前世で馬鹿にされていたおっさんは元上司を裁きます
ダンリッドこと檀助正は王都の中心に位置する大神殿へと連行された。
これからは戦後処理が行われる。
それも女神の前でだ。
俺はすでに「女神の代行者」として正式に認定されていた。
つまり俺直々の裁きを今度こそヤツに下すのだ。
神殿に入ったその瞬間、ダンリッドを待ち受けていたのは――――。
「……ガクさま、女神はあなたの手によって最後の裁きを行うよう命じられました」
白銀の衣を纏った女性、女神教団最高司祭が深々と頭を下げた。
その隣には聖女セラが静かに立っている。
「……セラ、お前……」
「わたしも、あなたの証人として立ち会わせてください。あの人は前世でも、今世でも……あなたを、そして多くの人を傷つけてきた人です」
セラの表情には憎しみはなかった。
ただ、正義と、決意が宿っていた。
ダンリッドは縛られたまま、膝をついていた。
周囲には騎士団、神官、王族代表、市民代表など、王都中の目が集まっている。
ここは、すでに裁きの場だった。
「……ふん、こんな茶番に意味があるのか。いや、ないだろう。私は……私はただ、世界の“真理”に従っただけだ……!」
ダンリッドが叫ぶ。
「契約は絶対。力がすべて。上に立つ者が下を支配し、搾取する。――それが、この世界の“秩序”だろうがッ!」
「それは秩序なんかじゃない。ただの“暴力”だ」
俺の言葉に神殿の空気が震える。
「お前は……私の“支配”が気に入らなかっただけだろう。だがな、ガク、お前の《徳政令》だって、女神の加護があるから通用してるだけで、お前自身は――」
「違う。俺は“人”として、この世界に向き合ってる。お前みたいに誰かを道具扱いしていない」
沈黙が広がる。
そこへ、最高司祭が口を開いた。
「裁きを開始します。ダンリッド、あなたに問います。あなたは次の罪を認めますか?」
白衣の神官たちが次々と巻物を読み上げる。
「・多数の奴隷契約の強制および取引」
「・未成年への命の契約締結」
「・魔族との同盟契約」
「・殺害契約による暗殺指示」
「・貴族間の不正婚姻契約操作」
ダンリッドは沈黙したままだったが、その目は次第に喜びの感情を宿していった。
異常だった――――。
「どうだ? 檀助正。あんたが隠してきた“契約”は全部ここにある」
「失敗か。珍しいな、私としては。あまりこういった失敗はないのだが」
「ダンリッド!」
「私を裁いてなんの意味がある……!」
「言ったろ。お前に俺の人生を壊させるのはこれで最後にすると」
「個人的な復讐か?」
「いいや。俺だけじゃなく俺の大切な仲間たちの人生を守るためにもお前をここで裁く」
そして、俺は再びスキルを展開する。
《徳政令・極》
神殿全体が白銀の光に包まれ、ダンリッドが結んだあらゆる“悪意の契約”が砕けていく。
「や、やめろ……やめてくれぇぇぇぇッ!」
「どうせお前のことだから悪魔かなんかと契約を結んでうまく隠していたんだろ。だから、あんなにも余裕綽々だった」
ダンリッドは絶叫し――――。
「貴様ああああ!」
次の瞬間、ズルリとその場に崩れ落ちた。
全身から力が抜け、目からは涙が流れていた。
「ゆるしてくれぇぇえええ! お願いだ! 俺は……俺は間違っていたんだッ!」
「キャラづくりも忘れたのか?」
誰もそれを許さなかった。
セラが静かに言った。
「壇部長。これはあなたが積み重ねてきた“結果”です」
アリシアが剣を収めながら口を開く。
「ガクさんの魂を壊した男。あたしは一生、許さない」
リリーナがぼそっと呟いた。
「……なんか、見てるだけで気分悪くなってきたわ。こいつ焼いて食べよ」
「いや、ダメだろ」
グレイは俺の手をぎゅっと握る。
「お兄ちゃん……」
そして、神殿の裁きは下される。
「ダンリッド。またの名を檀助正。女神の名において、あなたを王都地下の永続型重労働刑務所、“カルマの檻”に送致します」
「ひっ……あああああ……やめてくれ……女神さま、俺を見捨てるなああああ!」
群衆の前で引きずられていくその姿はまさに『サイコパスパワハラ上司の末路』だった。
「……これが、俺の“答え”だ」
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神殿の正面階段。
朝靄の中、俺――ガク・グレンフォードはゆっくりと立ち尽くしていた。
目の前には、ただ呆然とする王都の人々の顔。
あの男――前世で俺を苦しめたパワハラ部長、檀助正は、“ダンリッド”としての偽りの顔を剥がされ、すべての罪を暴かれ、地下の地獄へと引きずられていった。
市民たちは震えていた。
恐怖ではない。圧倒ではない。
それは――――。
「すげぇ……」
「本物の英雄だ……」
「契約を……ここまで扱える人間がいるなんて……」
「……あの女神の使徒さまだ」
そう、“畏敬”の感情。
俺は、もう“無能”でも“追放者”でもなかった。
前世のあの日、机を叩かれ、怒鳴られ、努力を踏みにじられ、ひとり泥を啜ったおっさんは――今、この瞬間、群衆の喝采を浴びていた。
「……ガクさん……」
後ろから、静かに名前を呼ぶ声。
振り向けば、そこにはアリシア、セラ、リリーナ、そしてグレイ。
みんな、まっすぐに俺を見ていた。
アリシアが一歩前に出て言う。
「やっと……前に進めましたわね、ガクさん」
その瞳は16歳の1人の少女のものではなかった。
俺を支えてきた“家族”のそれだった。
「わたし、あの時……ギルドから追放されたって聞いて、もうひどい思いはしてほしくないと思いました……でも」
「ああ、あれは必要だったのかもしれない。あの理不尽がなかったら、俺はここまで来られなかったからな」
セラがそっと微笑んだ。
「あなたは、“傷”を受け入れて、進む人。わたし、あなたが……ずっと大好きです」
リリーナが口を開く。
「んー、よくわかんないけど、ガクがすごいのはわかったー!」
彼女は相変わらずのアホの子だったが、その純粋な眼差しが、俺の胸にじんと染みる。
そして、グレイ。
「お兄ちゃん……もう、泣かなくていいよ。これからはずっと……一緒だから」
この子はまだ10歳の女の子だが、その言葉の温かさに、俺は思わず涙腺が緩みそうになった。
――――ああ、そうか。
俺はもう独りじゃない。
何度でも言うよ。俺は孤独じゃないんだ。
前世で味方がいなかったあの日々。
現世で追放され、泥に塗れていたあの夜。
誰にも認められなかった“おっさん”の人生は、今、ここに意味を得た。
「ありがとうな……お前たちがいたから、俺はここまで来られた」
その言葉にアリシアが顔を赤らめ、
「じゃあ……責任、取ってくれるわよね?」
「え……?」
「……あたし、ガクさんと結婚したい」
「えっ!?」
こ、このタイミングで⁉
ちょっ、まぁ……普段からアプローチ受けまくってるけど公衆の面前で……。
「わ、わたしもです! せ、節操がないと思われるかもしれませんが、抜け駆けされるのも嫌なので!」
とセラが慌てて叫ぶ。
「わたしもー! ついでにーって感じ?」
とリリーナ。
ついでに求婚って意味わかんねぇ。
「お兄ちゃんとずっと一緒がいい!」
とグレイ。
「いや、ちょっ、お前ら一気に来すぎぃぃぃ……!」
四方から囲まれ、わたしだ、いや私だと押し問答が始まる。
「おおっ、徳政の英雄さま。早速結婚って感じか⁉」
「こりゃ盛大に式をあげないとな!」
「国を挙げてやるぞ!」
おいおい待て待て。
なんでお前ら市民が一番乗り気なんだよ。
「徳政さま万歳!」
「英雄に祝福を!」
「女神の代行者さま万歳!」
騒ぐあいつらたちを見て――俺は、思わず笑ってしまった。
そうだ。
人生ってのは、こういう“くだらなさ”があるから、楽しいのかもしれない。
「……ま、もう少しゆっくり考えさせてくれ」
そう言って、俺は顔を空に向けた。
雲ひとつない、青空だった。
まるであの日、飛行機の中で見上げた、最後の景色のように。
あの日、終わったはずの人生。
だが――――。
「ここからが、俺の始まりだ」
“契約の世界”に抗い、“常識”に抗い、“過去”に抗い、“運命”に抗い、
俺は俺自身の“人生”を、取り戻したのだ。
群衆の歓声が鳴り響く中、神殿の鐘がゆっくりと鳴り始めた。
それは、まるで祝福のように――――。




