【第7章 第20話】 調査団
三十三日間の記録が、ついに「専門家」の目に触れる。
レイが差し出した三冊のノートは、冷徹な魔導師の指を止め、驚愕を誘った。
──自分の歩みは間違っていなかった。その確信が、レイを海底の扉へと突き動かす。
やっとだ。
三十三日間の記録を、見せられる。
レイは三冊のノートを抱えて、エルネストの前に立った。
「これ、見てください!」
ノートを差し出す。
エルネストが受け取り、ゆっくりと開く。
グラフ。時系列。方向別測定。記号のスケッチ。
「……すごいな」
ページをめくる手が、止まらない。
「発光時間の変化。色の記録。マナ濃度の方向別測定……」
レイが前のめりになる。
「最初は三十分だったんです。でも、だんだん長くなって——」
「六時間まで到達した、と」
「はい!」
エルネストが顔を上げる。
「色の変化も、全部記録してあるな」
「青白から、紫、オレンジ、白。揺らぎも——」
セラフィナが補足する。
「二十四日目から、光が揺らぎ始めました」
エルネストがセラフィナを見る。
「君が、セラフィナか」
「はい」
「君の分析も、記録に残ってるな」
セラフィナが微笑む。
「少しだけ、お手伝いを」
エルネストが微笑み返す。
「少しじゃない」
ノートを閉じて、レイに返す。
「これは立派な共同研究だ」
レイの胸が、熱くなる。
エルネストが振り返る。
「紹介しよう」
二人の魔導師が前に出る。
「リディア。古代魔法陣の専門」
短い金髪の女性が頷く。
「よろしく」
「マルコ。マナ測定の専門」
眼鏡の男性が、レイの測定器に目を留める。
「それ、君が作ったのか?」
レイが測定器v2を取り出す。
「はい! 基準値の二倍まで測れます」
マルコが手に取る。
「……ほう」
じっくり見て、頷く。
「それで東の塔は?」
「飽和しました」
マルコが眉をひそめる。
「それだけ濃いのか……」
護衛の二人——グレンとアイラ——が剣を帯びて立つ。
父が前に出る。
「バートです。レイの父親。俺も一緒に行く」
エルネストが頷く。
「分かった。人数は多い方がいい」
エルネストがノートに戻る。
「レイ。君の記録で、一番重要だと思うのは?」
レイが即答する。
「揺らぎの時間帯です」
「時間帯?」
「はい。朝六時、昼十二時、夜七時。六時間間隔で規則的でした」
エルネストが記録を確認する。
「……本当だ」
リディアが言う。
「規則的すぎる。自然現象じゃない」
セラフィナが頷く。
「塔の中で、何かが動いてるはずです」
エルネストが目を細める。
「それを確かめに行こう」
ギルドを出る。
街を東へ。
人は少ない。店も半分閉まっている。
レイが測定器v2を取り出す。
光が、強い。
「……やっぱり」
マルコも測定器を向ける。
「マナ濃度、上がってる」
「街中でも?」
「ああ。東に近づくほど、濃くなる」
セラフィナが呟く。
「影響が、広がってます」
港に着く。
船が、一隻だけ。
漁師が網を片付けている。
父が声をかける。
「調子はどうだ?」
漁師が顔を上げる。
「バートさん。相変わらず、ダメだ」
「魚は?」
「ほとんど獲れない。東の沖、もう近づけない」
漁師が調査団を見る。
「あんたらが、調査団か?」
エルネストが頷く。
「ああ。これから塔を調べる」
「気をつけてくれ。あそこは……変だ」
岩場を歩く。
波が、不規則に打ち寄せる。
ガルムが立ち止まる。
「……風が、ざわついてる」
グレンが警戒する。
「魔物か?」
「違う。もっと、大きい」
ガルムが東を見る。
「空気全体が、落ち着かない」
岩礁の先。
海の中。
石造りの塔。
白い光。
静かに、光っている。
レイが息を呑む。
「……あれだ」
マルコが測定器を向ける。
「……飽和した」
「うちのはもっと範囲が広いのに」
「それでも飽和?」
「ああ。相当な濃度だ」
リディアが塔を見る。
「あれが、沈黙の塔……」
エルネストが言う。
「古代のマナ制御施設だ」
レイが反応する。
「制御……してたんですか?」
「ああ。第二サイクルの」
「第二……」
セラフィナが補足する。
「今より昔の、文明です」
岩礁から、塔まで三十メートル。
水深三メートル。
エルネストが振り返る。
「まず、外周から調べる」
グレンとアイラが周囲を警戒。
マルコとリディアが測定器と記録道具を準備。
エルネストがレイに言う。
「君の記録だと、記号は螺旋状だったな」
「はい」
「外から見えるか?」
レイが目を凝らす。
「……見えます」
エルネストが頷く。
「じゃあ、近づこう」
エルネストが水に手を入れる。
「……温かい」
レイも手を入れる。
「本当だ。思ったより……」
マルコが測定する。
「周囲より、三度高い」
セラフィナが言う。
「マナが、熱に変わってるのかもしれません」
エルネストが頷く。
「ありえる」
波が、塔の周りで乱れている。
時々、大きく跳ねる。
アイラが言う。
「これ、危なくないか?」
エルネストが観察する。
「……引き込まれてる」
「塔の周りの水が、中心に向かって流れてる」
父が言う。
「昔から、引き込まれるって言われてる。だから漁師は近づかない」
エルネストが呟く。
「古代から、か……」
リディアが望遠鏡を取り出す。
「記号、見えるわ」
「幾何学的。魔法陣に似てる」
レイが言う。
「螺旋状に、十二個あります」
リディアが確認する。
「……本当ね」
「三つずつ、グループになってる」
レイがノートを開く。
「スケッチがあります」
リディアがスケッチを見て、目を見開く。
「……これ、すごいわ」
「よく描けてる」
レイが嬉しそうに頷く。
「ありがとうございます」
リディアが首を振る。
「でも、意味は分からない」
「私も、古代魔法陣の専門だけど……これは、初めて見る形」
マルコが測定を続ける。
「マナの流れ、塔に向かってる」
「塔が、吸い込んでる?」
「ああ。周囲のマナを集めてる」
セラフィナが言う。
「集めて、蓄積してる」
エルネストが頷く。
「それが、限界に近づいてる」
レイが記録を見る。
「発光時間が増えたのも……」
「ああ。塔が処理しきれなくなってる」
ガルムが立ち止まる。
「……中の動き、まだ速い」
エルネストが興味を示す。
「君、感じ取れるのか?」
「はい。獣人だから」
「何が動いてる?」
ガルムが首を振る。
「分からない。でも、規則的」
エルネストが呟く。
「機械、か」
エルネストが振り返る。
「外周の調査、これで終わりだ」
「次は?」
「中に入る」
グレンが言う。
「潜るのか?」
「ああ。入口は海底にある」
エルネストがレイを見る。
「君も、来るか?」
レイが頷く。
「はい!」
父が言う。
「俺も一緒だ」
セラフィナが立ち上がる。
「私も」
「セラ?」
「一人じゃありませんから」
午後一時。
一度、港に戻る。
昼食。装備の確認。
リディアが魔法陣を描く。
「水中呼吸の魔法、かけるわ」
レイが見る。
「……あ」
「どうした?」
「記号の間隔、広いですね」
リディアが頷く。
「そうよ。持続時間を延ばすため」
レイが思い出す。
自分が改良したのと、同じだ。
「効果、どれくらいですか?」
「十分間は持つわ」
セラフィナが言う。
「十分あれば、入口を見つけられます」
午後二時。
再び岩礁へ。
太陽が、高い。
塔の光は、昼間でも見える。
白く、静かに。
エルネストが指示する。
「まず、俺とグレンが潜る」
「入口を確認して、安全を確かめる」
「それから、全員で入る」
全員が頷く。
エルネストとグレンが水中呼吸の魔法を受ける。
ロープを体に縛る。
「行ってくる」
水に入る。
潜る。
レイ、セラフィナ、父、ガルム、リディア、マルコ、アイラ。
ロープを見守る。
五分。
ロープが動く。一回。
「大丈夫」の合図。
また五分。
ロープが動く。二回。
「上がる」
エルネストとグレンが浮上する。
「どうだった?」
エルネストが息を整える。
「入口、ある」
「魔法陣で、封印されてる」
リディアが前に出る。
「解読できそう?」
「……難しい」
「でも、不可能じゃない」
エルネストがレイを見る。
「君のスケッチ、役に立ちそうだ」
セラフィナが言う。
「入口の魔法陣、どんな配列でしたか?」
エルネストが砂の上に描く。
セラフィナが見て、レイのスケッチと比較する。
「……これ」
「分かるのか?」
「塔の記号と、似てます」
「似てる?」
「はい。向きが違うだけ」
リディアが目を見開く。
「向きが違う……逆?」
「はい」
「じゃあ、逆に配置すれば……」
エルネストが頷く。
「開くかもしれない」
エルネストが立ち上がる。
「もう一度、潜る」
「今度は、リディアも一緒だ」
レイが言う。
「俺も、行きます」
エルネストが言う。
「君のスケッチが必要だ」
「一緒に来てくれ」
父が頷く。
「分かった。じゃあ、俺も」
セラフィナが立ち上がる。
「私も」
レイとセラフィナ、視線を交わす。
セラフィナが微笑む。
「一緒に、見ましょう」
レイが頷く。
「うん」
午後三時。
全員が水中呼吸の魔法を受ける。
ロープを縛る。
エルネスト、リディア、グレン、父、レイ、セラフィナ。
六人。
マルコとアイラとガルムが、岸で待つ。
「気をつけて」
「ロープ、何かあったら引いてくれ」
「分かった」
水に入る。
冷たい。すぐに温かくなる。
潜る。
一メートル。二メートル。
水の中。
音が、遠い。
三メートル。
海底。
塔の基部。
そして、扉。
石造り。
魔法陣が刻まれている。
リディアが近づく。
レイもノートを開く。
防水袋に入れてある。
スケッチを確認。
セラフィナが隣に並ぶ。
エルネストと父とグレンが、周囲を警戒。
静かな海底。
塔の光が、水を照らす。
白く、静かに。
リディアが記号を追う。
レイが比較する。
セラフィナが向きを確認する。
そして——
リディアが指を止める。
「……これ」
扉の魔法陣。
中央に、一つ。
逆向きの記号。
リディアが手を伸ばす。
記号に、触れる。
光る。
扉が、震える。
ゆっくりと、開く。
扉の向こう。
暗い通路。
でも、光が漏れてる。
奥から。
白い光。
エルネストが合図する。
「入るぞ」
全員が頷く。
一人ずつ。
エルネスト、グレン、リディア、父、レイ、セラフィナ。
通路に入る。
石の壁。
古代の建造物。
足元、水はない。
空気がある。
通路を進む。
十メートル。
光が、強くなる。
そして——
広い空間。
塔の内部。
中央に、柱。
光る柱。
白く、脈動している。
壁に、記号。
螺旋状に、刻まれている。
レイが息を呑む。
「……これ」
測定器v2を取り出す。
向ける。
光が、強く反応する。
「やっぱり……」
セラフィナがレイの袖を軽く引く。
「レイ、あれ」
柱を指差す。
レイが目を凝らす。
「記号……スケッチと、同じだ」
でも、実物は、もっと大きい。
もっと、複雑。
リディアが記号を見る。
「すごい……」
「こんな規模の制御施設、見たことない」
エルネストが言う。
「制御してたんだ……」
レイが頷く。
「これが、沈黙の塔」
そして——
柱が、音を立てる。
低く、規則的。
振動。
レイとセラフィナ、同時に反応する。
「あ」
「あ」
セラフィナが呟く。
「……動いてます」
「今も、動いてる」
エルネストが頷く。
「ああ」
レイが柱を見る。
光が、揺らぐ。
白く。
静かに。
でも、確かに。
何かが、動いている。
レイが一歩、前に出る。
「これ……触って——」
エルネストが制止する。
「まだ早い」
「まず、記録だ」
レイが頷く。
でも、視線は柱から離れない。
セラフィナが呟く。
「これが……世界の」
言葉が、途切れる。
柱の光が、少しだけ強くなる。
まるで、反応したように。
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第7章 第20話 完
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海底の扉を開けた先に待っていたのは、脈動する光の柱だった。
「沈黙の塔」が今もなお駆動し、何かを制御し続けている事実にレイは息を呑む。
目の前の光は、あたかもレイたちの到来を待っていたかのように強まり始めた。
次に主人公は、何を“確かめにいく”のか。
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