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ドラゴンの背中に乗るって気持ちいいな

 

 忘れてしまいそうになるが、こいつは王国中で恐れられていた竜だ。

 そんな竜が悪魔的な野望を持つこともなく、むしろただの女の子のような素朴な夢を持っている。



 本音で話すリリーナの横顔を見て、俺は少しばかり考えさせられた。



 この世界では契約がすべてだ。

 支配も、搾取も、奴隷も、命すらも……契約ひとつで決まってしまう。


 まるで契約に詳しい知識人がこの国のトップに君臨しているかのではないかと疑ってしまうくらい、不自然なほどに契約に縛られた世界だ。


 だが今、空を飛びながら隣で笑うリリーナはそんな“縛り”とはまるで無縁の存在だった。

 これが人間の本来ある姿じゃないのか。


 前世も現世も契約に縛られてきたが、俺たちはこう自由に生きるべきなんじゃないのか。

 そう思えてしまう謎の説得力があった。


「おい、リリーナ。お前……この空を見て、なにか思うことはあるか?」

「うーん……月、まんまるでおいしそう?」

「……ちがう、そういう感想じゃなくてな」

「冗談だってばー!」


 絶対冗談じゃなくて本心からの言葉だろ。


「でもね、あたし、思うんだよ」

「……ん?」


 リリーナはゆっくりと空中で旋回しながら、真面目なトーンで言った。


「この空の下でさ、いろんな人が、いろんなことに苦しんでる。でもさ、空は全部見てる。ウソもホントも、隠しごとも、涙も笑顔も……空ってさ、ちゃんと見てくれてる気がするんだよね」

「……なるほどな」


 俺は小さく頷いた。


「だからね、ガク。あたし、思うんだ。空の下にいる人をあんまり苦しませちゃダメなんだって」


 こいつはこいつなりにけっこう考えているんだな。

 なにも考えていないように見えて――――いや、実際はなにも考えてないんだろうけど。


 理論とかそういうのではなく、肌感覚としてしっかりとした自分の考えみたいなのを持っているんだろう。


「そういう考え、悪くないな。お前、ほんとにアホかと思ってたけど……たまに、ちゃんとしたこと言うよな」

「ひどーい! でもありがとー!」


 再び笑い声が風に乗って響く。


「さ、そろそろ戻ろっかー」

「おっ、そうだな」


 月も高くなり、空気がますます冷たくなってきた。


「ううっ……寒いな」

「ブレスで暖めてあげようか?」

「丸焦げになるわ」


 リリーナは雲の合間を縫うように滑空し、ゆっくりと高度を下げていく。


「なあ、リリーナ」

「ん?」

「ありがとな。今日、連れてきてくれて。……俺もこういう時間、久しぶりだった。なんか俺の人生に不足していた潤いみたいなものが得られた気がする」


 子どものころ、無邪気に遊具とかで遊んだ記憶。

 それに似た感覚だ。


 彼女の背中に乗っている間、俺はおっさんから少年へと戻ることができたのだ。


「ふふーん。あたしに感謝しなさい!」

「はいはい、感謝感謝」

「でも、ガクはいつも人のことばっか考えてるから、たまには自分のことも考えてよね?」


 自分のことね。

 働くことが生きること。

 生きるために働いているんじゃなくて、働くために生きている。


 そんな生活を何十年も繰り返してきた。

 さらに前世の記憶も同様のものだと知った時の絶望は今でも覚えている。


 働く以外を知らない俺。

 自分のことを考える暇なんてなかった。


 けれど、追放されたあの日から自分はどうしたいのか。

 どう生きたいのか、ということを真面目に考えるようになった。


 大切な仲間もできたことが大きな要因だ。


 こいつの言うことも間違っていない。


「……お前はもっと人のことを考えろ」

「もー! 考えてるよ!」

「じゃあ、いきなりブレスしようとするな」

「もー、興奮したら出ちゃうんだよ」

「マジでやめろ」


 地上が近づく。

 街の灯が一段と明るく見える。


 人の営みがそこにあった。

 明日から再び日常に戻る。

 なんだか不思議な体験だったな。





 リリーナがそっと地面に着地すると俺を優しく背中から降ろした。


「おっし、もう人間の姿になっちゃうからねー。まだ乗りたいって言っても乗せてやらないよー」

「もう十分楽しませてもらった」

「そう。なるほどね。まだ乗りたいんだ」

「いや、もういい」

「じゃあ、今度はこの人間の姿のままあたしの上に乗っかってよ。ほらほら夜は長いんだから~」


 ひたすら誘惑してくるこのお馬鹿さん。

 誰かなんとかして。


「リリーナやめろ。お前、頼むからグレイの前でそんな絶対に言うなよ。教育に悪いからな」

「うわー、教育パパだー。アリシア言ってたよ。王都の人はみんな教育パパ、ママだって~ ギャハハハハ。勉強なんてやっても意味がないのにね~」


 人間の姿に戻ったリリーナは星空を見上げて笑う。


「はぁ……」

「楽しかったね」

「それは同感だ」

「ね、また行こうね。次はもっと高く、もっと遠くまで!」

「ああ、また行こう。約束だ」

「うんっ!」


 俺たちは夜空の下で小さな約束を交わした。

 契約も、誓約もいらない。

 ただ、信頼と笑顔だけの温かい約束だった――。

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