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最強ドラゴンを使役するおっさん

「ねえガク、夜ってさ、飛びたくならない?」


 夕食を終えた後、宿のベランダで風に吹かれていた俺に竜娘のリリーナが突然そんなことを言い出した。


 基本的にこいつは人間と違う文化を持っているせいかとんでもないことを言い出しがちだ。

 ぶっちゃけると、今一番体力を使いながら接する必要がある人物と言えばこいつだ。


「夜に……飛ぶだと?」


 そりゃこいつはいつでも竜の姿になることができる。

 人間の姿で過ごしているのは単に人間社会に溶け込むため。

 あの巨体で人間の生活圏を闊歩されたらたまらん。


 なのに飛ぶとか言い出している。

 つまり竜になるということだ。

 これは近隣住民にとっては迷惑な話になる。


「そうそう! あたし、夜の風ってだいすきなんだ~。月とか星とかもキラキラしてて、気持ちよさそうじゃん?」


 リリーナはいつものようにふわふわした笑顔で空を指差す。

 その指先には満月が浮かんでいた。


「お前なあ、普通の人間は空なんか飛べないんだぞ」


 グレイが俺のことを『神さま』だと布教したり、アリシアが『ガクさんはなんでもできるわ!』って適当なことを言っているせいで、『ガクは空を飛べる』とでも思ってるんじゃないのか。


「あれ? 飛べないの?」


 やっぱそうだったわ。


「おん、飛べないぞ。そりゃ、飛行系のスキルとかを持っていたら別だが……」


 今のところ持っていないしな。


 それに《再契約》で奪ったスキルをほいほい使うってのも、あんまり気持ちのいいもんじゃない。

 もちろん、緊急時にはありがたく使わせてもらうが、遊びで使うのは違うだろう。


「おっけー、大丈夫大丈夫! ガクは“普通の人間”じゃないし、あたしが乗せてあげるから! ね? 背中に乗って?」


 俺は茶を吹きそうになった。

 飛べないってわかったら、今度は背中に乗せるだと⁉


「背中って、お前……。まさか竜の姿で?」

「うん、もちろん! それ以外になくない?」


 当たり前だと言わんばかりに頷くリリーナ。

 いやまぁ、俺が空を飛ぶとしたら、そりゃリリーナの背中に乗るしかないんだが……。


「マジかよ……」



 その無邪気さに、つい頭を抱える。



 彼女――リリーナ・アルヴェルは俺たちの仲間の中でも一際異彩を放つ存在だ。


 伝説級の存在、ドラゴン。


 それもかなりの強個体だった彼女は、かつて魔王との契約で人類に敵対していた。


 だが、俺が《徳政令》でその契約を破棄してからというもの、急に俺に懐き出し、仲間入りを果たした……という経緯がある。


 契約で縛られていた反動でとにかく遊びまわりたいのだろうか。


「ガクと夜に飛びたいなーって思ってたんだよね! ふたりでこっそり空のおさんぽっ」


 完全に夜のお出かけ気分である。

 もちろん危険がないわけじゃないが、あのリリーナのことだ。

 ちょっとやそっとの魔物が出ても彼女なら余裕で対処できるだろう。


「……まあ、いいか。最近ずっと地に足がついた生活してたしな」


 子守りのつもりで引き受けよう。


「やったー!」


 俺が承諾すると、リリーナは大きく手を叩いて喜んだ。


 なんだろう。10歳グレイと話すときは1人の女性として接しているのに、こいつとしゃべる時は完全にガキとして認識しちまう。



 ________________________________________



「ガク、ぎゅーってしててね? 落っこちたらダメだからさ」

「お、おう……」


 月明かりの下、俺はドラゴンへと変身したリリーナの背にまたがっていた。

 真紅の鱗がなめらかに風を切り、空気が肌を突き刺すように冷たい。


 だが、それ以上に心が高揚していた。

 意外と楽しいのかもしれない。


「よーし、飛ぶよー!」


 地面を蹴る音がして、俺たちの体がふわりと浮かんだ。

 風が、空気が、重力が――すべてが遠ざかる。

 地面が見る見る小さくなり、気づけば雲の合間をすり抜けるほどの高度に達していた。


「――っ、すげぇ……!」


 目の前には銀の海のように広がる星々、眼下には街の明かりが点々と輝き、まるで夜空と地上の境界が曖昧になったかのようだった。


「ねぇねぇガク、気持ちいいでしょ?」

「……ああ、これは……クセになりそうだな」


 子どもの戯言だと切り捨てなくてよかった。

 こんな体験をさせてもらえるなんて。



 俺はたった今リリーナを見直した。



「えへへー。ガクが笑ってると、あたしもうれしいんだよねー」


 風に揺られながら、リリーナはうっとりとした声で言う。

 その無邪気さは、まるで空そのものだ。

 自由で、掴みどころがなく、だが確かにある。


 彼女は性格が悪いわけではない。

 むしろいい方だ。


 でも、人間の俺から――――日本人としての前世の記憶も併せ持つ俺から、こいつが傍若無人な竜に見えるのは単に文化が違うせい。


 常識が違うだけなんだ。


「……昔からの夢だったんだ。こうして誰かと空を飛ぶことって」

「リリーナにも夢があったんだな」


 そこはなんというか人間っぽいよな。


「あるあるー。ほんとはね、誰かと一緒に、楽しく旅して、いっぱい笑って、たまにはケンカして、でもまた仲直りして……って、そんなの」

「意外だな。てっきり、“最強のドラゴンになる!”とか、“世界征服する!”とか、そんな野望を持ってるのかと思ってた」

「うぇぇ、それ疲れるじゃーん。あたし、めんどくさいのキライなんだよねー」


 おい、それでいいのか伝説級ドラゴン。

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