婚約破棄からの処刑になった令嬢が1回だけ巻き戻りました。
「どーぞどーぞ、どんどん浮気なさってください。そうですよね、可愛い女の子といちゃつきたいですよね。わかります。政略結婚なんて、いくら頭でわかっていても感情では納得できないですものね。わかりますわ」
学園のベンチでなかなか可愛い女の子といちゃついている王子に向かって、そう言った。
すごく共感できるのだ。
自分も政略結婚はしなきゃいけないけど嫌だし、なんの面白みもない男より、砂糖菓子のように甘くてちょっとのスパイスと素敵なものいっぱいでできている女の子を見ていた方が良い。
「殿下をよろしくね。後で私ともお茶会しましょう」
私は自分の高位貴族令嬢としての顔の良さを自覚しながら、殿下の横にいる女の子(メルティ・オランジェ男爵令嬢)に微笑みかけた。
ストロベリーブロンドが特徴的で丸顔のかわいい女の子だ。
「はっ、はいぃぃ」
掴みはオーケーだ。
オランジェ男爵令嬢は、顔を赤くしてヘニャヘニャとした返事を返してきた。
その横で殿下は渋い顔をしたが、それは特に知らないし関係ない。
いったいこの人はどういう感情でそんな顔しているのか。
もう前回みたいに顔色は窺わない。
それは別に理解できなくても構わないのだ。
―――私が死ななければ。
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「あっ」
「お嬢様、どうされましたか?」
「いえ、なんでもないの」
ある日、鏡に向かって侍女に髪を結ってもらっているときに、気づいた。
『私、死に戻りしてるわ』
今より年を取っている私が、死罪になった記憶。
毒杯を賜って、眠るように死んでいった記憶が残っている。
13歳の私、カトリーヌ・ド・アルメディナが今から5年後、18歳の時に自分の婚約者だった王子の恋人を害した罪で死罪になったのだった。
ただ単に、王子から、
「カトリーヌ、俺の恋人をいじめたそうだな! お前とは婚約破棄だ! ただし、俺の恋人に雑務を押し付けるのはかわいそうだから、お前を側妃として雇ってやろう。お前は俺と婚約破棄したら傷物だ。俺がもらってやらねばどこにも行き先がないからな。有効活用だ!」
と言われてそれはないんじゃない? と思って抵抗しただけだったのだけど。
反抗したらあっちが逆上して、あっという間に死罪になった。
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死んだ後に、すべてが真っ白い内装の神殿みたいなところで目覚めた。
混乱してきょろきょろしている私に、どこからか女性の声が響いた。
「おお、勇者の末裔よ。魔王と戦ってもいないのに死んでしまうとはあまりにも情けない。昔、魔王を倒してくれたお礼じゃ。特別に一回だけやり直しの時を与えよう」
「どういうことですか?」
「どういうこともこういうこともないのじゃ。モンスターと戦うよりも安易な状況で死ぬとは情けない。肩の力を抜くがよい。カトリーヌ、お前が死んだあとは、王国は混乱の真っただ中じゃ。政略結婚のアルメディナ家の娘が殺されて、上位貴族と下位貴族、王家が争っている。その隙に外国にも攻め込まれておる」
「そんなことが……?」
婚約者だった王子が下位貴族の令嬢や商人の娘など複数の若い娘と浮気して、それを咎めたらいつの間にか王子の浮気相手を殺害しようとしていたという罪がかぶせられていた。
多分、ほかの貴族にそそのかされて王子が主導したのだと思う。
私を断罪して話は終わったんじゃないの?
私は何のために死んだのかしら?
王妃教育は簡単じゃなかったのに。
そんなことなら私、処刑されたくなかった。
あんなに私は若かったのに、まだ何もしていないのに、そこで人生が終わりだなんてひどすぎる。
「勇者は言っておった。大事なことは生きること。そして、アイステリアの国民を救うことだとな。ゆめゆめ忘れるな」
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そんなことがあって、今、私は侍女に髪をとかしてもらいながら部屋にいる。
王子の恋人を害した罪で王子から糾弾された記憶も、毒杯で死んだ記憶も、鮮明に残っている。
神殿のようなところで不思議な存在と話をした記憶も。
何より辛かった王妃教育の13歳の時点では習っていない知識を全部覚えている。
でも、別に最悪それが全部夢や幻だったとしてもかまわない。
私は分かったのだ。
生きることが大事だと。
この国の第一王子『ライナルト・ド・アイステリア』とは政略結婚だ。
昔々、アルメディナ家の祖先は勇者だったという。由緒正しく、財政も安定している。
今、王家は海外との関係が不安定で国内の絆をしっかりと固めておきたいと聞いている。
きっとこの結婚に抵抗しても、王命で婚約が結ばれてしまう。
でも、大事なことがはっきりした今、考え方が変わった。
要は王子の恋人を害さなければいいのだ。
私は死ななければ、側妃でも構わない。
無理に王子にまとわりついている下位貴族令嬢や商人の娘を注意しないでも、私以外のどなたかに正妃になってもらうということでいいわ。
愛妾とかだとちょっとさすがに意味合いも違ってくるし、嫌だけど、それはないでしょう。
我がアルメディナ侯爵家も、娘が王子の命令を聞いて側妃になっても何も困らない。
その程度で舐められる高位貴族でもないし、その程度で傷つくプライドでもない。
むしろ正妃なんて面倒な地位につかないで、次々と押し付けられていく仕事を黙々とこなしていく方が気楽でいい。
今日は早起きして身支度をしている。
めでたく(?)、王子との逃れられない政略結婚の見合いの日だからだ。
この良き晴れた日に王宮で行われるお見合い兼王子とのお茶会に向かうと、王家の方たちが勢ぞろいしていてアルメディナ家の私とお父様を迎えてくれたし、王子はもちろん政略結婚にぶすくれてた。
逆に前もそうだったけれど、ライナルト様の2歳年下の弟のロレンツォ様はにこにこしていた。
お見合いも二回目となると私もさすがに余裕があって、にこにこしているロレンツォ様を見て私も笑顔になった。
そう、確か前回ロレンツォ様は王家の中で最後まで私の処刑に反対してくださっていた。
けれど、ライナルト様が婚約した後すぐに決まった婚約者にもその家にも猛反対されて押さえつけられて私の処刑を撤回させることができないでいた。
それに、私が早々に生きることを諦めてしまっていたし。
確か――
「一緒に逃げませんか?」
私へのほんの慰めでかけてくださった言葉だとは思うけれど、見張りの隙をついてロレンツォ様がそう声をかけてくださった。
婚約者のいる第2王子が罪人と逃げるなんて現実的ではないから私はすぐに断ったけれど。
「ご、ごほんっ!」
にこにことしてお互いの顔を見つめあっているロレンツォ様と私たちの和やかな雰囲気を、大人たちが咳払いで遮った。
そこからは、何が気に入らないのか(もちろん政略結婚が気に入らないのであろうけれども)ぶすくれ続けているライナルト様とスン………となった私をお見合いさせた。(ロレンツォ様は王妃様が退席させた)
文字通りしぶしぶ顔を見合わせているだけだ。
この雰囲気が一体大人たちの眼にはどう映っているのか、
「お似合いの二人だ」
「そのようですわね」
となって、大人たちは婚約の話をまとめていった。
事前に私はお父様とお母様にこの政略結婚はかなり譲歩したいと言っていた。
「私はもちろん政略結婚としてライナルト様に嫁ぎますので、この国のためになるようにできるだけこの政略結婚を維持したいと思っています。ですから………………」
『ライナルト王子の浮気は認めること』
『他の妃候補が出てきた場合私は側妃でも構わないこと』
『側妃となった場合でも、正妃としての仕事は引き受けること』
「…………以上の条件を婚約の契約に盛り込んでほしいのです」
とお父様とお母様に告げた。
私がそんなことを思い出していると、ライナルト様が、
「お前がこの契約内容を考えたといったが、どういうつもりなんだ?」
と顔をしかめて、当然の疑問をぶつけてくる。
「それは………」
「ライナルト、黙れ。カトリーヌ嬢は寛大な女性なんだ。素晴らしい、貴族令嬢の鏡だな」
私が答える前に恐れ多くも陛下が答えた。
それなので、私も、
「恐れ入ります」
と一言答えて、ライナルト様が『ふんっ』と不服そうに鼻を鳴らして終わった。
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なんとも言えないお見合いの日から、すぐに婚約式があって、すぐに王太子妃としての教育(まだライナルト様は立太子したわけではないがそこから教育したのでは遅すぎるため)が始まった。
しかし、やっぱり私は巻き戻っていたのだ。
すべての教育内容を覚えており、身に着けていたので、あっという間に教育は終わった。
するとすぐに前のように、教育課程が終わるか終わらないうちから、王太子妃としての公務が始まった。
簡単なところから、
『王族としての慈善活動(孤児院や慈善団体や病院等をめぐり意見を聞いたり、現場を慰労する)』
『他の王族が回り切れない公共事業の進捗確認、完成確認』
から始まり、
『貴族たちを取りまとめる社交(顔見せやお茶会等の開催、これはライナルト様が非協力的だからなかなか難しい)』
『空いた時間で貴族が通う学園への通学と貴族子女たちの取りまとめ(これもライナルト様が非協力的だから難しい)』
などなど、いろいろな事を行った。
しかし、それぞれ前回死ぬまでとそこまで状況は変わっていなかったので、難しいながらもなんとかこなしていった。
これは仕方ないな、と思うのはライナルト様の女癖に寛大になった結果、ライナルト様が前回よりも非協力的で(女遊びに夢中)貴族たちへ取り繕うのが大変だった。
まあ、貴族たちはライナルト様の大体の性格を察しているものが多いので、難しいけれどできなくはないというところか。
すぐに貴族たちも私の横にライナルト様がいないのには慣れた。
それと、前回私が害しているといわれた者の一人、メルティ・オランジェ男爵令嬢とは仲良くなれた。
それに商人の娘さんなどとも。
巻き戻りに気づいた時から疑問に思っていたけれど、男爵令嬢も商人の娘も基本的に上位貴族には繋がりを持ちたいと思いこそすれ、進んで敵対しようとは思わないだろう。
まあ、でも前回の様子を見ると、あわよくばという気持ちはあったのだろうけれど。
第2王子のロレンツォ様以外、だれも私をかばってくださらなかったものね。
いずれにしても、
「殿下の方からお声がけをいただいて」
と言っていた。
ライナルト様が話をややこしくしていたのかもしれない。
殿下から声をかけられたりしたら断われないでしょうし。
私は令嬢たちと仲良くできたのに気をよくして、お茶会などで内々ではあるけれど、殿下と決めた契約
『ライナルト王子の浮気は認めること』
『他の妃候補が出てきた場合私は側妃でも構わないこと』
『側妃となった場合でも、正妃としての仕事は引き受けること』
をお話しした。
もちろん、私が王妃または側妃である間だけだという注意付きだけれども。
「ということは、正妃になれたら難しいことはしないで贅沢三昧っ………………? あっ、んんっ、ごほん。素晴らしい自己犠牲の精神ですっ。貴族の鏡ですっ。私、ずっとずっとカトリーヌ様についていきますっ」
とはメルティ・オランジェ男爵令嬢だ。
前回とはかけ離れた態度の違いだと思う。
牢に入っている私を見て、
「くさい。ライナルト様ぁ、いつ処刑になりますの?」
と言ってきた人と同一人物とは思えない。
前回では私を徹底的に無視していた大商人の娘さんも、
「わ、私にもチャンスはあるのっ?!」
と、すごくキラキラする目で私を見てきたので、
「ライナルト様とそういう話になりましたら、侯爵家の養子とすることも父上と母上に相談いたしますわ」
と、落ち着いていうと、
「す、すごっ、平民から一気に侯爵令嬢っ?」
椅子を立ち上がって私の手を握ってきたので、面白かった。
………………無礼者でもなんでもいい。
側妃でも構わない。
私は死ぬのは嫌だし、私みたいな一貴族令嬢が死んだことで国が荒れるのも嫌だから。
――『大事なことは生きること』。
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しばらくすると、学園のあちこちで令嬢同士が争う様子が見られた。
私には聞かれないように気をつけているけれど、
「贅沢し放題の正妃になれる!」
「ライナルト様さえ落とせば王妃!」
「めんどくさいことは全部カトリーヌ様に押し付けられる!」
「あんたなんか正妃にふさわしくないわよ! アタシの方が美人なんだから!」
「私なんかこの前、殿下に口づけをいただいたんだから!」
とそこかしこで囁かれていることは、侯爵家の諜報の者に聞いて知っていた。
令嬢たちはその一方で、自分たちが正妃になったときの奴隷候補として、私を見下しつつもにこやかな顔を向けてくれる。
雑務を引き受ける奴隷プラス侯爵家の後ろ盾が魅力的なごちそうに見えるのだろう。
でも、私の心は凪いでいた。
巻き戻り前に言われた不思議な言葉が何度も胸によみがえる。
『勇者の末裔』『大事なことは生きること』――。
家では、お父様に執務室に呼び出されて、一言、
「これを狙ったのか? よく考えたな」
と声をかけられた。
お父様の目からは邪魔な貴族令嬢や平民を、おいしい肉を目の前にぶらさげて争わせているように見えるのだろう。
当然、私はそんなつもりはないのだけれど……。
「恐れ入ります」
と、私は一言で返して頭を下げた。
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そんなこんなで平穏な日々は続いた。
もう王妃教育は終わっていたので、公務の合間にロレンツォ様に誘われて一緒にお茶会をすることもあった。
前回と違って、今回はロレンツォ様は王妃様に猛反抗してまだ婚約者を決めずにいる。
自分でしっかりと婚約者を吟味して決めたいとのことだった。
その言い方が、どこか引っかかるような気もしたけれど………そのため、義理の姉になるであろう私と交流する時間もあるし、そうしても不自然ではなかった。
「先ほど、カトリーヌ嬢が申請していた乳児院の新設は父上が許可のサインをしているのを見ましたよ」
「まあ、嬉しいです」
ロレンツォ様の言葉に、飲んでいる紅茶がさらにおいしく感じる。
私は孤児院だけでなく、捨てられてしまう赤ん坊を積極的に引き受けるために乳児院の新設を熱望していたのだ。
自分の命だけではなく、ほかの救える命も救いたい。そう思っての事だった。
予算は、巻き戻りで前回の国内や国外の情勢を覚えているので、無駄な所をカットしたり、施策に試行錯誤する時間とコストを抑えて捻出した。
今回は私のやっていることに、ロレンツォ様も積極的に協力してくださる。陛下にも第2王子の立場から口添えをしてくださっていた。
とにかく巻き戻りは都合がいい。
政治の正解を知っているのだから。
「カトリーヌ嬢のその優しい御心と正確な判断は尊敬できます。カトリーヌ嬢と婚約できた兄上が本当にうらやましい。………………できたら僕が………………いえ、なんでもないです」
「恐れ入ります」
その瞬間、ロレンツォ様は紅茶に視線を落とし、かすかに眉を寄せた。
その眉の動きの意味を、私はまだ知らない。
けれど………ロレンツォ様の傍は安心できる。
私を助けようとしてくれた人だから。
『一緒に逃げませんか?』
牢の中で聞いたロレンツォ様の声が耳によみがえる。
私はロレンツォ様の言葉ににっこりと心から微笑んだ。
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そんなこんなで私は公務をこなしたり、お父様と政治面の話をいろいろして打ち解けたり、ロレンツォ様とお茶会をしたり、貴族令嬢たちとお茶会したりして穏やかな日々を過ごしていた。
その合間にも、貴族令嬢や大商人の娘などに猛烈アタックを受けてデレデレしているライナルト様を視界の隅で見かけた。
そして、恋煩いなのかメルティ・オランジェ男爵令嬢が度々ボーっとして教師に注意を受ける様子もあった。
………きっとライナルト様とうまくいっているのね。
しかし、特に心が騒ぐことはない。
そもそも政略結婚を維持しようとの気持ちから、前回は色々注意したり令嬢と対立していたけれど、それをやめたのだから何も気にすることはないのだ。
でも、ある日、そんな私の気持ちを切り裂くように、学園で講義を受けている私の耳に、悲鳴が届いた。
「きゃー!! 誰か!!!」
中庭の方からだ。
教室にいた皆が一斉に顔を見合わせ、そして、足の速い男子から教室の外に出る。
廊下に控えていた騎士たちも一緒に、私もできるだけ早歩きで中庭に向かった。
そこには、血がついたナイフを持ったメルティ・オランジェ男爵令嬢がいた。
「あ、違う。違うの。ライナルト様がいけないの。私を正妃にするって言わないから」
オランジェ男爵令嬢は歪んだ笑顔で取り繕うように、
「違う。違うの」
と繰り返す。
その足元には腹部から血を流すライナルト様がいた。
一瞬の沈黙の後、ハチの巣をつついたような騒ぎになり、
「殿下を連れていけ!!」
「治癒士を呼べ!!」
「王宮に連絡!」
等、騎士も怒鳴りあっている。
私はといえば、特にこれといった行動をすることもできず、見守っているうちにライナルト様が止血をされながら連れていかれた。
「婚約者であるアルメディナ侯爵令嬢様もぜひ、ライナルト殿下についていてあげてください!」
若い騎士の一人に声をかけられてようやく頭が回転し始める。
そう、私はライナルト様の婚約者だ。
そうして、私も騎士の先導で馬車に乗り、王宮へ向かった。
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結論を言うと、ライナルト様は王宮の腕のいい治癒士のおかげで助かった。
オランジェ男爵令嬢の力が非力で、そこまで深くナイフが刺さっていなかったのも幸いしたらしい。
私はといえば、婚約者だからライナルト様の傍にいるように言われたが、一日も経つと、
「公務が滞っています」
と言われて、仕事をするように促された。
命は助かったが、後は『いつ目を覚ますのか?』という状態のライナルト様の傍にいてもしょうがない人材だと思われたのだろうか?
確かに、ライナルト様の事は刺されて気の毒で、現場を見た時にはショックだった。
けれど、本当の本音を言えば自業自得という気持ちもあるのは仕方ないだろう。
『楽で贅沢三昧できる正妃』というのを誰にするのかをはっきり決めないで、さんざん貴族令嬢や平民の若い女性を侍らせて良い思いをしていたのだ。
というわけで、私は淡々と公務をしているとその三日後、ライナルト様が目を覚ましたという知らせがあった。
様々な人が見守る中、ライナルト様の治療室に入ると、クッションで上体を起こされたライナルト様がこちらを見た。
身なりはきっちりと整えられているものの、顔は心労でかげっそりとやつれていて、令嬢をはべらしたキラキラしい顔は見る影もない。
唇もひび割れている。
「すまなかった」
そして、一言私に向かって謝ってくださった。
私はわずかに頭を下げてライナルト様の謝罪を受け入れた。
そして、政略結婚の婚約者である私は周りに促されて退室した。
特に私はここには居てもしょうがない人間なのだとわかっていた。
私とライナルト様はあくまでも政略結婚で、私とライナルト様の仲は感情を爆発させたオランジェ男爵令嬢以上に何も始まっていなかったということなのだ。
---
その後、色々考えたらしいライナルト様は、自分から陛下に王位継承権の放棄を申し出た。
当然、私との婚約も解消された。
そして、ライナルト様はオランジェ男爵令嬢の王族を害した罪による処刑の減刑を嘆願したらしい。
ライナルト様は、あくまでもオランジェ男爵令嬢は政略結婚から逃げていた自分の至らなさに対しての被害者だと訴えたそうだ。
ライナルト様は王族であるのに『恋愛至上主義だった』、と裁判で発言していたらしい。
ロレンツォ様はきちんと筋を通すべきだと主張していたらしいが、オランジェ男爵家はお家取り潰しの上極寒の鉱山に送られることに決まったらしい。
『寒い鉱山で監視の上、ろくな食事も与えられず働かせられるのは死ぬよりも辛い』とお父様には慰められたが、生きていてよかったと思う反面、巻き戻り前の私の仕打ちを考えると複雑な気持ちだ。
そして、ライナルト様は色々なごたごたが収まった後、自分から断種の処置の上、ほぼ闇の幽閉塔に自分から入った。
巻き戻り前を知っている私だけは自業自得と思うけれども、まだ今回のライナルト様は私を処刑に追い込んだわけではない。
---
私は色々なことに複雑な気持ちだったけれど、そうも言ってられないほど私も忙しくなってきた。
「ウェディングドレスはこっちにしようか? それともこっちにしようか? ああ、それともこのデザインがいいかな? 選べない! 全部仕立てさせようかな?」
満面の笑顔で、ロレンツォ様が使用人に掲げさせたドレスを指さす。
「神殿で着るのは一つですね」
私はロレンツォ様の勢いに困って首を傾げた。
だけれど、ロレンツォ様の好意が嬉しくて口元が微笑んでしまうのを抑えられない。
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ライナルト様が塔に幽閉された後、王家からの多額の慰謝料とともにロレンツォ様との婚約を提案された。
婚約の申し込みは、王宮の薔薇園に改めて招待された。
ロレンツォ様が私に跪き、
「僕と結婚してください。前から兄上の婚約者だと分かっていたけれど、不思議と諦められなかった。気が付いたらずっと好きだった。カトリーヌ嬢の優しさに惹かれていた」
と仰ってくださった。
ロレンツォ様の薄い紫の目は真剣で、私のことをしっかりと考えてくださっているのがわかった。
「僕のただ一人の正妃になってほしい」
ロレンツォ様の言葉は、ライナルト様の事もあって誠実さを伴って私の胸にしみこむ。
ロレンツォ様は巻き戻り前からずっと私を見守ってくださった。支えてくださった。
少し風が吹いて、紅いバラの花びらが舞う。
甘い香りの風の中に、あの巻き戻りの時の声が聞こえた気がした。
『もう大丈夫。大事なのは生きること、勇者の末裔よ。幸せにな』
私は小さくうなずいて、ロレンツォ様に返答する。
「私でよければ喜んで」
-おわり-
読んで下さってありがとうございました。
もし良かったら評価やいいねやブクマをよろしくお願いします。
また、私の他の小説も読んでいただけたら嬉しいです。




