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パワハラクソ上司に鉄槌を下す

「俺が……このままで終わると思ってんのかよォオオオオ!!」



 夜の村に丹羽。

 ――――いや、異世界でニワと名を変えた元上司の怒声が響いた。



 王都への護送を待つ間、村の納屋に幽閉されていたはずのニワが突如として拘束を破り、村の広場に現れたのだ。



 その身体からは濃密な黒い瘴気が立ちのぼる。



「クソ……この期に及んで“魔族との契約”か!」


 あってはならないことが今目の前で起こっていた。


 俺はグレイを背後にかばいながら、セラとアリシアに指示を飛ばす。


「セラは結界を張ってくれ」

「はいっ!」

「アリシアは周囲の住人を避難させろ!」

「了解よ!」


 2人が素早く動くのを見届け、俺は一歩、前へと出た。


「丹羽……お前、そこまでして力にすがるか!」


 ニワの両目は血走り、常軌を逸した笑みを浮かべていた。


「なにが悪い……なにが! 俺はな。“上”でいたいだけなんだよ! お前らみたいな、クソ雑魚の下なんかにいたくねぇんだよ!」

「…………」



 その言葉に思わず黙ってしまう。

 ああそうだ。

 前世でもこうだった。



 俺の手柄を横取りし、失敗を押しつけ、上司であることを理由に人格を踏みにじってきた。



 丹羽は“下に見る相手”を見つけて、自分の価値を保っていたのだ。



 そして今、異世界で“支配のスキル”を得た彼は同じように権力にすがっていたのだ。



 異世界に行ったとしてもその人間の人格が変わらなければまた同じことの繰り返し。

 また1つ教訓を得ることができたな。



「魔族との“命の契約”……それを使ってまでなにを得たいんだ」

「“居場所”だよ! わからねえだろ、お前には……! 俺がどんな思いで生きてたか……っ!」

「……ああ、わからねぇよ」


 俺は静かにそう返す。


「だって俺はお前に“地獄”を見せられた側なんだからな」


 丹羽の体にまとわりついた黒い瘴気が一気に膨れ上がる。


「来い、《黒獄魔獣バラマグラ》ッ!」




 ――――空間が裂ける。




 そこから這い出てきたのは全身を黒炎で包んだ、巨大な四足獣だった。



 目は6つ。

 口は縦に裂け、無数の触手がのたうつ。



「契約者の命を対価に力を与える魔獣……!」


 セラが悲鳴まじりに叫んだ。


「このままじゃ村が――!」

「魔獣はあたしに任せて。ガクさんはニワの方を!」


 魔獣の対処はアリシアがやってくれるらしい。

 彼女もこの国の騎士団長だ。

 たとえ禍々しい殺気を放つ猛獣であっても必ず倒してくれるだろう。


「あたしも加勢~」

「リリーナ。頼む。アリシアのことだからそこまで心配はしていないが、それでも万が一のこともある」

「わかったよ。ダーリン」

「ちょっ、そこいちゃつかない!」


 リリーナは場の空気なんて読むこともなく余裕綽々の状態だった。


「じゃあ、ニワのことは俺に任せとけ」


 俺はゆっくりと丹羽の方へと歩き出す。

 その姿を見て、ニワは勝ち誇ったように笑った。


「ハハハッ! これで終わりだ! お前も、そのスキルも、ぜんぶ“焼き尽くしてやる”ッ!」

「……勘違いするなよ。お前の契約が強けりゃ、確かに俺は負けてたかもしれねぇ」

「なに?」

「でもその契約は――破棄される」



 俺は静かに手を掲げた。



「《徳政令》――命の契約、破棄」


 次の瞬間。

 黒炎の魔獣が断末魔のような咆哮を上げ、爆音とともに崩れ落ちる。


「敵が一気に弱ったわ! ここで叩きのめすわよ!」

「了解だね! 死んじゃええええ!」


 それをチャンスと見たアリシアとリリーナが一斉攻撃を行う。


「ぐ……ぐああああ!」


 その身体が黒い霧となって溶けるように消えていく魔獣。

 しばらくすると跡形もなく霧散してしまう。

 その様子を見ていた丹羽。


「な、な、な、なん……でぇ……?」


 丹羽の膝が崩れた。

 呆然とした表情のまま、手を地面につき、涙とよだれを垂らしながら震えていた。


「俺の……俺の力が……また……」

「そうだ。“お前の力”なんて最初からなかったんだ」



 俺は近づき、彼を見下ろした。



「お前が持っていたのは、会社の肩書きとスキルだけだった。“お前自身”には、なに1つなかった」


 日本の会社の悪いところだ。

 本来ならその人間の能力だけで評価されるべきだというのに、実際は肩書で仕事をしている。


 この世界も似たようなものだろう。


 スキルがなければ評価されない。

 スキルを持つ者が上に立つ。


 俺はもともと株式の運用が最も得意だった。

 ガク・グレンフォードも村上岳も……。

 どちらの人生でも得意としていたものだった。


 だが、その能力は結局最後まで評価されることはなかった。


 そして、スキルを得た瞬間。俺は社会的に有用な人間として認められた。


 スキルさえあればなにをしても許される世界。

 そんな世界に毒されたのだろう、丹羽も他のヤツらも……。


「やめろ……言うな……!」

「その“なにもなかった自分”を認めるのが怖かったから、ずっと他人を押さえつけてきた。パワハラで、契約で、上から叩くことでしか自分を保てなかった」

「やめろって言ってんだろうがァアアアア!!」


 丹羽が拳を振り上げる。

 だが、俺は避けない。



 その拳は俺の頬の前で止まった。



 腕が震えている。

 振り下ろせない。


「やれよ」

「……!」

「俺はもう力でお前に勝った。今のお前には“言い訳”も“スキル”もない。――――殴るしか選択肢がないぞ?」

「……クソ、クソおおおおおおおおおおおおおおお!」


 丹羽は地面に拳を打ちつけ、涙を流しながら崩れ落ちた。

 俺はその姿を見て――思った。


 情けねぇ、って。


 でも、これが周囲に害悪をまき散らす残念な男の最後なのだ。



「……これが、“パワハラ上司”の末路なのかよ」



 俺は冷たく言い放つと、くずおれた丹羽の肩に手を置いた。

 魔族との契約が切れた今、彼に残っているものは、なにもない。



 人としての信頼も、スキルも、地位も――すべて、自らの手でドブに捨てたのだ。



「……連れていけ」


 背後に控えていたアリシアが小さくうなずき、駆けつけていた部下の騎士たちに指示を出した。

 丹羽は村の騎士詰所へと引きずられていく。



 だが、その途中、彼は振り返り、涙に濡れた顔で俺を睨んだ。



「テメェさえ……テメェさえいなけりゃああああ!!」

「違うな」


 俺は一歩、前に出た。


「お前がこんなふうになったのは、“俺のせい”なんかじゃない。“自分で選んだ道”だろ」

「うるせぇええええええええ!!」


 取り押さえられた丹羽は叫びながら夜の闇の中に消えていった。

 極刑は免れないだろう。

 因果応報だ。

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