最終話 商人ギルドを追放されたおっさん、チートスキルに目覚め無双する
王都ベルヘルム、中央区の一角にて。
石畳の道路に面した、その屋敷はまだ完成したばかりだった。
3階建ての荘厳な外観、正面には立派な看板が掲げられている。
――――《徳政商会》。
ガク・グレンフォードが率いる、すべての契約に挑む革新の商会が今、産声を上げようとしていた。
「ガクさん、看板の取りつけが完了したわよ!」
「お兄ちゃん、すっごいよ! ほんとにお店持っちゃったんだね!」
「ふふ……これがあなたの新たな舞台ですね、ガクさん。ここから始まるんですね」
まぁ、結婚するかどうかはともかくとして……俺にはやることはまだまだあるんだよな。
やっぱり契約で苦しんでいる人は世の中にたくさんいて、だからこそそんな人たちの一助になるようなことを仕事にしたいと思ってこの商会を立ち上げることにした。
前世でも現世でも働きすぎ。どんだけ勤勉なんだとセラにちょっと怒られてしまった。
でも、忙しいのは立ち上げのときくらいだろう。
落ちついたらこいつらとの未来について真剣に考えてもいいと思っている。
「すごいよねー! じゃああたしは『ハグ担当』でいいかな?」
「は? 却下に決まってるだろ」
「即却下よ」
「すみません、却下させていただきます」
「えー、なんかあたしだけ扱い雑じゃなーい?」
俺が言うより先に、アリシア、セラ、グレイが異口同音に否定した。
さすがに息ぴったりだ。
……まぁ、リリーナの『ハグ担当』は放っておけば本当に誰彼かまわず抱きつきそうだから、抑えてくれるのはありがたい。
「ふん。あたしがあんたたちに負けるとは限らないよ~? 勝負には絶対勝つ!」
「勝負ってなんですか……?」
と、セラが困惑するが、アリシアはぐっと身を乗り出した。
「いえ、あたしも負ける気ないわ。副会長職の座はあたしのものよ!」
「アリシア。騎士団長の仕事は大丈夫か?」
こんなことしている場合じゃないと思うんだが。
「大丈夫じゃないわ! 例の反乱で騎士団員が不足して大変なのよ!」
「じゃあ、今すぐ騎士団の詰め所に行きなさい」
「ちょっ、え……でも、副会長職の座が。が、ガクさんの隣はあたしが!」
「はいはい。早く出勤してくださいねー」
「ちょっとセラ。体よく追い出そうとするんじゃないわよ」
さすがにお仕事を放りっぱなしってのもよくない。
アリシアは渋々馬車に乗り込み騎士団の詰め所へと向かった。
「あの、ガクさん。副会長って役職、あったんですか!?」
「え……いや、ないぞ?」
「ですよね……」
「リリーナあたりが勝手に言っただけだろ」
俺たちの商会が潰れるとしたらこいつが原因になりそうだな。
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朝、俺は新しく開かれた『徳政商会』の事務室で、書類をめくっていた。
――――契約見直しの依頼が山のように届いている。
『奴隷契約解除を求む』、『違法な労働契約を無効にしてほしい』、『結婚詐欺にあった』などなど、案件はバラエティに富んでいる。
「需要は……あるな」
誰かの搾取をなくすこと。
弱き者を救うこと。
自分の持つスキル《徳政令》が正しく使われるべき場所が――ここにある。
「よし……片っ端から引き受けるぞ」
「ガクさん、もう三時間ぶっ通しで読んでますよ。ちょっと休憩しませんか?」
セラが湯気の立つお茶を差し出してくる。
「ありがとう、セラ」
「どういたしまして。ちなみに、午後からは街の『契約見直し無料相談会』がありますので……その前に軽く昼食も挟んでくださいね?」
「了解。秘書、有能すぎるな」
「むふっ……そう言ってもらえると、頑張れます」
セラがにこっと笑い、どこか照れくさそうに肩をすくめる。
……こうして過ごせる日常が、たまらなく尊い。
かつての俺は毎朝、始業時間を告げるタイムカードの音に怯えていた。
他人の顔色ばかりうかがって、成果を横取りされ、ミスの責任は全部なすりつけられる。
そんな日々のどこに、希望なんてあった?
でも、いまは――違う。
「アリシアお姉ちゃん。わたしの剣、磨いたから稽古して!」
グレイがアリシアに駆け寄って、にこにこしている。
「よし! グレイを世界最強の騎士に仕立て上げるわよ!」
アリシアがゲラゲラ笑いながら頭を撫でている様子は、まるで姉妹のようだ。
「お昼できたよー! 今日はリリーナ特製! 焦げてないよー!」
「前回は焦げてただろうが」
「えへへ、今回は炭じゃないから大丈夫~」
「おっ、いい焼き加減じゃないか。天職見つかったな」
そう言ってキッチンから笑顔で現れるリリーナはすっかりこの屋敷の『食担当』になっていた。
それぞれが自分の役割を自然と担っている。
そして、俺は――この商会の代表として。
「よし、みんな。これからだ。しっかりやっていくぞ」
「「「「おーっ!!」」」」
少女たちの声が重なる。
かつて誰からも必要とされなかった俺が今はこうして仲間と共に歩んでいる。
契約社会に風穴を開ける《徳政令》。
それを武器に次に向かうべきは――――。
「……世界、だな」
そう呟いた俺の背後で扉が勢いよく開かれた。
「ガクさん、大変です!」
門番の青年が息を切らして飛び込んできた。
「どうした?」
「近くの村で、大規模な奴隷契約の押し付けがあるって……! 魔族の関与も噂されてます!」
仲間たちが一斉に顔を上げた。
セラが神殿からの手紙を確認し、アリシアが剣を握り、リリーナが「戦うの~!?」と飛び跳ねる。
「よし、行くか」
――――契約に苦しむ誰かを今日も助けにいこう。
続く地獄のような契約社会を、俺たちの手で変えるために。
「了解した。準備はできているか?」
俺が振り返ると、仲間たちの顔に迷いはなかった。
アリシアは腰の剣を確認しながら、真っ直ぐな瞳で頷く。
「どんな敵が来ようとガクさんを守るって決めたのよ」
セラも真剣な表情で手帳を閉じる。
「女神の加護を受ける者として……いえ、わたし個人の意志として、共に行かせてください」
リリーナはバタバタと飛び跳ねて、
「わーい、また冒険だー! やっぱりね、動いてないとあたしの筋肉が泣くから!」
グレイも小さな身体で胸を張り、
「神さまのしもべ、いざ行くのだー!」
頼もしい限りだ。
――――よし。俺たちの新たな“仕事”が始まる。
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目的の村、ローズグレインに到着したのは翌日の朝だった。
遠くからでもわかる、異様な沈黙と重苦しい空気。
村人たちは俯いて、まるで人形のように機械的に動いていた。
「これは……」
アリシアが警戒を強め、セラが小さく呟く。
「契約による意識の支配……《精神縛鎖》という禁呪の一種です。これは……人道的にも完全アウトです」
「間違いない。どこかに、支配者がいるはずだ」
そのとき――――。
「ふははははッ!」
甲高い笑い声が響いた。
俺たちの前に現れたのは、背広を着たような恰好の男。
「どんな世界でも悪徳領主ってのはいるもんかね」
「貴様が最近調子に乗ってる平民か?」
「ああ。そうだ。《徳政令》を使えるだけの平民だ」
「――――とっとと出ていけ。ここはワシの領地だ!」
ブクブクと肥え太った貴族は額に筋を浮かべる。
「貴様は契約を破棄したりできるそうだがそうもいかんぞ!」
「ほう……なにか対策でも練ってきたのか?」
「そうだ! 魔族との連携で得た《魂契約》! 村人たちの魂ごと俺の支配下に置いた! これはお前のスキルでも解除できまい!」
まさに狂気だな。
魔族との契約。
未知の領域だが支配と搾取を根底とするひどい契約だと一発でわかる。
「残念だが貴族であろうとなんであろうと俺のスキルからは逃れられない」
「なにがだ!? このワシがお前ごときに負けるとでも!?」
「負けるとか勝つとかじゃねえんだよ」
俺は深呼吸し、静かにスキルを起動した。
「《徳政令・最終階層解放》――すべての契約に告ぐ。貴様らは自由だ」
ドン、と音がした気がした。
同時に村中を覆っていた黒い靄が晴れる。
村人たちが倒れこみ、目を覚まし、涙を流す。
「あ……あたし……戻ったのか……?」
「嘘だ……解除されただと……!? 馬鹿な、これは魂の――」
「だから言っただろ、わかってないって」
俺は一歩、貴族に近づいた。
「契約ってのは、心があって初めて成立するんだ。お前はそれを無理やりねじ曲げて、自分の都合で縛ってきた。だから終わるんだよ。すべてが」
貴族の肥え太った身体が痙攣する。
頭を抱え、絶叫した。
「ぐ、うわあああああああああああああああ!!」
「倒れてしまったわね。相変わらず出る幕がなくてさみしいわ」
「戦いたかったー!」
「戦闘民族みたいなこと言うなよ」
「あ、あの人。囲まれてるよ。お兄ちゃん」
……気絶した貴族だが村人たちに囲まれていた。
「こいつが……全部の元凶か……」
「許せねぇ……!」
だが、俺は手を上げて止めた。
「復讐は正義にはならない。だが、報いは受けさせる」
俺は再び《再契約》を発動。
――罰を受けるための強制拘束契約を王都の神殿と結んだ。
「あとは、裁かせる」
そう告げると、村人たちは涙を流しながら膝をついた。
「ありがとうございます……本当に……本当に……」
「ありがとう、おじちゃん!」
「徳政さま、万歳!」
感謝の声の中で、グレイがにこっと笑って言った。
「お兄ちゃん、ほんとに神さまだよ」
「やめろ、照れるだろ」
「でもほんとに、神の使いじゃないですか」
とセラが言う。
「うんうん、お兄ちゃんは神さまだもんね!」
こうやって褒められるのはまだ慣れないよな……。
照れくさい感情に支配されているとそれを吹き飛ばす衝撃の一撃がリリーナから放たれる。
「なんかあたし……子作りしてもいいかなって気分~」
「おいリリーナ! ぶっ飛ばすぞ!」
「ぴえっ!」
いつものやり取り。
だけど、今はそれがたまらなく愛おしい。
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王都に戻った俺たちは街の広場で再び大歓迎を受けた。
「ガクさま――!」
「救世主――!」
「契約を変える男だ!」
「英雄!」
「女神の使徒!」
アリシアたちがわちゃわちゃしているなか、俺はそっと立ち止まる。
ふと空を見上げた。
――――村上岳もガク・グレンフォードも冴えない人生だった。
でも、今は誇りを持って言える。
「……俺はこの世界を救っている」
仲間がいて、頼られて、感謝されて――――。
そして、好きと言ってくれる女の子たちがいて。
「……人生って、変えられるんだな」
背後でセラが静かに寄り添ってくる。
「ガクさん……これからも一緒に歩いてくれますか?」
アリシアが拳を握りしめる。
「結婚とかじゃなくて、ずっと一緒にいてよ!」
グレイが満面の笑顔で抱きついてくる。
「お兄ちゃんは、わたしのヒーローだもん!」
リリーナが全力でハグしてくる。
「うおおお、夫婦になろー!」
……正直、まだ選べない。
どれも愛おしいし、大切だ。
でも、それでいいんだと思う。
答えを急ぐ必要はない。
今は――――。
この世界で俺が「必要とされている」ことを噛みしめていたい。
「よし。徳政商会、出動だ!」
俺の声に少女たちが応える。
「「「おーっ!!!」 徳政さま万歳!!!」」
広がる拍手。
人々の笑顔。
そして、また新たな依頼が届く。
契約から人々を救え、スキル《徳政令》で――――。
「俺たちの商会はこれからだ!」
お読みいただきありがとうございました!
約1か月連載を続けて参りましたが、これにて閉幕となります!
初めての長編ということで大変だったこともありましたが、無事完結までたどり着くことができました!
これまで本当にありがとうございました!
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