ハーレムなのか大家族なのか
「は、はだか……!?」
竜のリリーナの裸は、まさに女の子の裸であった。
一糸まとわぬ姿の彼女のプロポーションは――――ってそんなことを言っている場合じゃない。
うわわ……アリシアさん。めちゃくちゃ怒ってる。
「ちょっ、目を逸らしなさいよ! ガクさん!」
アリシアが顔を真っ赤にして叫んだ。
「り、リリーナ。とりあえず服着てくれ。人間に変身できるくらいなんだから服も作れるだろ」
「できないよ?」
全く悪びれた様子のない少女がヘラヘラと笑う。
赤髪に青い瞳。
長い髪をふわりと揺らすその少女は明らかに美少女だった。
「キミが……契約、解いてくれたんだね? ありがとう!」
ぱあっと笑顔になった彼女はそのまま俺に抱きついてきた。
「好きっ! 大好き!」
「うおおおおおおい!?」
「こ、この、はしたない……! ど、ドラゴン討伐よ! 今から騎士団長としてまともに仕事をするわ!」
「こ、こんなときだけまともに仕事しようとするなああああ!」
アリシアが腰の剣に手をかける。
「あわわっ……どうしましょ……」
「楽しそー!」
セラは呆然。
グレイはキャッキャと笑っていた。
――――まてまて、なんなんだこの状況。
俺は未だに全裸のまま抱きついてくるリリーナの身体をどうにか引き剥がそうと必死だった。
「お、おい離れろ! なんかすごい当たってる。柔らかいのが! あ、すみません。アリシアさんすみません! おい! まず服を着ろ服を!」
「え〜? だってあたし、人間の服とか知らないしぃ〜」
とんでもねえ天然アホドラゴンだった。
「アリシア、なにか服を貸してやってくれ! サイズ的には……お前とほぼ同じくらいだろ! 胸のところは少し心もとないけど大丈夫だ!」
「なんかすごいムカつくこと言ってるような気がするけど聞かなかったことにするわ――――少し待ってなさい」
アリシアは馬車に戻って予備の上着を持ってきて、しぶしぶ手渡す。
「ありがとぉ〜! ガクってば、すっごく優しいのね! やさしドラゴン!」
「“やさしドラゴン”ってなに」
「ねぇ、ガクって名前なの? あたしリリーナ! よろしくね、旦那さま!」
あの“やさしドラゴン”に関する説明が気になって他のことが頭に入ってこないんだが……。
あ、いや。もっとおかしいことがあったわ。
「いやいやいや、待て、いきなり旦那さまってなんだ!」
俺のツッコミも虚しく、リリーナは勝手に自己紹介を始めた。
「もともと魔王と契約してたけど、本当は戦いたくなかったんだ〜。だって人間って、なんか可愛いんだもん。ごはんとか、ふかふかの布団とかあるし! あたしもそういうのがいい!」
「……つまり、お前はずっと、戦いたくなかったってことか?」
「そうそう! でも、魔王との契約は強制だったし。解除してくれてありがとね、ダーリン!」
「ダーリンって呼ぶな!」
こいつ、まったく会話が噛み合わねえ……。
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服を着せて落ち着かせてから、俺たちは山を下りて街へ戻った。
リリーナは当然のように俺たちの馬車に乗り込み、さらに当然のように俺の隣にぴったり張りついた。
「お兄ちゃん、リリーナちゃんって変な子だね!」
グレイ、ちょっと鬼畜だぞ……その発言。
「変な子言うな〜。あたし、めっちゃ可愛いんだからね?」
自分で言うか、それ。
「……はぁ。こりゃまた手のかかるのが増えたな」
傍から見たらハーレムだが、気分は大家族の大黒柱だ。
幸せだけど、なんか疲れる。
俺が頭を抱えていると、横からアリシアの鋭い視線が突き刺さる。
「ガクさん……まさか、このドラゴン女を連れて帰るつもりじゃないでしょうね?」
「いや、捨てて帰れるわけないだろ。あれだけの騒ぎを起こしたんだ。責任はとらなきゃならん」
「その“責任”って、どういう意味で? ねぇ、どういう意味よ!」
「そ、それは……」
詰め寄るアリシア。
黙り込むセラ。
無邪気に手を振るグレイ。
そして、あろうことかリリーナは俺の腕に自分の胸を押しつけてきやがった。
「えへへ~。ガクの隣、いちばん落ち着く〜」
「おおおおおい、リリーナお前、距離感ってものをだな!」
「だってあたし、好きな人にはくっつくタイプだもん!」
それを見たアリシアの顔が引きつる。
セラはむすっと頬をふくらませて目をそらした。
……なんなんだこの空気。
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チュラスの街へ帰還後、冒険者ギルドは騒然となった。
高位ドラゴンが“降参した”という話が広まり、俺の評価がまた一段と上がってしまった。
「まさか、リリーナが……倒された? いや、降参した? どっちなんだ?」
「しかも相手は、あの“スキル無しおっさん”のガクらしいぞ」
「リリーナが人間の姿になって、ガクにくっついてたって噂……マジ?」
ギルド内のあちこちで俺に対する憶測と嫉妬が飛び交う。
その横を、無邪気な顔で歩くリリーナが言う。
「人間って面白いね~! あたし、もうしばらくガクと一緒にいることに決めたの!」
「勝手に決めるな。いや、もう半分決まってるけど」
「じゃあ決定だねっ!」
にっこり笑うリリーナ。
無垢なその表情に俺はなにも言えなくなった。
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その夜、宿の部屋で。
さすがにリリーナを同じ部屋に入れるわけにもいかず、アリシアとセラが一緒に泊まる女性専用部屋に入れていたのだが――――。
数分後。
「ガクさん、ちょっと……話があるわ!」
アリシアが怒りに満ちた顔で俺の部屋に乗り込んできた。
「リリーナが“ガクさんと子作りする”とか言ってるんですけど!」
ああダメだ。あいつ1回締めておかないと。
「なにを言ってるんだあいつは!」
「セラも顔真っ赤になってたし、グレイは“お兄ちゃんとあたしが先に結婚するの!”とか言い出すし……! どういうことよこれは!」
完全にハーレム地獄じゃねえか。
「ま、待て! 俺は別に誰とくっつくとか決めてない! あいつらが勝手に……!」
「だったら、あたしが決めさせてもらいます!」
アリシアは顔を赤くしながら叫んだ。
「ガクさん! あたし、あなたのことが好きです! ……ずっとずっと、昔から!」
部屋の空気が凍りついた。
まさかの告白。
俺は言葉を失った。
「……でも、今はまだ待ってて。あたし、ガクさんにふさわしい女になるために、もっと強くなるから……!」
そう言って、アリシアは顔を伏せた。
……なんだよこれ。
なんで俺は、こんなにも好かれてるんだ。
……でも。
ほんの少しだけ、心があたたかくなるのを感じていた。
前世では、誰からも必要とされず、罵倒され、ゴミのように扱われていた。
でも、今は。
俺という存在を認めてくれる人間がここにいる。
……少し、泣きそうだった。
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「なあ、アリシア」
「なに、ガクさん」
「……ありがとう。俺みたいなおっさんにそんなこと言ってくれて」
アリシアは、少し驚いたような顔をしたあと、ゆっくりと笑った。
「ううん。あたしの方こそ、ありがとう」
その夜は、久しぶりに――ぐっすり眠れた。




