パワハラクソ上司との再会
「ガクさん、村が――――大変なことになっています!」
セラが息を切らせて駆け込んできた。
まさに突然のことだった。
「隣村・ランメルで……“契約の神に従え”という教義のもと村人たちが奴隷のように働かされていると報告が入りました」
「……契約の神、ね」
最近よく聞くキーワードだ。
裏で“契約スキル”を利用して、一般人を搾取する勢力が増えてきている。
この世界は契約が前世よりも重い気がする。
もちろん前世日本で契約違反をしたら損害賠償とかそんなリスクもあるけど、この世界の場合は直に身体に対して危害を加えられることだってある。
そんなシステムを悪用して、異世界人は搾取を続けている。
“契約の神”と称して人を支配する行為は絶対見過ごせない。
「行くぞ。すぐに準備して、ランメルに向かう」
俺がそう言うと、アリシアもセラもそしてグレイも頷いた。
「お兄ちゃん、がんばろ!」
「ガクさんの正義、貫きましょう」
「騎士団長として……この国の腐敗は許せないわ」
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ランメルの村は静かだった。
まるで誰もいないかのような雰囲気。
……静かすぎた。
人の気配はあるはずのに、誰も話さず、目も合わせない。
そして村の広場。
そこには立派な祭壇が建てられ、『契約の神に感謝を!』と刻まれた石碑があった。
その前で十数人の村人たちが地に額をこすりつけて祈っている。
だが、その顔には表情がない。
まるで操り人形のようだ。
異常以外のなにものでもなかった。
「これは……《支配》のスキルだわ」
アリシアが剣に手をかけながら言った。
「洗脳に近い。意思を奪う契約よ……」
「女神の力では……解けません」
セラが静かに呟いた。
俺は祭壇に近づき、契約の波動を感じ取る。
「……やはり。村全体に“忠誠契約”が施されている」
そのときだった。
「なんだ、貴様らは!」
豪奢な服を着た中年男が数人の兵士を引き連れて姿を現した。
「ここは私、領主・ニワの村だ! よそ者が勝手に立ち入っていい場所ではないぞ!」
「ニワ……?」
その顔を見て、俺の記憶が焼けるように刺激された。
……あの怒号。怒鳴り声。吐き捨てるようなセリフ。
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「おい、テメェ、またミスったのか? 何度言ったら分かるんだよ無能が!」
「お前の存在が無駄なんだよ、わかるか? 辞表、書けよゴラ!」
「ハァ? 反論? お前の立場で俺に口ごたえするのか? 潰すぞ?」
毎日、毎日、繰り返された地獄。
記憶の中のパワハラ上司――――丹羽。
「……お前、丹羽……だな?」
俺は言った。
中年男は一瞬、ぎくりと身体を揺らした。
「な、なんのことだ。私はランメルの領主ニワさまだぞ」
「……そうか。もしや前世の記憶はまだ戻ってないか。それとも……思い出してるけど、知らぬふりをしてるのか」
俺は近づく。
「お前は……前世で俺を地獄に叩き落とした張本人だ」
男の目が細くなり、次第に口角が吊り上がる。
「まさか――――ああ、そうか。村上、だったな。あの使えねぇクソみたいな部下。毎日怒鳴ってたら、そのうち死んだんだったな、あれ? 俺たち同様飛行機事故で。あ、俺は転移しただけだから生きてるけどな。ていうか、お前全然顔違うじゃねぇか。冴えないおっさんってところは変わってないけどな」
徹底的に俺を馬鹿にするその姿勢は前世からなにも変わっていない。
いや、変わっているか。
なまじ異世界でスキルという力を手にして、増長しているのだろう。
まったく異世界人も気の毒だな。
「……ふざけんなよ」
拳を強く握りしめる。
「ここでもか。この世界でもテメェは人の人生を踏みにじって……!」
「俺はな、この世界じゃ力があるんだよ。契約の神から授かった《支配》のスキルで、ここの村人たちはみーんな俺に従ってる。文句あるなら――試してみるか?」
周囲の村人たちが一斉にこちらを睨んできた。
まるで命令でも受けたかのように、手に鎌や鍬を持って、こちらへ歩いてくる。
「こいつらは俺の奴隷だ。いや、もっといい言い方があるな――“忠実な下僕”だ」
「……最低だな、お前。やっぱり最低だよ」
俺は目を閉じる。
そして、スキルを発動する。
「――――《徳政令》」
次の瞬間、村人たちの身体から、黒い鎖のようなものが一斉に外れた。
呪縛が消え、支配が解かれた。
「う、うあ……? なんだなんだ!」
「わたし……なにを……? していたの……」
「ニワさま……あれ? どうして祈ってたの……?」
村人たちが我に返り始める。
セラが駆け寄って確認する。
「洗脳は解除されました!」
「ちっ……! な、なにをしやがる!」
丹羽――――いや、ニワは顔を歪め、後退する。
だが、俺はゆっくりと、前に出た。
「ただ苦しむ民を悪魔から解放しただけだ。おい、逃げるなよ。逃げるな丹羽」
「……だ、黙れ! な、なにが解放だ。なにが悪魔だ。悪魔はお前だろ! 人の領地に勝手に入ってきて契約を破棄するなど――――」
ニワが懐から何かの札を取り出し、それを地面に叩きつけた。
「魔族との“命の契約”よ――今ここに、顕現せよ!」
地が震え、赤黒い魔法陣が広がる。
「ちっ……面倒なことになったわね」
アリシアが剣を構えた。
「セラ、後方支援!」
「はい!」
「リリーナは?」
「あたしはなんか眠い~……でもやる~!」
ドラゴンの翼を広げて、リリーナが空中に舞い上がる。
「な、なんで……ドラゴンがいるんだよ!」
リリーナの姿を見たニワはひどく狼狽する。
伝説の竜だからな。基本的に彼女を初めて見た人間は同じ反応をするさ。
「……その契約。必要ないな」




