【第1章 -第1話】世界は数値で動いている
魔法は、才能でも祈りでもなかった。
――構造を持ったシステムだった。
俺の手が、小さすぎる。
体が思うように動かない。視界はぼやけ、聞こえるのは知らない言語の優しい声。
(これは――転生か)
前世の記憶は鮮明だ。二十代、ゲーム開発のプログラマー。魔法システムのコードを書いていた夜、眩しい光に包まれて――
そして今、赤ん坊に。
「あら、起きたのね」
女性が抱き上げる。母親だろう。温かい。
(まず現状把握)
プログラマーの本能が動く。デバッグの基本だ。
状況: 乳児
問題: 体動かないな、声…でないな
目標: まずは、この世界を知らないと
母親がベッドに戻す。視界が徐々にクリアになる。
木造の部屋。窓から人の声。市場の喧騒。
ベビーベッドの装飾――幾何学模様。規則的すぎる。
(コードみたいだ)
部屋の角の金属球が気になる。数字が光っている。
俺はそれを凝視した。
(測定器? 何を測ってる?)
夜、父親が帰宅。
「起きてるか」
がっしりした男が俺を抱く。
「大きくなったな。もう三日か」
窓の外を見ながら、小さく呟く。
「お前が大きくなる頃には、もっと良い世界にしてやる」
そして――
「マナの相場が不安定でな」
(――マナ?)
心臓が跳ねる。
「ギルドも警戒してる。LEIが上がってるって話だ」
(LEI!?)
父親が部屋の角の金属球を見る。
「濃度も微妙に上がってる。気のせいじゃない」
(測定してる。数値で管理してる!)
魔法がある。しかも定量化されている。
(この世界、システム化されてる)
「お前には関係ない話だな、今は」
父親が笑って母親を呼びに行く。
俺は興奮を抑えきれなかった。
(魔法。数値管理。測定可能なシステム)
(絶対に、面白い)
窓の外を見る。
月明かりの下、海が――光っている。
青白い光。波に合わせて明滅する規則的な輝き。
(マナの可視化?)
ゲームで作ったエフェクトが、目の前にある。
(すげえ)
翌日の昼。
「よう、元気にしてるか!」
豪快な声。
背が低く、立派な髭を蓄えた男――ドワーフが入ってきた。
「ほう、これが噂の跡取りか。良い目をしておるな」
手に持つ小さな金属球が微かに光る。
父親が苦笑。
「バルドゥン、また測定器を改良したのか?」
「ふっふっふ、精度が3%向上した。で、本題だが……精製マナの仕入れ値がまた上がった」
「また?」
「鉄槌連合が採掘制限を始めた。氏族評議会の命令だ」
(氏族評議会?)
父親が眉をひそめる。
「デモンの監視が厳しくなってるって噂、本当か?」
「噂じゃない。LEIが閾値に近づいておる。正式に警告が出た」
(デモン。監視。閾値)
頭が熱くなる。
(運営システムがあるんだ。この世界にも)
ドワーフが溜息。
「マナ相場の乱高下も、その影響だろう。市場が怯えておる」
「困ったな」
「備えておけ。最悪――」
ドワーフが声を落とす。
「――ダンジョンが発生する」
(ダンジョン!?)
「まあ、ルミナス港は大丈夫だろう。辺境ほど危なくない」
ドワーフが俺を見る。
「坊主、お前はこの世界で何を成すかね?」
鋭い目だった。
ドワーフが帰った後。
「怖い顔してたか?」
父親が俺を抱き上げる。
「魔法、見せてやるか」
(!)
手をかざす。
空気が――歪んだ。
小さな光の球が浮かぶ。柔らかな光。温かい。
「これが魔法だ。お前もいずれ使えるようになる」
(本物の魔法!)
体が震える。
(どういう原理? エネルギー保存則は?)
(マナがエネルギー源? 確率操作?)
光球が消える。
「将来が楽しみだな」
(解析したい。コードとして理解したい)
深夜。
突然の叫び声。
「魔物だ――!」
金属音。怒号。魔法の発光が窓から見える。
母親が慌てて抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫よ……」
父親が剣を手に階下へ駆けていく。
窓の外。
港に、大きな影。不自然な動き。
(魔物。本物が)
30分ほどで静かになった。
翌朝。
「マナの乱れが魔物を呼んだのか……」
父親が疲れた顔で呟く。
「LEIが上がってるって話、本当だったな」
(マナ乱れ → 魔物発生)
(因果関係がある。プログラムされてる)
パズルのピースが繋がり始めた。
この世界にはルールがある。
数値がある。
閾値がある。
そして、それを監視する「デモン」がある。
(世界OS。システムで動いてる)
窓の外、朝日を浴びて輝く海。
(俺は、このシステムを解析する)
(魔法を理解し、使いこなす)
(そして――いつか、コードを書き換えてやる)
転生者として。
プログラマーとして。
俺の新しい人生が、今、始まった。
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【第1章 第1話】
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生後三ヶ月。
まだ言葉も話せないこの体で、僕は気づいてしまった。
この世界の魔法には、致命的な「バグ」がある。




