。
僕とセラは、濡れた服を着替えて、ベッドに座っていた。
「……疲れましたね」
セラが、肩の包帯を巻き直しながら、言った。
「うん」
僕は、測定器を見た。
まだ、光っている。
北からの信号は、止まらない。
「……レイ」
「うん?」
「一つ、言っておきます」
セラが、僕を見た。
「明日、装置を掘れば、魔獣は確実に来ます」
「……うん」
「Level 2か、もっと強いのが」
「……分かってる」
「ギルドの人たちがいても、危険です」
セラの声が、震えた。
「レイが、倒れる可能性もあります」
「……大丈夫」
「大丈夫じゃありません」
セラが、僕の手を掴んだ。
「私、レイを失いたくない」
僕は、セラの目を見た。
彼女の目に、涙が浮かんでいる。
「……セラ」
「でも」
セラが、涙を拭った。
「でも、確かめないといけないんですよね」
「……うん」
「四つ揃ったら、何が起きるのか」
「……うん」
「一緒に、確かめましょう」
セラが、僕の手を握りしめた。
「……うん」
僕たちは、手を取り合った。
窓の外。
北の光が、また強くなった気がする。
明日。
北の装置を掘る。
そして、確かめる。
四つ揃ったら、何が起きるのか。
世界は、どう変わるのか。
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(8章 第8話 終)
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濁流へ飛び込み、死地を脱したレイたちの手には、ようやく「四つ目の装置」の所在が刻まれた。
だが、重戦士マーカスらプロの冒険者ですら慎重にならざるを得ないほど、北の森の「世界の拒絶」は激しさを増している。
次にレイは、身体の限界を超えたその先で、何を"掘り起こし"にいくのか。
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