美少女に育った騎士団長さま
――――数日が経った。
このチートスキルにも段々慣れてきたころ、街では奇妙な現象が起こっていた。
どうやら街で俺の評判がじわじわと広がっているらしいのだ。
『徳政さま』という、ネーミングセンスが微妙な名で呼んでいる人もいるらしい。
俺のスキル《徳政令》が広く知れ渡っている証拠だろう。
だが、そんなことより――――。
「……ガクさん、お久しぶりね!」
その甲高い声が耳に届いた瞬間、俺はぎょっとして振り返った。
そこにいたのは騎士団の制服を纏った金髪の少女――――アリシア・フェンデルだった。
美しく整った顔立ちに碧く輝く瞳。
胸元に押し寄せる成長した谷間。
かつて俺が幼いころに拾い育てた孤児の少女が今や騎士団長にまで上り詰めていた。
騎士団の試験を受けに行くと言って以来会っていなかったが……まさかここまで成長していたとは俺も予想できていなかった。
「ガクさん……やっぱり、ガクさんよね? ね? ね?」
アリシアの瞳には懐かしさと安心感、そして――――ほんの少しの涙。
俺は言葉を探しながら、ぎこちなく笑った。
「ああ。ガクで間違いないさ――――アリシア。……大きくなったな」
「なによそれ……お父さんみたいなこと言って……!」
「父親みたいなもんだろ」
「ふふっ。そうね。今のあたしがいるのはガクさんのおかげだから!」
そう言いながら、アリシアは俺の胸に飛び込んできた。
驚きながらも、俺は反射的にその身体を受け止める。
柔らかくて、温かい。
人の温もりを何十年も感じていなかった俺にとって新鮮な感覚であった。
「よかった……無事で……!」
「おいおい、騎士団長さまが人前でそんなことして大丈夫かよ」
「うるさいわね。こういうときぐらい、我慢してよ……!」
周囲の部下と思わしき騎士団員たちが驚きの視線を向けている。
「おいおい。あのおっさん何者なんだよ」
「お美しいアリシアさまがあんな表情を見せるなんて」
「恋人……ではないだろう」
だが、アリシアはお構いなしに、俺にべったりとくっついたままだ。
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その後、場所を移して俺たちは宿の一室で再会の話をした。
「……まさか、本当にギルドを追放されたなんて……!」
アリシアは信じられないという表情で拳を握り締める。
「スキルがないってだけで……どれだけの貢献を無視したらそんな判断になるのよ!」
「まあ、あのギルドには俺の投資能力を理解できるヤツはいなかったからな。むしろ今は清々しいくらいだ」
「でもっ……! あたし、騎士団から口添えしてもらえるように動くわ! ガクさんがいないと絶対あのギルドは潰れる――――」
「いいよ、それは。俺はもうあのギルドに戻るつもりはない」
「……なんでよ?」
「仲間ができたんだ。ギルドにいたころは、俺はずっと独りだった。だけど今は――」
部屋の隅で話を聞いていたグレイが『お兄ちゃん……』と呟いた。
「あの子……」
「ああ、元奴隷だった。街中で奴隷商に連れられてたところを俺が助けた」
「じゃあ……その子は、ガクさんと……!」
「ちがーうっ!」
思わず声を張り上げる。
「やましいことはなにもしてねぇ! 本当だ! 信じてくれ!」
アリシアは唇を尖らせて俺を睨んだあと、ため息をついた。
「……ふぅん。また、女の子を拾ったってことね」
「そういうことだ……」
「まぁそういうことなら、信じてあげる」
「助かる……」
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再会の感動も落ち着いたところでアリシアは真剣な顔をして言った。
「実はその。あたし……大貴族との婚約話があるのよ」
「ほぉ。そりゃ天下の騎士団長さまともなれば、そーいう話も舞い込むだろうな」
いやー。ワガママでやんちゃで素行が悪かったあのアリシアがもう結婚か。
小さかったころはそりゃもう粗暴で男なんて寄ってこないだろって思ってたけど、人は変わるもんなんだな。
「……でも、嫌なの」
「なんでなんだ? 大貴族との結婚だろ。将来超安泰じゃないか」
アリシアはうつむき、ぽつりと呟いた。
「ちょっと生理的に受けつけないのよ、その貴族。いつもあたしの身体ばかりジロジロ見てくるし、会うたびに手を握ったり、腰に手を回したり……セクハラばかり」
「それは……たしかに地獄だな」
「そして、もう1つの理由……ガクさんが好きだから」
「……は?」
――――不意に心臓が跳ねた。
王都に行ったことで王都流のジョークでも覚えたのか?
田舎者の俺にとってはどこが面白いのかわからないんだが……。
「ずっと会いたかった。騎士団に入っても、騎士団長になっても、いつも思ってた。あのとき拾ってくれた優しいガクさんに、もう一度会いたいって」
「……アリシア」
その目は真剣だった。
子どもとして親代わりの俺に対する敬愛かと思っていたがどうやらそうではないようだ。
少女の憧れでも気まぐれでもない。
1人の女性として、俺を見つめていた。
「この気持ち……ちゃんと受け取ってほしい」
「――――ありがとう。俺もちゃんと向き合う」
すぐには答えは出せないだろうけど……こういうことには真摯に向き合うべきだと俺は判断した。
悶々とした感覚が全身に伝わる中そのタイミングでグレイが割って入る。
「じゃあ、ガクお兄ちゃんはアリシアお姉ちゃんと結婚するの?」
「ちょ、お前! そういう話は……!」
グレイの問いにアリシアは顔を真っ赤にしてぷいとそっぽを向いた。
そして、俺のほうをちらっと見る。
「い、いずれは……ね」
俺は額を押さえながら苦笑した。
……まさか、この歳でモテるとはな。
アリシアの婚約話――――。
それが嫌で、なおかつ俺のことを想ってくれているなら俺にできることは決まっている。
「なぁ、アリシア。その大貴族って誰なんだ?」
「この国の名門中の名門。マグリット公爵家の三男。名前はレオン・マグリットよ」
「田舎のおっさんの俺でも聞いたことがあるぞ。金持ちで権力もあるとか……」
「そうよ。でも最悪な性格。『騎士団長の私を所有してやったぜ』みたいなノリであたしを完全にモノ扱いよ」
俺は深く頷いた。
そして、静かに告げる。
「よし。そいつに会ってくる」
「えっ?」
「婚約の内容、見せてくれ。あとは俺に任せろ」