8章サブ話①: 世界観測ログ:通し番号 不明「十二の塔が、一秒で揃った夜」
観測塔のレオンは、指先の震えを止めることができなかった。
測定器が示した誤差ゼロの同期。それは自然界には存在し得ない、あまりに不自然な「正常さ」だった。
【世界観測ログ:通し番号 不明】
—十二の塔が、一秒で揃った夜—
記録時刻:深夜〇四時一七分
【帝国首都・第一観測塔 主任観測士:レオン・ヴァルター 個人記録】
測定器が、振り切れた。
全部、同時に。
〇四時一七分三二秒。
十二地点、全て。
間隔:一・〇〇秒。
誤差:ゼロ。
誤差が、ゼロ。
自然現象に、誤差ゼロはない。
これは実験ではない。
では何か。
では——
(記録中断。理由:不明。二時間一四分の空白)
〇六時三一分、記録再開。
上記の事象について。
原因を、自律的起動シーケンスと推定することにした。
そう、推定することに、した。
【教会聖都・枢機卿府 内部書簡 最高機密指定:Ω】
差出人:第三枢機卿 エドムンド・ライエル
受取人:異端審問局長 ████████
夜分に失礼します。
今夜、北の塔が赤に変じました。
記録には残しません。
神学的に、残せません。
なぜなら——
代償の記録が、ない。
使用された魔法の種類:不明。
術者が支払ったもの:████。
神の摂理では、代償なき奇跡は存在しません。
存在してはならないのです。
だから、これは奇跡ではありません。
これは奇跡ではありません。
奇跡ではありません。
調査を急いでください。
対象は港町。
子供が、二名います。
女児の素性については、担当者が一切の記録を残していません。
理由も記録されていません。
担当者に確認しましたが、返答はこうでした。
「書き方がわかりません」
(追記は途切れている)
【エルフ・古老評議会 緊急招集記録 第七三〇八回】
【本記録は評議会決議により七割が非公開。以下は残存部分】
議長:
「マナの流れが変わった」
第二長老:
「我々が知る流れか」
議長:
「……知らない」
(沈黙。記録者注:この間、四分十二秒)
議長:
「古い契約の第三条に、この状況に対応する記述がある」
第五長老:
「読み上げるか」
議長:
「読み上げない」
(沈黙)
第五長老:
「なぜ」
議長:
「████████」
(以下、全文非公開)
記録者注:第三条の内容を知る長老は現在三名。
うち一名は退席後に卒倒。
うち一名は翌朝、評議会を辞職。
【冒険者ギルド本部 速報 最優先・全支部配信】
港町支部より。
沈黙の塔、完全稼働確認。
調査担当:エルネスト・████。
修復実行者データ:
年齢:████
職業:────
ギルド登録:なし
魔法系統:記録拒否(担当エルネスト本人による)
使用した技術の分類:记录拒否
使用した技術の名称:記録拒否
本部より担当エルネストへ確認。
「なぜ記録しないのか」
回答:
「書いても信じない」
再度確認。
「命令だ。書け」
回答:
「では書く」
「ただし正確には書けない」
「なぜなら私にも分からないから」
本部注:エルネストは二〇年のキャリアを持つ最高評価の調査官です。
本部注:報告書の最終ページは存在します。
本部注:最終ページの内容は確認できていません。
本部注:████████████████████████████████████。
【港町・漁師組合 バルド親方(六二歳)への聞き取り記録】
【記録者:見習い書記・マルク(一六歳)】
「あの子のことか」
「塔を——なんと呼んでるかって?」
「“塔を歌わせた子”。それが今の呼び名だ」
「本当の名前?」
「……知ってる」
「ただ、言えない」
「言いたくないんじゃない」
「言おうとすると」
「なんか、うまく口から出ないんだ」
「なんでかはわからん」
「ただ、あいつが北へ向かった日からさ」
「海が、変わった」
「魚は増えた」
「だけどおかしいんだよ。網に入る魚の種類が変わった」
「前には見たことない種類が、来てる」
「静かすぎる。嵐の前みたいに、静かだ」
(マルクによる注:この発言の直後、バルド親方は北の空を長く見ていた。
何か言おうとして、やめた。
聞き取りはここで終わった)
【帝国首都・第一観測塔 追記 〇六時五一分】
レオン・ヴァルター。
未解決事項:
・同期の前回記録:████年(閲覧権限:S級以上)
・修復実行者の詳細:取得不能
・北の塔が「赤」に達した後の挙動:観測中
・なぜ自分が「自律的起動シーケンス」と記録したのか。
わからない。
正確には——
そう書けば、これが説明できると思ったからだ。
だが書いた後、何も説明できていないことに気づいた。
観測を続ける。
ただし今夜から。
測定器を北に向けるのが、少し——
少し、怖い。
理由は書かない。
書けば、記録になるから。
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(8章サブ話① 終)
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各地の観測記録は、事実を記述することを拒み、あるいは黒塗りのまま放置された。
起きたことは誰の目にも明らかだったが、それを定義できる言葉を誰も持っていない。
観察は、続く。




