【第8章 第2話】 不規則な鼓動
塔の修復を経て、世界は確実に回復の兆しを見せている。
だが、レイが信じていた「加速する規則性」は、ストップウォッチの指し示す不規則な数値によって静かに否定された。
──予測が通用しない領域へ、世界が一段階「進んで」しまったのかもしれない。
窓を開けると、冷たい空気が部屋に流れ込んだ。
レイは測定器を手に取り、いつもの位置に立つ。
窓枠に肘をつき、北へ向ける。
測定器が光る。
強く、連続的に。
そして——消える。
「……また、飽和」
セラフィナが隣に立つ。
肩が触れる距離。
「昨日と同じです」
「ガルムは?」
「お父さんが、今日は休ませろって」
「……そっか」
レイは測定器を東へ向ける。
微かに光る。
弱いが、確実に反応している。
「東、昨日より強い?」
「……少し、かもしれません」
セラが測定器を受け取り、南へ向ける。
光る。
東よりは弱い。
「南も、反応してます」
「西は?」
測定器を回す。
ほとんど光らない。
かろうじて見える程度。
「弱いです」
レイはノートを開き、記録する。
33日目・朝
北:飽和(測定不可)
東:微弱(昨日より強い?)
南:微弱
西:ほぼなし
ペンを置き、セラの方を向く。
「……なあ、セラ」
「はい」
「俺たち、結局何を直したんだろう」
セラフィナが少し考える。
「循環システム、です」
「それは分かってる。
でも——」
レイは窓の外、遠くの北を見る。
「塔の機能って、結局何だったと思う?」
セラが視線を下げ、考える表情。
「……マナを、流す装置」
「流すだけ?」
「いえ——変換、してました」
「変換」
レイがノートを開く。
港町東の塔で見た記号の図。
「受け取って、変えて、出す」
「はい」
「じゃあ、北の塔は——」
セラが視線を上げる。
「……何を、受け取ってるんでしょう」
「もし全部の塔からマナが集まってたら——」
レイが言葉を切る。
「……限界、来るかもな」
セラの表情が少し固くなる。
「来たら?」
「分かんない。
でも——」
レイがノートに書く。
仮説A:
北の塔は、循環の”終点”または”始点”
→ 他の塔から送られてきたマナを受け取っている?
→ 全部が集まったら、何かが起きる?
「成立条件は?」
セラが即座に答える。
「他の塔からの信号が、北へ向かって流れている」
「否定条件は?」
「……北が、単独で暴走している」
レイが頷く。
「確かめる方法は?」
「他の塔の状態を知る、ですが——」
「遠すぎる」
「はい」
レイがペンを回す。
「……じゃあ、色」
「色、ですか?」
「港町東の塔は、青・緑・黄色って順番に光った」
「はい」
「波長順だった」
「……そうです」
レイがノートに書く。
仮説B:
色変化には規則性がある
→ 次は橙か赤
→ 光の波長順に変化している
「成立条件」
セラが考える。
「……次が、橙または赤」
「否定条件は?」
「順番が飛ぶ、または——」
「色が戻る」
「はい」
レイが測定器を見る。
「これじゃ、色は測れない」
「目視、しかありません」
「……ストップウォッチは?」
「脈動間隔なら、測れます」
レイがノートに書く。
仮説C:
脈動は加速を続ける
→ 三秒 → 二秒 → 一秒 ときて、次は?
→ 0.8秒? 0.5秒?
「成立条件」
「さらに短縮」
「否定条件」
「一秒で安定、または——」
セラが視線を上げる。
「不規則化」
「不規則?」
「間隔が、バラバラになる可能性」
レイが頷く。
「……それ、怖いな」
「はい」
窓の外、北の方角。
光の柱が見える。
細く、青い。
いや——
「……セラ、色」
「はい?」
「青じゃない」
セラフィナが窓に近づく。
目を細める。
「……黄色、です」
「昨日、緑だったよな」
「はい」
「ってことは——」
「変わった、んです」
レイがノートを開く。
32日目:緑
33日目:黄色
→ 仮説B、半分成立?
→ でも、いつ変わった?
「……見てなかった」
「夜の間、かもしれません」
「それとも、朝?」
「分かりません。
でも——」
セラが少し考える。
「次は、見逃さないようにしましょう」
「……一日中?」
「交代で、見張りますか」
レイが首を横に振る。
「……それ、無理じゃない?」
「無理、ですね」
レイがため息をつく。
「じゃあ、せめて脈動」
「測りますか」
「うん」
窓から北を見る。
光の柱が、脈打つ。
レイがストップウォッチを構える。
「……今」
ボタンを押す。
光る。
「一」
光る。
「二」
光る。
ストップ。
「……一秒」
「昨日と、同じです」
「もう一回」
リセット。
「今」
光る。
「一」
光る。
「二」
光る。
「……一秒」
セラが頷く。
「安定、してます」
レイがノートに記録する。
脈動間隔:1.0秒(2回測定)
「……じゃあ、仮説Cは」
「否定、でしょうか」
「いや——」
レイが視線を上げる。
「まだ分からない。
今、安定してるだけかも」
「……そうですね」
「もう一回、測ろう」
「はい」
レイがストップウォッチを構える。
「今」
光る。
「一」
光る。
レイの指が、止まる。
「……今、早く押した?」
セラが首を横に振る。
「押してません」
「……じゃあ、塔?」
ストップを押す。
「0.8秒」
セラフィナの目が少し見開く。
「……短く、なりました」
レイが胸に手を当てる。
空気が、一瞬重かった。
「……もう一回」
リセット。
「今」
光る。
「一」
光る。
ストップ。
「……一秒」
「戻りました」
「……なんで?」
セラが考える。
「分かりません」
レイがノートに書く。
脈動間隔:
1回目 1.0秒
2回目 1.0秒
3回目 0.8秒
4回目 1.0秒
→ 不規則化?
「……仮説C」
「はい」
「否定条件、成立した」
「……そう、ですね」
レイが窓枠に手をつく。
「不規則になってる」
「はい」
「ってことは——」
セラが視線を上げる。
「何か、変わってます」
「何が?」
「分かりません」
レイがストップウォッチを握る。
「……もっと測らないと」
「はい」
「一日中、記録しよう」
「一緒に、測りましょう」
レイが頷く。
「うん」
昼。
ギルドへ向かう。
港を通る。
漁船が、二隻出ている。
昨日は一隻だった。
「……増えてる」
セラが頷く。
「回復、してます」
甲板で、網に銀色が跳ねる。
魚だ。
漁師たちの声が聞こえる。
「今日も、獲れた」
「海が、戻ってきたな」
「でも——」
「塔が、な」
「……怖いよな」
レイとセラが通り過ぎる。
視線を感じる。
振り向くと、漁師が見ている。
目が合う。
漁師が小さく頷く。
レイも頷き返す。
「……見られてる」
「はい」
「噂、広まってるのかな」
「たぶん、です」
街中を歩く。
すれ違う人が、チラチラと見る。
「あの子たちが——」
「塔を——」
「本当かよ」
「ギルドが——」
声が途切れる。
レイが歩みを速める。
「……目立ってる」
「はい」
「エルネストに、目立つなって言われたのに」
「……でも」
セラが視線を上げる。
「もう、遅いかもしれません」
「……だよな」
ギルドに着く。
扉を開ける。
エルネストがいた。
地図を広げている。
「来たか」
「はい」
レイとセラが近づく。
地図を見る。
大陸全体。
十二の点に、印がついている。
「これ——」
「塔だ」
エルネストが指で示す。
「全部、光ってる」
「……全部?」
「ああ」
レイが地図を見る。
港町東。
南、三日の距離。
西、五日の距離。
北、七日の距離。
他にも、八つ。
「本当に、世界全体なんだ」
エルネストが頷く。
「お前が動かしたのは、港町東の塔だけじゃない」
「……」
「世界全体だ」
セラフィナが地図を見つめる。
「循環システム、起動しました」
「ああ」
エルネストが別の紙を取り出す。
「本部から、報告が来た」
レイがそれを見る。
文字がびっしり。
「北の塔、変化が加速してる」
「……知ってます」
「お前の測定器、まだ捉えてるか?」
「限界、近いです」
「そうか」
エルネストが視線を上げる。
「でも、測れる間は測れ」
「……はい」
「お前たちが、一番よく捉えてる」
レイが頷く。
「測ります」
「ただし——」
エルネストが声を落とす。
「目立つな」
「……はい」
「噂が広まってる」
「知ってます」
「教会も、そのうち知る」
「……」
「帝国も、だ」
セラフィナが少し身を固くする。
「……危険、ですか」
「分からん」
エルネストが地図を畳む。
「だが、用心しろ」
「はい」
レイが報告書を見る。
「……これ、借りていいですか」
「持ってけ」
「ありがとうございます」
レイが紙を受け取る。
「あと——」
エルネストが立ち上がる。
「北の塔、変化が止まらない」
「はい」
「もし、何か——」
エルネストが少し考える表情。
「大きく変わったら、すぐ報告しろ」
「分かりました」
レイとセラが扉へ向かう。
「レイ」
振り向く。
エルネストが真っ直ぐ見ている。
「無理するな」
「……はい」
夜。
窓辺。
レイとセラが並んで立つ。
ストップウォッチを持つ。
「今」
光る。
「一」
光る。
ストップ。
「……1.2秒」
セラがノートに書く。
「1.2秒」
「さっきは、0.9秒だった」
「はい」
レイがストップウォッチをリセットする。
「もう一回」
「はい」
「今」
光る。
「一」
光る。
ストップ。
「……一秒」
「一秒」
レイがノートを見る。
脈動間隔(夜):
1.0秒
0.9秒
1.2秒
1.0秒
→ 完全に不規則
「……バラバラだ」
セラが頷く。
「仮説C、否定されました」
「加速じゃなくて、不規則化」
「はい」
レイが窓枠に手をつく。
「……なんで」
「分かりません」
「塔、壊れてる?」
「……それとも」
セラが視線を上げる。
「何か、準備してる」
「準備?」
「分かりません。
でも——」
セラが北を見る。
「加速するはずだった。
でも、してない」
「不規則になった」
「はい」
「ってことは——」
「予想が、違った」
レイがノートを閉じる。
「……俺たち、何か見落としてる」
「はい」
「でも、何を?」
セラが首を横に振る。
「分かりません」
沈黙。
レイが測定器を東へ向ける。
光る。
昨日より、少し強い。
「……東」
「はい」
「明日、行ってみる」
「……目立ちますよ」
「分かってる」
「でも?」
「測定器、限界だから」
レイが測定器を見る。
「このまま窓から測ってても、分からない」
「……そうですね」
「だから——」
レイが視線を上げる。
「確かめる」
セラが少し考える。
「……一緒に、行きます」
「うん」
「早朝なら、人が少ないです」
「そうだな」
「港を通らない道を、探しましょう」
「うん」
レイが窓の外を見る。
北の光。
黄色。
脈打つ。
不規則に。
「……次は、どこだ」
セラが隣に立つ。
「分かりません」
「でも——」
レイがノートを開く。
「仮説は、揺れた」
「はい」
「ってことは——」
「何か、動いてます」
レイが頷く。
「明日、東を確かめよう」
「はい」
「一緒に」
「一緒に」
二人、窓から北を見る。
光が、脈打つ。
1.1秒。
次は0.8秒。
次は1.0秒。
不規則に。
-----
(第8章 第2話 終)
-----
加速ではなく、混迷を深める不規則な脈動。
数値化できない変化と周囲の視線が、観測を続けるレイたちを静かに追い詰めていく。
次にレイは、仮説が揺らぎ始めたこの状況をどう“確かめにいく”のか。
よろしければ、ブックマークで続きを追っていただけると嬉しいです。




