【第7章 第19話】 十三日間
三十三日間、レイは窓越しに世界の「震え」を記録し続けた。
五つの色、六時間の周期、そして不気味なほどの静止。
蓄積された三冊のノートは、もはや子供の自由研究の域を超えている。
──その価値を、世界は正しく評価する準備ができていた。
朝。窓を開ける。白い光。
測定器を向ける。
「……また!」
一瞬、薄い黄色。すぐに戻る。
「三色目! これ、パターンが見えてきた」
セラフィナがノートに記録する。
二十五日目。朝六時。白→黄→白。揺らぎ継続。
「頻度が増えてます」
「うん。昨日は二回。今日は……」
「まだ朝ですから」
レイが窓を見る。
「このペースだと、もっと増えるかも」
ガルムが戻ってくる。
「レイ、セラ」
「どうだった?」
「港、静かだった。漁師、また減ってる」
「減ってる?」
「うん。昨日は三隻出たけど、今日は一隻だけ」
レイが頷く。
「……そうか」
「魚、ほとんど獲れないらしい」
セラフィナが呟く。
「影響が、広がってます」
父が宿に戻ってくる。
「レイ。ギルドから連絡」
「調査団?」
「ああ。予定通り、十二日後に到着する」
レイが頷く。
「よかった……」
父が地図を広げる。
「調査団、五人編成だそうだ」
「五人?」
「リーダーのエルネスト。魔導師二名。護衛二名」
セラフィナが反応する。
「……五人」
「本格的だな」
父が頷く。
「ああ。本気で調べるつもりだ」
二日間。レイは毎朝、窓を開け、測定し、記録した。
揺らぎは続いた。
二十六日目。
朝、昼、夜。
白→青→白、白→緑→白、白→黄→白
二十七日目。
朝、昼。
白→青→白、白→赤→白
「四色目……赤、初めてだ」
セラフィナが記録を見る。
「色が、増えてます」
「パターンも複雑になってる。これ面白いな」
夜。リビング。
セラフィナが言う。
「レイ。エルネストのこと、少し話してもいいですか?」
レイが振り返る。
「うん」
セラフィナが座る。
「私、名前だけ知ってます。管理者だった頃の記録に、残ってました」
「どんな記録?」
「……彼は、古代遺跡を専門にしてる魔導師です」
「古代遺跡?」
「はい。塔のような、古い施設を調べてる人」
レイが頷く。
「じゃあ、適任なんだ」
「……そうですね」
「でも?」
セラフィナが首を振る。
「何でも——」
レイが遮る。
「セラ、不安なの?」
セラフィナが顔を上げる。
「……少し」
「エルネストのこと?」
「はい。記録に、彼の性格まで残ってなくて……」
レイが微笑む。
「大丈夫。セラが一緒だから」
セラフィナが頷く。
「……はい」
朝。
揺らぎ。白→紫→白。
「五色目!」
レイがノートに記録する。
「青、緑、黄、赤、紫。全部の色、出たな」
セラフィナが言う。
「次は?」
「……分からない。でも——」
昼。
レイがノートを開く。
「セラ、色の順番、見てみたい」
「順番?」
レイが記録を並べる。
青、緑、黄、赤、紫
「最初は青。次が緑……順番、あるのかな」
セラフィナが考える。
「……波長、かもしれません」
「波長?」
「はい。光の波長。青が短くて、赤が長い」
レイが目を見開く。
「そうか! 波長順だ。これ面白い」
レイが測定器を取り出す。
「待って。測定器で色を記録できないかな」
測定器を向ける。
光る。でも、色は分からない。
「……やっぱり無理か」
セラフィナが言う。
「測定器は、量しか測れません」
「そうだよな……」
レイがノートに色の順番を図示する。
青 → 緑 → 黄 → 赤 → 紫
「でも、待って」
「レイ?」
「紫は、青より短いはずだよね?」
セラフィナが頷く。
「はい。順番が、合いません」
レイが考える。
「じゃあ、波長じゃないのかな……」
「……かもしれません」
二日間。揺らぎは続いた。でも、新しい色は出なかった。
二十九日目。
青、緑、黄、赤、紫
朝・昼・夜、全て同じパターン
三十日目。
青、緑、黄。
朝・昼のみ
「同じ色を繰り返してる」
レイがノートを見直す。
「待って。揺らぎの時間帯……」
「レイ?」
「朝六時、昼十二時、夜七時。規則的だ」
セラフィナが確認する。
「……本当ですね」
「六時間間隔、か」
朝。窓を開ける。
白い光。
「……あれ?」
揺らがない。
「揺らいでない」
セラフィナが立ち上がる。
「本当ですね」
測定器を向ける。
「反応は、同じ。光だけ?」
「はい」
レイが記録する。
三十一日目。揺らぎなし。白色発光のみ。
「止まった……?」
午後。父が戻ってくる。
「レイ。ギルドから。調査団、明後日到着だ」
レイが立ち上がる。
「明後日……三十三日目?」
「ああ。予定通りだ」
「準備、できてるか?」
「うん」
「セラも?」
セラフィナが頷く。
「はい」
朝。窓を開ける。
白い光。
「……まだ、揺らがない」
二日連続。
「止まったのかな」
セラフィナが言う。
「分かりません。でも……明日、調査団が来ます」
レイが頷く。
「うん。一緒に、行こう」
「……はい」
昼。
レイとセラフィナ、荷物を確認する。
ノート三冊。測定器v2。筆記用具。スケッチ用紙。
「これで、全部?」
セラフィナが頷く。
「はい」
父が部屋に入ってくる。
「これも持ってけ」
防水袋。
「ノートが濡れないように」
レイが受け取る。
「ありがとう」
母が言う。
「食事も、持たせるわ」
「……ありがとう」
夜。七時。窓辺に立つ。
白い光。
「……やっぱり、揺らがない」
測定器。
「反応も、安定してる」
セラフィナが言う。
「明日、分かるかもしれません」
「うん」
レイが外を見る。
「やっと、行ける。中に、何があるんだろう」
「……それを、見に行きましょう」
朝。五時。まだ暗い。
レイが目を覚ます。
窓の外。白い光。
「……今日だ」
セラフィナも起きる。
「レイ。準備、しましょう」
朝食。
父母、ガルム、レイ、セラフィナ。
「今日、調査団が来る」
父が言う。
「午前十時、ギルド集合だ」
「分かった」
「無理するな」
母が言う。
「帰ってきたら、温かいもの用意しとくわ」
レイが頷く。
「ありがとう」
九時半。宿の前。
レイ、セラフィナ、父、ガルム。荷物を確認する。
「全部、ある?」
「うん」
セラフィナが言う。
「行きましょう」
レイが頷く。
東の空。白い光。
「待っててくれ」
ギルドへ向かう。街は、静かだった。
人が少ない。
「みんな、家にいるのかな」
ガルムが言う。
「怖がってるんだろう」
レイが頷く。
「……そうだよな」
ギルド。
受付に、見知らぬ男たちがいた。
五人。
一人、中央に立つ男。
長身。黒髪。鋭い目。
彼がこちらを見る。
「君が、レイか?」
レイが頷く。
「はい」
男が手を差し出す。
「エルネストだ。よろしく」
手が、硬い。冷たい。
でも、確かな手。
「……よろしくお願いします」
エルネストがノートを見る。
「それが、データか?」
「はい」
「……すごい量だな」
レイが頷く。
「三十三日分です」
エルネストが微笑む。
「これは、役に立ちそうだ」
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第7章 第19話 完
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三十三日間の観測と、三冊のノート。
子供の言葉ではなく、「データ」が大人たちの認識を上書きした。
専門家エルネストの冷たく確かな手が、レイを未知の領域へと導く。
次にレイは、何を“確かめにいく”のか。
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