Episode.03. 女帝
ひんやりと心地よい風が漂ってきた。
穏やかで透き通った空気感、澄んだ音。なんだか心の奥から安堵感が湧いてくる。
まるで胎内にでもいるような、ただ「ここに在る」だけの自分で祝福されているような開放感に包まれる。
「 もしかして、女帝はもう近いですか? 」
そう聞くと同時に、ピンク色の鳥が見えてきた。
ペリカンと思われるその鳥の周りには、雛鳥がたくさんいて母鳥を見上げている。
母鳥もそれに応えるように、愛おしそうに見下ろす姿を見て、心が愛おしさでいっぱいになる。
そこへ、ひとりの中年女性が出てきた。
なにやら家政婦といった雰囲気の彼女に尋ねようとしたところ、フールチャイルドが呟くように言った。
「君の女性性の原型だ。なんだか使用人のようだな。」
「 自分の女性性は、もっと幼いものだと思っていました。でも…なんだかよくわかるような気がする。母によく似ています。いつも誰かのケアをして、自己犠牲的だったので 」
女神イシスと同じように、人間よりもサイズの大きな女帝を見上げる。そこにも感じるのは、やはり「古き良き日本人妻」の印象を宿す、自分の母親の姿だった。
あのペリカンと同じく、たくさんの愛を注いでくれた母に感謝してもしたりないのに、幼い頃からずっと罪悪感が消えなかった。
当たりの厳しい姑、小姑に囲まれて逃げ場の無かった母は、それでも笑顔で皆に尽くしてくれて、尊敬してやまないのに、私たち子どものために身体に鞭打っているように見えていたことは、思った以上に深い申し訳なさとなっていたようだ。
自分の中にいつも本気になれない、どこかで諦めた俯瞰的視点が消えなかったのは、母譲りの「理想的な母としての自己犠牲」に対する罪悪感を、自分の子どもたちに植えつけたくない、けれども母とはそう在ることが理想であること、まだ幼少期からの罪悪感が深く残っているというやるせなさが自分の定番になっていたことに気がつく。
女帝ですらも、この女性と同じく母のように思えてくる。
「 私の中では、シンデレラのような母でした。
引っ込み思案の私にとって母は唯一安心できる大切な存在だったのですが、
姉弟がいたことや、自営業の父と祖父母の手伝い、家事や子どもの世話が忙しすぎて、
いつも頑張っているのに評価されるどころか小姑たちには馬鹿にされ、謙虚に文句を言わず粛々と働き回る母の中に、私の存在感はあまりないようでした。
悲しみを抱えながらも母として身を粉にする自己犠牲的な生き方に、誇りを持って過ごしているようでした。
日常周囲に困っている人がいないか観察する性分と、「これがやりたい」など目立った目標以外、自分のことがなかなかわからなかったのは、そんな母や自営業で大変な父を「自分なりに支えなくては」と、影として生きてきたことから自然な流れだったのかもしれません 」
ただ耐えて、だれにも褒められも感謝もされない。それが母として美しい徳積みであり、悲しい顔をするくらいならどうして一言筋を通さないのかと嫌悪感を抱きつつも、同じように謙虚に徳積みする気になれない生意気な考え方の自分への嫌悪感。
自分だけ幸せになるのは、ますます罪悪感は増す。
どっちに転んでも「嫌」、そして何を選んでも苦労が待っているという意識の象徴が、あの使用人のような中年の女に表された自分の女性性だったようだ。
「自分は母とは違う道を行こうと大学へ行き、いろんな意味で自立した女性になろうと就職を考えていたのに、大学を出て結局周囲に合わせて結婚か就職かの2択になり、結婚して専業主婦かパートくらいしかせずここまできました。
あの時自分の「こうしたい」が言えなかった時点で自立できてなかったんですね。
結局母からもらった原型は、なんの変化もしないまま、ここまで根深く変化することなかったのだとわかって、ちょっと、いやだいぶショックです……でも今気づけてよかったです 」
メーガスがこちらを見て優しく言う。
「 どうするとより魅力的な女性になれるのか、女帝に聞いてみてごらん 」
え、母のように見える人に聞くの?、と思いつつ
「 私がより魅力的な女性になるには、どうしたらいいですか? 」と訊ねてみる。
「 自分の身体に集中しなさい。あなたがどんな時に弛み、どんな時に強張り、どこにどんな反応が出るのか。しっかり自分を観察すること。そしてあなたの純粋なままを、素直に他者に向けてどんどん表現しなさい。」
自分の純粋なまま、なんて、まるでわがままでも許される赤ん坊のようだと思った。
「 それは、みんなに言える共通のアドバイスですか? 」
疑り深い私に、女帝はにこやかに答えてくれた。
「 みんなにももちろん言える事だけれど、あなたは特に内側を感じることが重要です。楽しいこと、好きなことをただ無心に。それを生き方を通して表現することが、あなたにとっての幸運の秘訣ですよ 」
「 有難うございます。使用人意識から卒業します 」
女帝に感謝を伝えてその場を後にした。
あらためて自分の中の使用人根性を生まれ変わらせるためにここに来たんだと気がついた。




